第30話 蟷螂は強かった
あれから二週間が経ったが、ティルは未だ森から出ることが出来ずに彷徨っていた。
迷いすぎたせいで地図のほとんどが埋まり、あとはその外周を回るようにして円状に地図を拡大していく。
(どうもティルテインです。あれから長いことでもう二週間が経ちました。独り言を言っていないと暇で死んでしまいそうな程です。そんな中、思いついた遊びが森の踏破です。地図を完成させれば出口も見つかるでしょ)
あまりにも退屈すぎて、自分が何を思っているのかわからず思いつくままに心の中で呟いた。
もはや声に出すのすら面倒くさいと思うほどには精神にダメージを負っていた。
(魔物と接敵したら逃げる日々です。初戦闘でこの森の魔物はやばいと悟りました。魔法のバックアップなしでは、気が付けば片腕とさよならしているからです。ははは)
心の声ですら乾いた笑いをあげていた。
(剣でここの魔物に挑むにはレベルが足りません。なので、その対策として魔物と戦うことにしました。死ぬかもしれない状態が一番効率よく強くれるからです。ん? 矛盾しているって? それはそうです。今、やばそうなカマキリとデスマッチを繰り広げていますから)
ティルは自分よりも大きなカマキリと死闘を繰り広げていた。
カマキリの鎌による一撃は目で追うことはできても、速すぎて今の体では反応が追い付かなかった。
全て紙一重で回避しているが、何回も避けきれずに首以外の部位が切断されていた。
切断されるたびに切断された部位を拾って切断面に接着させることで闇によって修復させて、回収ができない場面では闇で切断した部位を生やすようにして修復していた。
カマキリの細い脚は見た目に反して強靭で、踏みつけるだけで地面を抉る程の力があった。
そしてティルは何とかカマキリの鎌を片方だけだが切り落とすことに成功したが、硬い外殻のせいで剣が刃こぼれを起こしてしまった。
「強すぎなんですけど!! 誰だよカマキリ巨大化させたやつ!!」
息を切らせながら叫ぶ。
文句を言ってないとやってられないからだ。
とは言え、この状況を突破するために策を講じるわけだが、肉体の性能差で圧倒されて戦術が機能しないでいた。
カマキリの高速の一撃を避ける。
一度、鎌を剣で受けたが、速さと質量で切断されてしまった。
故に下手な受け流しができないのだ。
仮に出来たとしても力で負けて吹き飛ばされればいい方だろうとティルは推測していた。
「よし演算終了!! これでも喰らえー!!」
ティルが戦闘開始直後から行っていた数秘術を演算が今、終了した。
そして核融解による超高熱を熱線として解き放った。
大気が焼け、熱線が直撃するとカマキリが体液を撒き散らしながら暴れた。
「これはもしかして! あと少しなのでは!」
カマキリの攻勢が緩まった隙に今度はティルが攻撃を仕掛ける。
「ッシャーー!! 勝ち確!!」
ティルが剣で一方的に攻撃をしてカマキリの外皮装甲を削って行き、やっとその下にある肉にその剣が届いた。
痛みで藻掻くカマキリに怒涛の攻撃を仕掛けたときだった。
カマキリの目がチカリと光るとレーザーが放たれ、ティルの右腕を掠めた。
掠めただけで肉の一部が蒸発し、かろうじで皮一枚で腕が繋がっているが少しでも動けば千切れてしまいそうだ。
「さーせんしたー!! 調子に乗りました!! カマキリってビーム出せるんだ……」
痛みで冷静になった思考で考えるが、虫が収束光を放てる原理はわからなかった。
そして虫の生命力の強さを身を以て知る。
胴を撃ち抜かれてもなお戦闘続行するだけのタフネス。
それはほとんどの人間では真似できないものだ。
「強い……。腕の修復までおよそ三○秒ってところか。メルトダウナーの再構築、再展開までは最低一〇分は掛かる。クソッ! これだから数秘術は苦手なんだ。魔法でブーストしないと演算能力の大半を持ってかれるし、そのせいで脳の処理能力が落ちて判断能力とか色々なものが落ちる。感覚便りの戦闘が得意なはずなのに神経を使う」
文句を言いながらも、カマキリの攻撃をしっかり回避して隙を見て反撃を繰り返す。
先程のメルトダウナーの反動で脳の処理能力が落ちていることにティルは気がついていなかった。
感覚派の彼女はその状況を理解せず、何となくで再展開までの正しい時間を弾き出して落ちた身体能力で戦っている。
これは長い人生で培ってきた戦闘経験があるからこそなせる技だった。
「まさか数秘術が切り札になるなんて、昔の私じゃ考えられなかったよね〜。って! 剣を極めたいのに数秘術を切り札にしてどうするんだよ! ……はぁ、独り言言ってるとなんか虚しくなってくる」
カマキリの懐に入ることでレーザー攻撃を受けなくなって独り言を言う余裕ができたが、相変わらず不可視の速度で飛んでくる鎌での攻撃を捌くのは骨が折れた。
しばらくヒットアンドアウェイで攻撃していた成果が現れ始めてきた。
カマキリの攻撃速度が目に見えて遅くなり、現在の体でも見てからの回避ができる場面が増えたのだ。
「あと少し……のはず。弱ってはきてるはずなのに敵の体力の底がまだ読めない。鑑定魔法させ使えれば楽なのに……。全身からビームとかないよね? 流石に。――!? ッ!!」
調子に乗り、鎌の攻撃軌道上に入っていることに気が付かなかったが、なんとか両手で剣を握って受け流す。
しかし、カマキリの膂力には勝てるはずもなく、容赦なく吹き飛ばされて木に叩きつけられ、血を吐き出した。
「ガハッ!」
ティルが即座に回避運動を取った。
すると先程までいた場所がレーザー攻撃で蒸発し、その惨状を見たティルが冷や汗を掻く。
「あっぶな」
すぐに態勢を整えると、武技‘’縮地‘’でカマキリの懐に戻る。
距離を取れば即死攻撃が飛んでくるため、まだ近接戦をしている方がマシだった。
「まずい、体が持たないかも。早く決着を着けないと」
足りない身体能力を脳のリミッターを外して補うことで何とか敵との能力差をカバーしていたが、それも限界が近づいてきた。
騙しだまし限界を引き延ばしてきたが、さすがに体が悲鳴を上げ始めて、動く度に骨が軋む音が鳴ると、関節などから激痛が走るようになる。
闇の修復効果も現在は魔力回路に大半を割いているため、肉体の修復が追い付いていないのも原因の一つだった。
「とは言っても、今回の戦闘にメルトダウナーの再展開は間に合いそうにないし、どうしたものか……」
早く決着を着けたくても切り札が使えないことに眉をひそめながら必死に思考を巡らせる。
剣士としては未熟で、必殺技のような大技を使えないことに歯がゆさを覚えた。
(どうしよう。無理やり模倣剣技を使っても、たぶん体が技に耐え切れないし……。かと言って自分の技量だと大技がない。うーん詰みか?)
とりあえず数秘術を使おうとした時だった。
脳に強烈な痛みが走り、演算が強制停止してしまい、それと同時に右側の視界が赤く染まる。
「!? 脳出血!!? まずい! 身体能力が落ちる!!」
数秘術で無理やり生体電流を強化、操作して限界以上の力を制御していたが、その手綱が切れて秒読みで身体能力が低下を始めた。
「チッ! この速度にすら反応できなくなってきた。でも、あいつも体液を流しすぎてるし、時間の問題のはず……はずだよね?」
自身の推測が合っているか自信がなくなって、不安を感じた。
互いに泥臭い削り合いを続けて、しばらくしてやっとカマキリが足から崩れ落ちて絶命した。
体の節部分がまだ生きていて暴れているが、本体部分が沈黙したことでその場から動けなくなっていた。
そして丸一日暴れ続けて完全に体の機能が停止した。
その間ティルは距離を取って、糸と針で傷口を縫い合わせていた。
「あらら胸まで切られてる。これでも成長するよね?」
将来が不安になって嫌な汗を掻く。
応急処置を終わらせると、ティルは疲れた体を休ませるために仮眠を取った。
そしてカマキリが絶命して少ししてから目を覚ますと、すぐに解体を始めた。
「あー疲れたけど、解体しないと。この辺の部位は素材として使えそうだし、実験の材料にもなりそう。……にしても筋肉硬った! まあ、あれだけの攻撃ができるならそりゃー詰まってるよね」
全力で力を込めて鎌の解体を行う。
筋を丁寧に裂いていくが、その感覚は骨を切っているんじゃないかと錯覚しそうな硬さだった。
そんな硬さの物を全身に近い量をやるのかと思うと、憂鬱になって息を吐いてしまう。
それでも解体を頑張るのは、簡易的な武具として利用できるのではないかという目論見があったからだ。
そうして数時間かけて解体を終えると、探索拠点にしている大木の根元に戻ってきた。
「あー疲れた〜……。この森にいると魔法なしの私がどれだけ弱いかよく分かる。やっぱり身体強化なしの鍛錬をした方がいいのかな。数秘術頼りだと、必ず行き詰まる気がする経験的に……」
ティルが焚き火に火を点けて、その傍で仰向けになりながら現状を考えていた。
「多分、この森での私の立ち位置は下の方。数秘術で倒しきれない時点で負けが確定するこの現状をどうにかしないと生存は難しい」
現状を改めて分析して自分の弱さを痛感した。
どうしたものかと頭を悩ませていたが、良い案がでることもなく結局剣を振り続けて技術を上げることにした。
「悩んでも仕方ないか。よし! 悩む前に行動すべしってわけで剣でも鍛えるとしよう。幸い、達人と戦ったことがあるから型や技は見様見真似で何とかなるし、我流の技に昇華して習得すれば多少の足しにはなるでしょ。欲を言うならオリジナルくらいの剣技に仕上げたいなー」
それからは探索と並行して剣の練習も行っていた。
魚の様に脳の半分を寝かせて、もう半分を覚醒状態にすることで睡眠を取らずに剣の練習に打ち込み、昼は探索を行い、夜は剣の練習に全ての時間を注ぎ込んだ。
そしてこれを毎日繰り返し続けたのだった。
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