第24話 修業
昼食を済ませるとティルは一足早く森に向かっていた。
遅れてアリサも森に向かう。
そしていつも訓練で使っている場所で合流した。
「先にアップ済ませたから、アリサもしっかりやってね」
「うん」
アリサは返事を返すと簡単な運動を行った後に、いつも通りの筋トレや走り込みをした。
一通りの準備運動を終えると、少し休憩を挟む。
その間にティルがアリサにこれからのことについて軽く説明した。
「まずは魔導士の基本にして最も大事な技術の一つ、回避と感知精度向上の訓練をするよ。魔導士には魔力障壁があるとはいえ、受けに回ると基本的に押し切られることの方が多い。圧倒的な量の魔力がない限り、全ての魔導士に共通することだからしっかりマスターしてもらうよ」
「おねえちゃんも回避とかするの?」
「よくやるよ。私の場合は、リソースのほぼ全てを攻撃にまわすから必然的に障壁を使う余裕がなくなるの。だから、基本は避けながら殴るを意識してる。障壁は回避が間に合わなかったり、出来ない場面で使うよ。魔力も有限だから消費を抑えるって意味もあるの」
「おねえちゃんでもやってるんだ」
アリサにとって最強の魔導士だと思ってるティルですら、やっていることに感嘆していた。
「訓練内容は至ってシンプル。私の魔弾を回避するだけでいいよ」
「それなら簡単――」
「――と、思うじゃん」
ティルが含むような言い方をすると、異空間収納から仮面を取り出した。
「これを付けて訓練をしてもらうよ」
仮面をアリサに手渡すと、彼女は仮面を興味深そうに観察していた。
「ッ!?」
仮面をゆっくり見ていると、目の部分に穴が空いていないことに気が付いた。
「気づいたみたいだね。それは私特製の仮面で、目の部分に穴を開けてないの。そして着用者の魔力を乱す能力が付与してある。訓練に持ってこいでしょ」
その言葉を聞いた瞬間、アリサは嫌な予感を覚えた。
「え、えーと……これだと避けれないよ」
「大丈夫! 私の死んじゃった仲間の一人が、気合いと根性と気合いがあれば避けれるって言ってたから」
「…………」
(あ、ダメなやつかも……)
アリサはこの先何が起こるか想像して、絶句しながら頷いた。
「それに人間は情報収集の大半を視覚に依存してる。だから、それ以外の聴覚や嗅覚などの感覚や魔法による魔力や動体感知とかを今から鍛える。目に頼りすぎると不可視の攻撃をもらって痛い目に会うことがあるからね」
ティルのその言葉には説得力があった。
そしてアリサには自分と同じ後悔をしてほしくないという気持ちもあった。
「ほら、始めるよ」
ティルがアリサに問答無用で仮面をはめた。
有無を言わさない強引さに少し不満を覚えながらもアリサは大人しく従った。
「慣れるまでは少ない量でやるからしっかり避けてね。当たると死にはしないけど結構痛いから」
「わかった!」
アリサが元気がある返事を返した。
この先にある地獄をまだ知らないが故に。
「じゃあ、始めるよ」
ティルは手加減のために魔弾ではなく、魔力弾をとりあえず百個展開した。
「え……少量?」
アリサが思っていた量より数倍の量があり、溜息混じりに驚いていた。
魔力感知で大雑把な量を把握するが、対応しきれるか自信がなかった。
しかし、痛いのは嫌だから避ける準備をする。
準備が整ったのを確認するとティルが魔力弾を放った。
全方位から魔力弾がアリサ目掛けて飛来する。
速度はいつもと比べるとかなり遅い。
目が見えれば歩いて回避できるほどに。
しかし、今まで視覚に頼ってきたため、アリサはまともに動けなかった。
視界を閉ざされたことで平衡感覚が狂う。
そして前に何か障害物あるんじゃないかという不安感と、地形がわからない恐怖に襲われる。
(こ、こんな状況で回避するなんて無理だよ……)
早速、弱音を吐きそうになる。
だが、ここで弱音を吐いたら今までと変わらない。
そう思うと頑張ろうという気持ちが湧いてくる。
魔力探知を頼りに魔力弾の場所を探る。
そうこうしている内にすぐそこまで魔力弾が迫っていた。
意を決して丁寧に避けていくが回避速度が遅く、どんどん追い込まれていく。
「きゃっ!」
追い込まて避けることができず、魔力弾に当たってしまった。
棒で叩かれた様な痛みが走る。
そしてノックバックが発生して、少し吹き飛ばされた。
吹き飛んだ先にあった魔力弾に触れてしまい、痛みに襲われ、再び吹き飛ばされてまた別の魔力弾に触れた。
それをずっと繰り返し、半永久的にループする。
「避けなさい! いつまでそうやって倒れてるの! さっさと立て!!」
「は、はい」
頑張って立ち上がり、避けようとするが無数の魔力弾を避けるには速度が足りなかった。
死なないとわかっていても、本能的に痛みを避けてしまう。
アリサの気持ちは、ティルもわかっていた。
しかし、戦場で痛みを避けることはできない。
むしろ痛みを恐れてパフォーマンスを落とす方が死に繋がる。
その光景を冒険者時代に嫌と言うほど見てきていた。
故に痛みに慣らしてどんな時でも、痛みを理由にできないようにする訓練も兼ねていた。
「しっかり避けて!! それで避けてるつもりなの? やればできるんだからやりなさい!」
アリサが一定回数回避に成功するたびに、ティルは魔力弾の速度を上げていく。
さらに無数の魔力弾の中に痛みが一層強く、まるで槍で貫かれたような痛みが発する物を混ぜる。
被弾してすぐに体勢を立て直さないと、無数の魔力弾に追撃されて絶叫しそうなほどの痛みに襲われる。
アリサが泣こうが喚こうが関係なくティルは追撃する。
短期間である程度の水準まで鍛えようとすれば相応の対価が必要だった。
「いつまで這いつくばってる!! それでも強くなりたいの? 舐めてるわけ? アリサには私よりも才能があるの。もっと頑張りなさい!」
(昔、みんなが言ってた。極限環境下で鍛錬すると効率よく強くなれるって。私も過酷な環境で修業したことあるから、みんなが言ったことは正解だったってのはわかる。なら、もっと追い込んで極限状態にすれば、もっともっと効率よく強くなれるよね?)
ティルが小さく笑うと魔力弾の動きが変則的になり、さらに発生する痛みを強化した。
アリサはやっと適応できたと思った矢先に、さらに攻撃頻度が増えて体が追い付かなくなる辛さを必死に堪えた。
何を言おうと今のティルが見逃してくれるはずがないと察していたからだ。
「ほらほらほら!! ちんたら避けてるんじゃねえ! 魔力探知に頼りすぎ!! もっと動体探知とか使って! 一つのことに頼ってると痛い目を見るよ」
ティルはそう言うと動体探知や気配察知のみでしか探知できない魔力弾を混ぜ始めた。
負荷を上げていくことで魔力回路が悲鳴をあげて激痛に襲われる。
それでもティルはアリサの鍛錬のために、やめるつもりはなかった。
魔力弾に探知できない物が混ざったことでアリサの被弾率が再び上昇した。
アリサがそれにも適応してくると、ティルは攻撃のパターンを変える。
罵詈雑言を浴びされて、涙目になりながらアリサは必死に頑張っていた。
それから少し経った頃、ティルの魔力回路が限界を迎えた。
「ゲホッ――!?」
魔力回路の一部が焼き切れて、その影響で内臓をやられてティルが吐血した。
(まずい! このままだと殺しちゃう!! 逃げて!)
突然魔力回路が切れたことで魔力弾の調整が出来なくなった。
まずいと思いながらも声が出ず、心の中でティルが叫ぶ。
調整されていない魔力弾に当たれば、今のアリサだと即死してしまう。
体から力が抜けてティルがその場に倒れた。
「おねえちゃん!?」
アリサの声音には困惑と心配の声が混じっていた。
ティルの状況は探知系の魔法で把握していた。
姉の元に駆け寄ろうとアリサが魔力弾の雨に突っ込んでいく。
無我夢中でアリサは魔力弾を避ける。
先程までの成果を発揮するように、まだ荒削りではあるが紙一重の回避を披露した。
「さっきのに比べれば、これくらい単調なら余裕だよ」
ティルの制御を離れたことで魔力弾の軌道が単調になっていた。
緩急がない分、アリサは避けやすいと感じた。
即死の雨を突破して、アリサはティルの元に駆け寄った。
「おねえちゃん! 大丈夫!?」
アリサは仮面を外した。
血を吐いて倒れているティルを見て、少し体を持ち上げて心配そうに彼女を見る。
「だいじょーぶ。ちょっとしくじったと言うか、限界に挑みすぎただけだから……。それよりも怪我はない?」
「うん。おねえちゃんの攻撃以外にできた傷はいないよ」
「よかった」
アリサの言葉を聞いて、ティルが安堵の息を吐きながら胸をなでおろした。
それと同時にこの短時間で成長したアリサを見て、嬉しい気持ちが強くなっていく。
「ちゃんと避けれたじゃない」
「あれだけ単調ならもう目を閉じてても余裕だよ」
アリサがドヤ顔をしながら言った。
その顔を見て可愛いと思いながら、ティルは少し誇らしげだった。
(弟子を持った師匠の気持ちってこんな感じなのかな)
アリサの成長を喜びながら、ティルは自力で起き上がって座り込んだ。
「さて、第一段階は大まかに終了でいいかな。ここまでくればあとは自力の練習で何とかなるでしょ?」
「うん。訓練のやり方もわかったから任せて」
「胸を張るのはこれからの技術を学んでからだよ」
胸を張っているアリサにティルがデコピンを入れた。
小さいアリサの悲鳴を聞いて、ティルがクスリと笑う。
「体はもう大丈夫?」
「応急処置も終わったから問題ないよ。さて、次の技術を教えるよ」
それからもティルはアリサに自分の技術を叩き込んでいった。
アリサはスポンジの様にその技術を粗削りだが、しっかりと吸収した。
「でも――」
ティルはアリサの言葉を遮って話す。
「――いいの! 時間がない……ほらさっさとやるよ」
「時間がないってどういうこと!?」
「ほらさっさとやるよ」
ティルが有無を言わさずに次の訓練の準備を始めた。
(どういう……もしかしてあれが発動するの?)
アリサがティルの言葉の意味を察し、それに浮かぶ天球に視線を移した。
(もし発動したらどこに出るかわからないっておねえちゃんも言ってたし、わたしが生き残れるように急いでる?)
疑問は確信に変わることは無かった。
聞いたとしてもティルが答えることはないとなんとなくわかっていたからだ。
だが、そう思うことで罵詈雑言を浴びせられても、なんとか耐えれるかもアリサは思っていた。
それからもアリサはティルから技術を叩き込まれるのだった。




