第31話 姉のいない日々
剣を振り、型を反復し、そして自分の使いやすい動き方を模索しながら天球について思い出していた。
「そういえばあの天球、やっぱり”やまびこ現象”だったのかな? 魔法陣の構築形態が不自然だったし、そもそも私の感知に引っかからず突然現れたってのがやまびこに近いんだよね~。そうなるとあの人たちは一体何者だったの? 私を襲ってきたし、あの時の言葉を考えると関係はしてそうなんだよな~。うーむ……わからん!!!」
考えれば考えるほどに余計にわからなくなっていった。
次第に考えるが面倒くさくなって行く。
「やまびこ現象を人為的に起こすこと自体は出来なくはないけど、数百年単位の時間がかかる。それこそ長命種でも無い限りはまず不可能だし、そんなことをするくらいなら作った方が早い。自分の魔法をやまびこさせるなら話は変わるけど……」
労力に見合わないことをやる奴なんているのか、と首を傾げた。
偶然を利用したのか、はたまた長い年月を掛けたのかはわからない。
しかし、今回の出来事の裏には、少なくとも何者かの策謀が潜んでいるとティルは予想した。
そして色々考えながらひたすら剣を振るのだった。
時間は少し遡り、ソリエティア領は転移事件を発端に大忙しだった。
国王が滞在していたため、何者かによる画策ではないかと最初は疑われていた。
国王の配下には、それこそソリエティア家が仕組んだのではないかと疑う者すらいた。
しかし国王が彼らを宥めたのだ。
配下の者が簡単にそれを信じたのは、ティルが命がけでソリエティア領を守ったからだ。
それ故に皆がすんなりと引き下がったのだ。
そしてソリエティア家は、彼女の葬式の準備も行っていた。
領民たちがティルの遺体を見つけたいと申し出たため、葬儀自体は予定よりも遅れていた。
その中でもアリサが酷い有様になっていた。
ティルを無くしたショックで部屋に閉じこもり、まともに食事すら取っていなかった。
屋敷の全員が彼女を心配していたが騒動の処理に追われて、アリサを励ますことがなかなか出来ずにいた。
その状態に痺れを切らした国王がため息を吐いて口を開いた。
「お前たち、いい加減に娘の所へ行ってやれ。今が大事な時期だろう」
「ああ、わかってる。だけどこれを片付けないと……」
そう言って父アレスが天井に届きそうな書類の山々に視線を向けた。
ソリエティア領以外の周辺領がまとめて消えたことで、その処理も追加されていたのだ。
そして国王もここが安全だと判断して、互いの仕事を片づけていたが、到底人が足りなかった。
「余が片づけてやる。貴様は早く娘の所へ行け。行かぬなら王命にするぞ」
「わかったよ。そこまで言われたらな。正直、娘が心配で仕事が手に付いてなかった」
「だろうな。親なら誰でもそうだ。余も立場が逆ならお前と同じだったろうな」
「じゃあ、少しの間頼んだぞ」
「おう」
国王の返事を聞いてアレスが部屋を後にした。
アレスがアリサの部屋の前まで行くとアリサの専属メイドとなったソフィーが立っていた。
「ソフィア、様子はどうだ?」
「あ、旦那様。……ご飯は少しだけど食べてるみたいだけど、部屋から出てきてないです」
「そうか。入っても大丈夫そうか」
「はい、大丈夫だと思います」
「そうか。じゃあ、少し話してくる」
アレスが扉を開けて部屋に入っていく。
扉を開けると鼻につく匂いがして、部屋の真ん中近くで蹲っているアリサが視界に入った。
「まったく〜部屋をこんなに汚して」
何を言って良いか迷ったアレスが優しい口調で部屋に入った感想を言う。
アリサは部屋から一歩も出ていないため、トイレすら行かずにに部屋を汚していたのだ。
それに怒るアレスではなかった。
むしろ、ちゃんと生きていることに安堵すらしていた。
「ごめんなさい」
「別に怒ってないよ」
アレスがアリサの隣に座った。
「「……」」
お互い何を話せばいいのかわからず、沈黙がその場を支配した。
それを最初に破ったのはアレスだった。
「部屋の外には出ないのか」
「もう、誰かを失うのは見たくない。アリサが出れば、また誰か死んじゃう。お姉ちゃんみたいに」
「あれはお前のせいじゃない。どうしようもないことだった」
「わかってる!! わかってるよ!!!」
アリサが声を荒げた。
「でも、もしわたしにもっと知識と技術があれば、お姉ちゃんを助けることができたかもしれない!! だってお姉ちゃんが一番あれの脅威をわかってたんだもん。だから近くにいたわたしが……わたしが……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
まだ完全に克服できていないトラウマが顔を覗かせたことで、アリサが謝り続けながら耳を塞いで顔を膝に埋めた。
「大丈夫だ! 大丈夫、誰もお前を責めたりしない」
アレスがそっとアリサを抱き寄せた。
「俺だって父親なのにティルが抱えていたことに気がつけなかった。だから、責められるなら親である俺なんだ。アリサが気にすることはない」
「違うよ。お父様のせいじゃない! ……そういえばお仕事はいいの?」
「ああ、今は休憩だ。それにアリサが心配でな」
「ありがとう」
二人で話していると扉がノックされた。
「旦那さま、商会の方がお見えです」
「わかった! 応接室に通しといてくれ。準備してそっちに向かう」
「かしこまりました」
メイドが去っていく。
「すまないが、俺は行くな」
「うん、頑張って」
「そうそうまだティルの遺品の整理ができてないんだ。部屋から出てくれるなら、お前に任せるよ。これは皆に伝えてある」
そう言うとアレスがアリサの頭を撫でて部屋を出て行った。
「……お姉ちゃん」
アリサが小さく呟くとまた膝に顔をうずめてしまった。
それから一○日が経ち、鍛冶屋の店主であるゲラルクが屋敷を訪れた。
目的はティルの遺作となった武器をアリサに届けることだ。
屋敷に入るとソフィーに案内されてゲラルクがアリサの部屋に向かった。
「アリサ嬢はどうだ?」
ゲラルクの問いにソフィーが首を横に振った。
「まだ立ち直れてないです」
「そうか。時間が解決してくれると良いんだがな」
「それなら私も安心なのですが……。着きました、こちらのお部屋です。少々お待ちください」
ソフィーが部屋の扉をノックしてアリサを呼んだ。
「アリサにお客さんだよ」
「……だれ?」
「鍛冶屋のゲラルクさんです」
「……」
ソフィーの声を聞くと、アリサは部屋を見渡して指をパチンと鳴らして自身を含めた部屋全体に「浄化」の魔法をかけた。
身綺麗になったことを確認すると扉を少し開けて覗き込むように少しだけ顔を出した。
「久しぶり」
「ずいぶんやつれちまったな。しっかり食ってるのか?」
「う、ん。死なない程度には」
「成長期なんだからしっかり食わないと大きくなれないぞ」
「それで何をしに来たの?」
「おお! 忘れるところだった」
ゲラルクが背負っていた商品運搬用の小型の鞄から一つの箱を取り出した。
その箱には綺麗な装飾があしらわれていた。
「これは?」
「開けてみろ」
アリサは手渡された箱をゆっくりと開けて、何が入っているのか心を躍らせた。
「これって――」
「杖剣だ。しかもティルお手製のな」
アリサの視界に入ったのは、一本の片手杖剣と封が切られていない手紙だった。
手紙を手に取って送り主を確認するとアリサが目を丸くした。
そこには”ティルテイン”と書かれていたからだ。
アリサが咄嗟にゲラルクの方に視線を向けると「開けてみろ」と一言言われ、丁寧に封を開けて手紙を取り出した。
――アリサへ
これを見ているってことは、私はもういないみたいだね。死んじゃったのかあるいは姿を消した
のかそれはわからない。ま、それはさて置いて、アリサ誕生日おめでとう!! これは私からのプレゼントだよ! 直接お祝いできなくて残念だけど、アリサの喜んだ顔を想像できるだけでいいや。アリサ、私が居なくなって引きこもってるんでしょ? そこまで思ってくれてたらお姉ちゃんはすごく嬉しいな。でも、こんなことで時間を無駄にしないで。アリサには輝くほどの才能があるんだから、しっかり鍛錬して次に合うときにはこの武器を使いこなしてる所を見せてよね。なにせ、この武器は使用者と共に成長する特別性なんだから。性能に関してはお姉ちゃんの好きな物をこれでもかと入れてあるから使って検証してね。そしてこの武器には杖剣以外にも魔導銃としての機能もあるからお楽しみに。そうそう使い方はゲラルクと武器が教えてくれるから安心して。これを使って立派な魔導士になってね。そして私のことは忘れて楽しく生きるんだよ。
最強で最かわなお姉ちゃんより
読み終えるとアリサが箱と手紙を抱き込んで泣き崩れた。
「忘れないよ! いつまでもお姉ちゃんは、わたしの自慢のお姉ちゃんだもん!! うわぁぁぁぁぁぁん!!!」
「やっと、しっかり泣けたね」
ソフィーがアリサを抱き寄せて、彼女の頭を優しく撫でた。
アリサはソフィーの胸の中で、泣き続けるのだった。
それから三日が経った。
アリサは引きこもるのをやめて、魔法と魔力の鍛錬を再開した。
悲しみを誤魔化すようにかつてティルが行っていた過酷な鍛錬を真似して自分を追い込んでいた。
「見ててお姉ちゃん。わたしは最強の魔導士になってお姉ちゃんに今度こそ勝ってみせるから!!」
晴天の空を見上げて、アリサは今度こそ自分の決意を貫こうと決めた。
そして鍛錬を無心でやっていると唐突にティルの最後の言葉を思い出した。
『私の部屋を調べてごらん』
「あの時のお姉ちゃんの言葉、もしかして他にも何かあるのかな? 昼間の鍛錬が終わったら遺品の整理がてら調べてみよ」
そして丸一日鍛錬を行い、アリサは疲れた体でティルの部屋の整理を始めた。
本棚や机の上に並べられた本に軽く目を通しながら、整理整頓を始める。
「うーん。これと言ったものがないな~。貰ったこの鍵を使えそうな穴もないし」
机の引き出しなどを調べるが貰った鍵に合う穴がなかった。
そしてベッドの下を何となく調べると木の箱が出てきた。
「これってもしかしてエッチな本を隠してる箱じゃない!? お、お姉ちゃんに限ってそんなこと無いよね?」
疑念と好奇心を抱きながら箱を開けると、ボロボロで使い古された剣と防具、そして服が入っていた。
さらにその下には数冊の分厚い本が隠されていた。
「何この傷跡!?」
服に染み込んだ大量の血と鋭い何かに切り裂かれた跡がある防具を見て、アリサがドン引きしていた。
そしてティルの強さに納得した。
素人でも見ればわかるほどの致命傷に近い傷跡。
そんな敵を討伐したであろう刃こぼれした剣。
アリサの中で少し疑問が解けた気がした。
「命を賭けて死ぬかもしれない極限状況なら効率よく強くなれる、か」
鍛錬の度にティルが口にしていた言葉。
その意味をアリサは何となく理解し、ティルはそれをちゃんと自分でもやっていたんだと感心した。
そしてその下にあった分厚い本は、全てが魔導書だった。
「す、凄い! 見たこともない魔法文字に魔法陣。それに既存の魔導書に載ってない理論まで……」
読めば読むほど引き込まれるティルの研究成果がそこには記されていた。
あまり歳が変わらないのにどうすればここまでの研究ができるのかと疑問を覚えた。
しかし、それを教えてくれる人はもういない。
ただわかったのは、ティルが血を吐く程の努力をしていたという事実だけだ。
「お姉ちゃん、どれだけの高みにいたの」
ティルの魔導書を読み込む程、アリサは自分とのレベル差を嫌と言うほど思い知った。
「凄いや。こんなの勝てるわけないよ」
あまりにもレベルが違いすぎて笑いが込み上げてしまった。
自分はどれだけ努力を怠っていたのか知り、引き籠もっていたのがどれほど愚かだったのかを痛感する。
そして立とうとした時に小物を落としてしまった。
小物は机の下に入り込んでしまい、アリサは光を照らす魔法で机の下を照らした。
「あったあった。……??」
小物を取ろうとした時、机の下に小さな穴があることに気が付いた。
言葉にできないほどの小さな直感に従って、アリサは何となく机を魔法で動かして穴に鍵を差し込んだ。
するとガチャリと鍵が開く音がした。
「!?」
アリサは喜びと驚き、そして期待を胸にゆっくりと隠し扉を開けた。
そこには二冊の本と小さな箱があり、それらを取り出すと箱の下に一通の手紙が置かれていた。
「手紙?」
アリサが手紙を開いた。
――アリサへ
さて、何回目になるかはわからないけど、これを読んでるってことは私は居なくなったみたいだね。細かいことはもう言わなくてもいいよね。というわけで本題。もしもの時に備えてこれをアリサに残す。この箱の中に入っている液体は適合に失敗したら、死ぬ方がマシな程の痛みに晒されて死ぬことになる。でも、もし適合することさえできれば絶大な力が手に入るけど、もし不完全適合すれば力に喰われて化物になる。だから、もうどうしようもないくらい追い詰められて、圧倒的な理不尽を前に死を待つしかない状況になったら使って。これはそれほど危険な物だから、安易に使おうなんて考えちゃだめだよ。
それとこの魔導書はアリサへの誕生日プレゼントだよ。私にもしものことがあったら渡せないから、ここに置いておくね。中身は私の研究成果が記してある。たぶん文字は読めないだろうけど、翻訳表を見て解読するのも探求の一つ。頑張ってね。そうそうここにあるのは研究成果のほんの一部。全てを教えたら面白くないでしょ。だから、自分で深淵にたどり着きなさい。翻訳途中のやつも部屋のどっかにあるから頑張って探してね。あと、この魔導書は誰にも見せちゃだめだよ。世界の常識を覆すようなことも書いてあるから厳重に保管して、絶対に自分以外の人に見せないで家族にも見せるのは駄目だからね。とう言うわけでしっかり研究して立派な魔導士になるんだよ。
無敵で世界一の美少女なお姉ちゃんより。
ティルの手紙を読むとアリサは箱と魔導書を異空間収納にしまった。
これに頼ることが無いように鍛錬を続けて、ティルの魔導書を解読しようと心に決めるのだった。
いつも読んで下さり有難うございます。
『面白い』や『よかった』と思っていただけたら評価やブックマーク、感想等をしていただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
更新は毎週木曜日もしくは土曜日の予定です。




