表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/44

第27話 身代わりの代償

 どこかの森にティルが倒れていた。

 その姿は悲惨なものだった。

 欠損した腕と目から血が溢れ出し、肺と心臓を失って血を吐き出してもがき苦しんでいた。

 無理やり内臓や脳の一部を失くしたせいで魔力回路がズタズタに引き裂かれ、その痛みが魂にまで届いた。

 今さら内臓の消失や欠損の痛みで苦しむティルではないが、魂に響く痛みは例外だった。

 普段、魂に痛みが走ることがないからこそ慣れていなかったのだ。


「あ、あああぁぁ!!」

(この私が叫んでる!? 痛い痛い……やっぱり魔力回路を裂かれるこの痛みはなれない)


 体を抱えるようにして痛みに耐えようとしても耐えられず、体が反射的にのた打ち回った。

 木や地面に頭を叩きつけたくなるほどの激痛にティルは必死に耐える。

 呼吸が乱れて、過呼吸になりかけた。

 魔法を使おうにも切れた回路では、魔力を流すことが出来ず、使うことが出来なかった。


(思考が鈍い……もしかして脳ミソを半分くらい落としてきちゃったかな? となると修復の優先順位が脳になるから当分このままかー)


 痛みを誤魔化すために適当な事を考える。

 暇を潰す為に魔法の研究をしたくても、脳が半分欠損したことでまともに思考もできず、それどころではないことが口惜しいと感じていた。


(いっその事、魂に思考を移して暇を潰したい)


 それからずっと泥水を飲んで渇きを凌ぎ、野草やキノコを食べて飢えを凌ぐ生活を行っていた。

 立つことも出来ず、食料や水は全身全霊の力を持ってやっと数メートル移動でき、そこで啜るように泥水を飲んだりしていたのだ。

 吐き下しながら毎日なんとか命を繋げることができていた。


 そんな毎日を過ごす中でパンツの気持ち悪い感触を誤魔化すために意識を自身の内側、つまり魂の中に向ける。


『久しぶり私』


 もう一人の感情が無いティルが挨拶をしてきた。

 その言葉には何の気持ちも込められていなかった。


『いつぶり?』

『さーね。ところで、そっちは随分と楽しいことになってるみたいだね』

『楽しすぎて色々ぐちゃぐちゃだよ。内蔵なくなって軽量化されちゃったしねぇ』

『力が無いのも大変だね』

『能力とその制御権の大半を持っていったくせによく言うよ』

『無理矢理に人格を切り分けておいてどの口が言うの?』

『それ、私には言われたくない』

『確かに、その意思決定したの私たちだし』


 自分自身と話すことに不思議な感覚を覚えつつも、現実逃避をするために精神世界に籠もる。


『ところで私』

『なに? 私』

『魔力回路がズタズタになって弱ってるせいであれの拘束が解けそうだよ』


 感情の無いティルが親指で背後のにある檻に隔離され、鎖で厳重に封印された何かを指す。

 人ではない何かが封印を解こうと蠢いていた。

 

『もう一人の私は脱走しそうだね』

『いくら私でもあれを拘束するのは無理だぞ』


 三つある人格の内、一番手が着けれない自分の方を見ながら二人で言う。


『ねえ私』

『何? 私』

『私の見間違えじゃなければ、脱獄してない?』

『ホントだ。まあ、不幸中の幸いなのが、第一が表に出てるってことと、能力は封印されたままってことだね』

『あれ、体に戻れない。……それに外の状況も見れないし、記憶のリンクも解除されてる』


 ティルが意識を体に戻そうとするが、戻ることができず嫌な予感を覚えた。


『もしかしてこれ』

『もしかしなくても当分は主導権があれに持ってかれると思う』

『はぁぁ、まあいいけど。体中から異常な痛みがあったから、それから解放されると思えばね』

『外では酷い有様になってるんだろうな』

『それは私の管轄外だから大丈夫』


 そうしてティルはしばらくの間を精神世界で過ごすことになるのだった。



 それから何日経ったかはわからない。

 ティルが意識を取り戻すと、口の中にネットリとした感触と錆鉄の味が広がっていた。

 口の中にある固形物を飲み込むと、ティルがゆっくりと立ち上がって周囲を見渡した。

 そこに広がっていたの一面真っ赤な血の海と人型の死体が転がっており、何体かは少し肉が残った白骨死体になっていて、よく観察すると何かに肉を食いちぎられた跡がある死体があった。

 その瞬間、ティルが先程飲み込んだ物の正体を察した。


「まじか……暴走中の私、なんてものを食べてたの!! 魔力が回復してるからいいけど、口の中が最悪」


 ティルが唾液を溜めるとそれで口の中の血を洗い取って吐き出したが、まだかなりの量が残っていた。


「やっぱこれっぽちじゃ落ちないか……まあいいや、さて、気を取り直して金目の物があれば貰ってくとしよう!」


 死体の服装を見て、盗賊だと推測すると近くの洞穴の中に入っていく。

 歩いていると周りよりひと際、頑丈そうな扉を見つけた。

 保管庫だと推測して、扉をピッキングして鍵を開けると重々しい扉を開いて中に入る。


「大当たり~! とは言ったものの、魔力回路はまだ逝っちゃってるしな~。どこに仕舞おう……」


 鞄もない状態にどしたものかと顎に手を当てて考え込んでいると、小指に着けていた指輪が目に入り、解決案を思いついた。


「そういえばこの指輪、おまけで異空間収納の効果があったんだっけ、すっかり忘れてた。でもな~この量入るかな~。魔導具だから上限があるわけだし……とりま、試してみるか~」


 指輪に大気中の魔力を直接流し込むことで、魔力回路を通さずに強引に起動させた。

 そして異空間収納に金銀財宝を全て放り込んだ。


「ギリギリ入った……」


 無理やり押し込むように詰め込み、「入らないんじゃないか」と嫌な汗を搔いていたが、全て収納出来て安堵の息を吐きながら、ティルがその場に座り込んだ。


「体が重い。もう少し寝ようかな」


 瞼が重く、横になって直ぐに眠りに落ちてしまった。

 それから数時間して目を覚ますと、体中が痛かった。


「いたたた。さすがに地べたはやめた方がよかったか」


 伸びをして固まった体をほぐしながら、現在の体の状態を確認するために軽く跳ねたり動いたりする。


「だいぶ修復が進んだみたい。脳の処理能力がまだ全快してないけどこれなら問題なく活動できそう」


 状態の確認を終えるとティルは使えそうなものがないか、盗賊のアジトを物色する。

 棚を漁って食料を手に入れると近くにあった比較的新品に近い鞄に詰め込んだ。

 料理器具一式も拝借し、空の水筒を鞄の外に着けた。


「とりあえずこれでサバイバルに必要な物は揃ったかな。あとは武器があれば完璧なんだけど……」


 辺りを見渡すが武器になりそうなものは刃こぼれした包丁くらいしかなかった。


「ないよりはましだね。まあ、厨房で武器を期待する方がおかしいよね」


 独り言を呟きながらその場をあとにする。

 しばらくアジトを散策していると、武器が置かれている部屋を見つけた。

 ティルが喜びながら武器庫に入っていったが、そこには手入れが行き届いていない品質の悪い武器が山のようにあった。


「うっわ、これは酷い。刃こぼれ、錆に、弓の弦が切れてるじゃん。いくら盗賊でも、もう少し武器は大切にして欲しいな、まったく」


 ティルがしっくりくる武器を見受けるために幾つもの剣を握った。

 何回も試していると重量や長さがちょうどいい物を二本見つけ、その剣を錆てない剣を砥石代わりにして研ぐ。

 あまりいい物ではないのは分かっていたが、武器としての最低限の機能が欲しかったのだ。

 二本の剣を研ぎ終わると、弓を集めて比較的綺麗なものを選ぶと、他の弓から使えそうな部分を取り出して傷んだ箇所の修繕を行う。

 弦も張りなおすと、一度指で弾いて調子を確認すると満足そうに頷き、弦が切れないか確認するために弓を構えた。

 問題なく機能するのを確認すると鞄の右側に括り付け、矢筒を鞄の下に取り付けた。

 それから剥ぎ取り用の短剣を腰の後ろに着け、予備の武器を鞄に入れた。


「重っ!! 身体強化を使いたい……」


 不満を漏らしながらも鞄を持ち上げて椅子に置くと、机に置いていた携帯ランタンを腰に付け、予備を鞄の後ろに括り付けた。


「燃料と火打ち石もあるね。よし! ここから出て水浴びに行こうかな」


 ティルが重い鞄を背負うと、水源を探すためにアジトを後にした。


(水汲み用の水辺が近くにあるといいな)


 淡い期待を胸に、新天地の探索に向かうのだった。

『面白い』や『よかった』と思っていただけたら評価やブックマーク、感想等をしていただけると嬉しいです。


毎週木曜もしくは土曜日の更新予定です。

これからもよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ