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第26話 別れの時

 それから一週間が過ぎた。

 ティルの予測が外れ、天球発動までの猶予が増えていた。


「予測を外すなんて、腕が落ちたかな……ま、なんにせよ、最短期間での発動はしなかったからよしとしよう」


 ティルが独り言を呟いていると訓練メニューを終わらせたアリサが近づいてくる。


「おねえちゃん終わったよー」

「お疲れ様。だいぶ慣れてきたみたいだね」

「まだ体中が軋むくらい痛いけど……」


 達成感に満ちつつも痛みに慣れず、アリサが苦笑いを浮かべた。


「おねえちゃんはこれから少しやることがあるから、戻ってくるまでこれをやってて」


 訓練メニューを魔力で紙に転写すると、ティルがそれをアリサに手渡した。

 

「おねえちゃんはどこに行くの?」

「ちょっと街にね。夕方までには戻るよ」

「あ、ちょっとま――」


 アリサが言い切る前に、ティルが走って行ってしまった。

 その後ろ姿を見ながら頬を可愛らしく膨らめる。


「むぅーバカ……。――それにしてもおねえちゃんってこういうの向いてないよ。無理してるのが全部バレバレだもん。演技の練習したほうがいいと思うな」


 気持ちを切り替えると、アリサは訓練を再開するのだった。



 

 街に着くとティルは洗浄の魔法を使って、匂いや汚れを消してから街の中に入って行く。


「さて、やってるかな?」


 ティルが定休日ではないことを祈りながら目的地に向かって歩みを進める。

 目的の店に到着すると扉を開けて、ティルが入っていく。


「とっつあんやってる?」


 がたいの良いスキンヘッドの男が奥から出てきた。


「うちは酒場じゃねーぞっていつも言ってるだろティル嬢」


 開幕の一言は互いにいつものやり取りを行った。

 常連のティルが軽く手を振るとやれやれと鍛冶屋の店主であるゲラルクが首を振った。

 

「えへへー」

「で、今日は何の用だ? 剣の打ち直しか」

「実は鍛冶場を借りたいんだ〜」

「鍛冶場だとぉぉ!?」


 ゲラルクの目つきが鋭くなり、ティルの目を睨みように見る。


「わかってるって。鍛冶場は鍛冶師にとっての聖域。だから、弟子とか特別な人しか入れないって」

「それがわかってて、なんで鍛冶場に入りたいんだ?」

「ちょっとお手製の武器を作りたくてね」

「さすがの俺もキレるぞ」


 カウンターから身を乗り出して、ティルに圧をかける。


「まあまあ、素材が余ったら上げるからさ」


 そう言ってティルがカウンターまで行くと、鞄から素材を出すフリをして異空間収納から前世で入手した素材を取り出して机に置いていく。


「おいおい!? おいおいおい!??」


 ティルが取り出した素材にゲラルクが絶句していた。


「どう? これのあまりもらえるならいい取引でしょ」

「こ、こんなレア物どこで手に入れてきたんだ」

「溜め込んだお小遣いと、以前の大規模侵攻時の原因だった古龍の落とし物だったりね。それ以外は企業秘密だよ」


 前世で入手したことを隠す為に、適当な嘘をついてその場を凌ぐ。


「触ってもいいか?」

「いいよ。古龍の素材は気をつけてね。残滓でも強力だからね」


 ゲラルクが作業用の手袋を着けてから素材を持ち上げた。

 ゆっくりと観察する時間が長くなるほど、ゲラルクが驚きで顔が歪んでいく。


「いやいや!? おかしいだろ全部マジもんじゃねーか!!」

「手に入れるの苦労したよ。世界三大鉄鋼のオリハルコンとダマスカス、そしてヒヒイロカネはかなり高かったんだよ」

「それに加えて龍の素材と見たことねー真っ黒の鉱石か」

「どう? 貸す気になった? 金槌は自分用のやつあるから安心して」

「……」


 ゲラルクが唸りながら長考していると、ティルが悪い顔をしながら待っていた。

 今か今かと待っていると、ゲラルクがため息を吐いた。


「はぁぁぁ……仕方ねー」

「ってことは!」

「貸してやる。だけど条件付きだ! 俺も立ち会わせてもらうぞ」

「やったね!!」


 ティルがガッツポーズをしていると、ゲラルクは少し不安を覚えるのだった。

 そしてティルは小部屋で作業着に着替えると、鍛冶場に入っていく。


「おいおい、もうちょっと女の子っぽいのを期待したが、ガチの作業着じゃなねーか」

「まーね。半端な服で鍛冶をするのは危険だから」

「とりあえず、舐めてないだけ褒めるとしよう。それでそれがティル嬢の金鎚か。ほう、魔法が付与されてるのか」

「よくわかったね」

「鍛冶屋やってて分からなかったら、三流以下だろ」

「あはは、さすが職人。さて、自慢の一品を使って始めようかな」


 ティルが息を深く吐くと、オリハルコンを炉に入れて熱し始めた。

 普通の炉ではオリハルコンを溶かす事はできない。

 そのためティルが選んだ手段は、魔法を使って熱する手段だ。

 オリハルコンが赤熱状態になると炉から取り出して、金床で叩き始める。

 金槌を一振りするごとに魔道具の力で複数の魔法が付与されていき、同時に無数の付与魔法を付与し、さらに原初のルーンを刻んでいく。

 原初のルーンは一文字で魔法として成立する神々の技術の一つであり、現代では失われた物だ。

 ティルの加工技術は、もはや神業の域に到達していた。

 付与限界に達するまで何回も打ち続け、限界に達する一度熱して叩き直す。

 これを繰り返すことで金属その物の付与限界まで付与を行える。


 その様子を見ていたゲラルクが目を丸くして驚いていた。


「なんつう技だよ。力技にも程があるだろ」

「でしょー」


 ティルが自慢げに言った。


「でも、あくまで魔法を付与する技術だから鍛冶に関してはとっつあんの方が上だよ」


 そう言いながらオリハルコンとダマスカス鋼、そしてヒヒイロカネの全てを同じ技法で鍛えた。

 そしてこの三つの金属を溶かして合金を作り上げると、また魔法の付与を行う。

 合金化させたことで付与した魔法を保持したまま付与限界がリセットされた。

 

「ふぅぅ……さて、第二段階行ってみよー」


 一息つくと合金への付与を再開した。

 周りの音が聞こえないほど集中していた。

 武器の形状に整えながら作業を続ける。

 作る武器は杖剣であり、杖銃としても使えるようにする予定だ。

 自分の性癖を詰め込んでロマン武器を目標にしている。

 完成した姿を思い浮かべ、わくわくで胸を踊らせながら完成を目指す。

 

 付与を終えると龍の素材などを投入して行き、錬金術を応用して武器に素材を馴染ませる。

 そして溶かした素材を合金に混ぜて、また魔法の付与を行う。

 それを限界が来るまで永遠にやり続ける。

 魔力回復(マナ)ポーションを飲みながら魔力を回復して常に魔力切れをしないように維持する。

 武器の形状を完全に整え終えると、残りの素材を全て使って武器を完成させた。

 しかし、付与された能力を除く武器の性能は並の鍛冶師より少しいい程度の出来だった。


「完成! あとはこれを刻めば終わり」


 ティルが剣身に原初のルーンを刻んで無事に完成を迎えた。

 集中力と魔力を使い切り、げっそりしながら完成を喜んだ。


「あとの仕上げは任せてもいい? 鍛え直しても能力は変わらないから、武器として一級品にして欲しい」

「いいのか? 魔剣みたいなこれを俺が鍛え直しても」

「うん。むしろ頭を下げてお願いしたいくらいだよ。付与した能力以外は、とっつぁんが作った店の武器より性能が劣るからね」

「それならありがたく弄らせえてもらうぜ。こんな一品の仕上げをできるなんて鍛冶師冥利に尽きるってもんだ」


 ゲラルクが嬉しそうにティルから杖剣を受け取る。

 杖剣を手に持つとティルの鍛冶師としての未熟さがすぐにわかった。


「確かに、重心の位置に違和感があるな。他にも色々と粗が多い」

「でしょ。私はあくまで鍛冶師じゃなくて剣士だから」

「ハハハ! 剣士にこんな技は使えねーぞ」


 ゲラルクが愉快そうに笑う。


「そうそう忘れてた。これが約束の品と武器の設計図だよ」

「ああ、確かに受け取った。一ヶ月後にまた来てくれ。それまでに最高の武器に仕上げとくからよ」

「じゃあよろしく! 金額はどれくらい?」

「いらねーよ。この素材だけで十分だ。むしろ釣りが出るところだぞ」

「そう? じゃあよろしくね〜」


 ティルは鍛冶屋をあとにすると、アリサの元に戻るのだった。


 

 そして更に一週間が経った。

 修行のやり過ぎでアリサの心が壊れないように、この日は休息として街に遊びに向かうことにした。

 その前に久しぶり屋敷に戻って入浴をして疲れた体を癒し、新しい服に着替えて玄関に向かうと来客と鉢合わせた。

 来客の顔を見るとティルが慌ててスカートの裾を両手で摘んで挨拶をした。


「お久しぶりです陛下。遠い所、よくお出でくださいました」


 ティルが頭を下げたのを見て、アリサも慌てて頭を下げて挨拶をした。


「久しぶりだな。汝も元気そうで何よりだ」

「ありがとうございます」

「して、そっちの可愛らしいお嬢さんは?」

「はっ! 妹のアリサと申します」


 思考が追いつかずアリサが固まっているとティルが優しく背中を押した。

 背を押されて我に返るとアリサが慌てて自己紹介を始める。


「ア、アリサ・ディア・ソリエティアです」

「余はアルテミシア王国国王イスカンダル・リ・チア・アルテミシアである。会えて嬉しいぞ」

「あ、有り難きお言葉」


 アリサがおっかなびっくりに話していると奥から父アレスがやってきた。


「陛下、出迎えが遅れてしまい申し訳ありません」

「よい。余とお前の仲ではないか。公の場ではない、学園時代通り友として接してくれ」

「それをやると妻に怒られるんだ、まったく」

「ハハハ! 相変わらず尻に敷かれているようだな。今日は例の件で来た。領地の定期報告がてら対策を聞こうじゃないか」

「こっちだ着いてきてくれ」

「そうそう、その感じでなくては違和感が強くて敵わん」


 互いに仲良さそうに話しているとアレスがティル達に視線を送った。


「パパは陛下と大事な話がある。二人は遊んできなさい。これを使って何か買ってくるといい」 


 アレスが二人に少額だが、お小遣いを渡してイスカンダルを応接室に案内した。

 二人はそれを見届けて街に向かうのだった。


「まさか王様が来るなんてびっくりだよ」

「陛下はいきなり遊びに来るからね〜。みんな驚いて心臓に悪いって言ってた」

「はは、たしかにそうだね」


 二人が楽しそうに話していると街に到着した。


「久しぶりー!」

「ずっと山籠りだったからね〜。文明の素晴らしさってのを直に感じるよね〜」

「それわたしのセリフだよおねえちゃん」

「たしかに」


 ティルがカニのモノマネをしながら頷いた。

 二人で色々な屋台を巡る。


「それ気に入ったの?」

「え? ううん」


 アリサが手に持ったチョーカーの値段を見て、目を丸くしながら首を横に振った。

 そのまま商品を戻した。


「次行こう〜」

「先に行っててすぐに追いつくから」

「わかったー」


 アリサが次の屋台に向かった。


「おっちゃん、これ一つちょうだい」

「まいど」


 ティルが支払いを済ませるとチョーカーを鞄にしまってアリサの後を追った。

 少ししてアリサに追いつくと、彼女が串焼きを持って待っていた。


「おねえちゃんこっちだよ〜」

「お待たせ」

「はいこれ。おねえちゃん分だよ」

「ふふ、ありがとう」


 ティルが串焼きを受け取ると、近くのベンチで姉妹二人で楽しそうに話しながら食べていた。


「美味しいね」

「そうだね。いつもの美味しい味だ。どう? 修行の程は?」

「率直に言うと最悪の地獄。でも、強くなれてる実感があるの。最近は辛すぎて幻覚も見なくなったよ」

「やっぱり荒療治こそ正攻法だ」

「次があるなら絶対お断りかな」

「えー」

「そんな顔してもダメだよ」


 ティルが残そうな顔をして肩を落とすとアリサが優しく彼女の頭を撫でる。

 そして二人で談笑をしていると、あっという間に正午を過ぎていた。


「いい時間だし、そろそろ昼飯しよう」

「うん! じゃあ、クマの養殖亭に行こう!」

「そうと決まればアリサの奢りだね」

「えーおねえちゃんのイジワル」

「あはは、冗談だよ。私が出してあげる」


 ティルがいたずらっぽく微笑しながら、アリサの手を引いてクマの養殖亭に向かった。

 その道中で想定外のことが起きた。

 ティルが予測していた最悪が起きてしまった。


「――!? このタイミングで!!」


 天球が眩い光を放ち、昼間だというのに有り得ないほどの明るくなり、目が眩みそうだった。



「おねえちゃん!!? これって――」

「間に合わなかった……」


 ティルが苦虫を噛み潰したような顔をして、小さく呟いた。

 それはしっかりとアリサの耳に届いていた。

 そして彼女はその意味を察した。

 それはティルの解析と無力化が間に合わなかったと。

 それと同じくしてティルを包むようにドーム状の小型の立体魔法陣が構築された。


「うん。よく似合ってる」


 ティルがアリサの首にチョーカーを着けて、満足げに微笑した。 


「おねえちゃん!」


 ティルが優しくアリサの頬を撫でて微笑んだ。


「元気に生きて、私の分まで」

「嫌だ! 嫌だよ! おねえちゃんも一緒がいい!!!」

「無茶言わないの。でも、無敵で最強のおねえちゃんが皆を守ってあげる」


 ティルがドヤ顔で言った。


「私の部屋を探してご覧。そうすれば……時間みたい。じゃあね。元気に生きて」


 その言葉を最後に天球が凄まじい光を放ち、周囲を飲み込んで行く。

 そして光が止む頃に、何か柔らかくて水っぽいものが落ちる音がした。

 光が止むとアリサの前には左脳と左腕、更に右眼球と肺が半分、そして心臓が落ちていた。


「い、いやぁぁぁぁぁ!!!! おねえちゃぁぁぁん!!」


 アリサが涙と鼻水で顔を歪めながら、必死にティルだった物を必死でかき集めるのだった。

『面白い』や『よかった』と思っていただけたら評価やブックマーク、感想等をしていただけると嬉しいです。


更新は毎週木曜もしくは土曜日の予定です。

これからもよろしくお願いします。

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