第29話 元厄災、妹の心配をする
一週間が経過したが、ティルは今もなお森を彷徨っていた。
魔物を仕留めて食料にしながら過ごしていた。
どこかにある森の出入口を見つけられずにいたのだ。
しかもこの森のティルがいる場所は、磁場と大気中の魔力がぶつかり合うことで、方向を示す道具のほとんどを狂わせてしまっていた。
太陽や星の位置を基準に方向を推測するしかなかった。
そして面倒くさがりのティルは、最初こそ気にしていたが今では思い出した時に方向を確認するため、度々別の方向に進んでいたりする。
「今どの辺だろ?」
ティルの指輪が光ると異空間収納からマッピングの機能がある魔導具を取り出した。
大気中の魔力を使って魔導具を起動すると、ティルが今まで歩いた場所が地図をとして表示された。
「結構ズレてる……真っすぐ進んでたつもりなんだけどな。……この森どれだけ大きいの?」
ゴールが見えず、景色も殆ど変わらない状況はさすがのティルも精神的にまいり始めていた。
冒険が好きだったとしても、何も起きない状況が続けば楽しさなんて感じられない。
永遠にも感じられる暇な時間が続く辛さは感情がある今のティルには苦痛になっていた。
転移の影響で弱体化して、さらに肉体も完全には再生しておらず、剣を振ることすらままならないため、ティルはずっと敵を避けえるように進んでいた。
本音は敵と戦いたいと思っていた。
「流石にここまで何も無いと暇だなー。戦いたいけど、この体だと負けちゃいそうだしな〜。さてどうしたものか」
歩きながらこの先どうするか考えていると二日が経っていた。
かつて悠久を生き、周りから人がいなくなったことで自身の感覚がかつての自分に回帰し始めていた。
眠気も無いわけではないが、寝ても寝なくてもどちらでもいい状態だった。
ティルは片方の脳を眠らせて起きているという魚じみた特技を獲得しているのも要因の一つだ。
「ここに来てから独り言が増えた気がする。……いや、それは前からか。ははは、暇すぎるのも問題だね。早く戦闘ができるくらいは回復しないかな。魔法を使えなくても剣くらいは使えるし」
あまりにも暇で適当な棒を拾って振り回しながら進み始める。
研究していた頃には感じたことがない類の感覚に新鮮さを覚えたのは最初の方だけで、あとは苦痛でしかないと気がついた。
日が暮れ始めるとティルが鞄から松明を取り出して、火打ち石で火を点けようとしたが中々火がつかず、苦戦を強いられていた。
「え、全然火がつかないんだけど!? 昨日は簡単に点いたのに!」
原因を考えながら火打ち石を叩く。
「油はまだ足りてるし、何が原因だろ? 運かな? あー魔法が使えたら点火なんて一瞬なのに!!」
魔法のありがたみを感じながら必死に火打ち石を叩く。
「この際、松明無しで進もうかな?」
心が折れ始めて、半ば諦めようかと考える。
日が完全に沈み月明かり以外に光源がなくなると、夜目が働いたとしても大まかな地形しか捉えることができないほどの暗闇が広がっていた。
頑張ること二時間、やっと松明に火が点いた。
精神的ダメージが蓄積して、ティルは呼吸を乱していた。
「はぁはぁ……やっと点いたーーー!!!!」
嬉しさのあまり叫んでしまった。
自分がやった行為を自覚すると、咄嗟に口を押さえて鞄を背負うと松明を右手に持ってその場を離れた。
今の声を頼りにいくつかの気配が近づいて来たことに気がつくと、音を立てないように気をつけながら、急いでその場を移動する。
松明で周辺の地形を確認しながら進むと、木の根元に穴が空いた隠れるのに適した場所を見つけると、光源確保のために松明を地面に刺して固定して淡い光を頼りに枯れ枝を集めると松明で火を点けた。
火を点け終わると数秘術によって松明の周辺から酸素を消去して火を消した。
「一体この森はどれだけ広いの? 盗賊がアジトにしてたからどっかに近道はあるはずなんだけど……」
星空を見ながらいつ出られるかもわからない現状に不満を漏らした。
星を眺めながらこれからのことを考えていると、不意にアリサのことが頭に浮かんできた。
「アリサはどうしてるかな? もしかしたら泣いてるかも。あの時の戦いの傷が癒えてないタイミングだったから、塞ぎ込んでないといいけど。本来ならあの子に姉なんていないかったわけだし……」
アリサのことを考えると心配で胸が苦しくなる。
(誰かの心配をするなんて何年ぶりだろ。多分、覚えていられないくらい年月経ってるよね)
最後に誰の心配をしたのかと思い出そうとしたが思い出せなかった。
仲間の死により自身の心と感情の一部が壊れてから先の事は、わからなかった。
ただ魔法を極めるために物事の大半を事象として片づけていたのが原因だと推測するが、その答えを提示してくれる者はいない。
考えても答えが出ない為、少ししてティルは考えることをやめた。
今はただ生きているアリサを心配してすることしか出来なかったのだった。
「魔力回路が回復するまでは、魔法も魔眼も使えないから不便で仕方ない。千里眼が使えればアリサの様子を見ることも出来るのに……」
いつも使うことができていたものが突然使えなくなってしまい、ティルはどうしたのものかと考えていた。
剣の修業をしていたとは言え、実力は決して高いとは言えず、魔法を織り交ぜることで今まではその力量差を埋めていた。
それが出来なくなり、この森で生きていけるのか少し不安を覚えた。
「当分は数秘術に頼ることになるのかー。脳の損傷は九六パーセントくらい回復してるから演算領域は十分確保できる。問題は高位演算術が使えないってとこだよね。いつもは魔法のバックアップで高位演算をしてたけどそれがなくなると核爆発とかも起こせないし、出来たとしても溜めが必要になる……。慣れて行けってことかな」
ティルが数秘術により、物理現象を再現して指先に小さな火を作り出した。
それだけなら片手間でできるが、戦闘時は魔法のバックアップがないため、全快時とどこまで感覚に誤差がでるかを懸念していた。
しかし、考えていても結果がわかるわけもなく、だんだんと考えるのを放棄していった。
「さて! 気を取り直して情報収集の為に早く人里に行かないとね。アリサ達の状況を早く知りたいし。そうと決まれば夜行しますか!!」
動かずにのんびりしていることが性に合わず、とりあえずなるようになれの精神で夜の森を進むことにした。
木の穴から出て指を鳴らすと焚き火の火が消えて、煙だけが立ち上がっていた。
「あれ? 松明点ける時、数秘術使えばよかったんじゃ……」
今頃になって火打ち石で頑張って火を点けたことが無意味だったと悟り、肩を落とした。
そしてため息を吐いてその場を後にしたのだった。
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今回は前回が短かったので更新しました。
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