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第23話 決意

 温かい日差しに気持ちよくなって眠ってしまった二人。

 アリサは、久しぶりの安眠をしていた。

 ティルの後悔を聞いて安心したわけではない。

 だが、彼女の言葉がアリサの心に少しだけ希望を持たせたのだ。

 まだ、克服できてはいないが少しずつアリサは前を向き始めるのだった。


 二人が起きる頃には、一時間ほどが経過していた。

 

「んんーー! はぁ~」


 ティルが大きく背伸びして固まった体をほぐす。


「ついつい気持ちよくて寝ちゃってたのかな。あ! そういえばアリサは?」


 ティルは思い出した様に周囲を見渡すと、隣で寝息を立てていた。


「今は悪夢を見てないんだね。よかったよかった。昔話をしたかいはあったみたい。本当は前世のことを今世で話すつもりはなかったんだけどな」


 アリサの頭を優しく撫でながら言う。

 そしてティルはアリサの頭を自分の膝の上に乗せて膝枕をする。


「さて、アリサが起きるまでは魔法の研究でもしようかな。この世界の魔法検証はまだまだやり残しがあるしね。完全蘇生魔法の礎になってくれたらいいな」


 そんな思いを胸に、ティルは一冊の魔導書を読みながら脳内で魔法を仮想展開して効果を調べ始めた。


「この辺の理論を応用すれば低燃費の魔法が……でも、火力が、火力が下がるんだよなー。うーん……」


 どうにかならんかと必死で頭を捻る。

 剣士として使える魔法に仕上げようと試行錯誤を重ねるが、剣士としての経験が少なくて使えそうな魔法のイメージが浮かばない。

 

「魔法剣士スタイルだと、範囲ダメージはない方が近接でも使えるかな? ユリウスのスタイルが一番イメージに近いかも」


 魔法陣の文字を変えながら色々と候補の魔法陣を構築していると、アリサが目を覚ました。

 

「ふわぁ〜」


 大きくあくびをして背伸びをする。


「おはよう、よく寝れた?」

「うん。久しぶりにゆっくりできた」

「ふふ、よかった」


 ティルが安堵の息を吐きながら優しく微笑した。


「気分はどう?」

「う〜ん……気持ち悪くない」

「ちゃんと寝たから少しは回復したみたいだね」


 ひとまずアリサの精神が少し回復したことをティルは心から喜んでいた。

 このまま克服できなかったら、良くて狂人、悪くて自害だったと考えたら背筋が震えた。

 自分の二の前にならなくてよかったと心から思う。

 

 それから少しの間、沈黙が場を支配した。

 風の音が沈黙を破るがすぐにまた静かになった。


「おねえちゃん」

「ん?」


 アリサのその目には少しだけいつもの色が戻っていた。


「わたし、おねえちゃんに並ぶ事を目標にする。隣に居ても足を引っ張らないくらい強くなるよ。そうすれば少しは怖くなくなる?」

「それはわからない。でも、何かに打ち込むときに今回の経験は必ず役に立つよ。克服するまではまだ続くと思う。私は魔法の研究に打ち込んでたら克服できてた。でも、ちゃんとしたやり方じゃなかったからか、精神的な部分が異形化しちゃってたんだよね〜」


 笑いながらティルが言う。


「克服の方法は人によるから参考程度にね。だいたいは時間が解決する時もあるから、今は耐えるんだよ」

「うん。まだ怖い夢を見るのは怖いけど、頑張ってみる」

「うんうん。前を向くのは大切なことだ。後ろを向いてもたまには前を向いてね」

「……おねえちゃん、どうすれば強くなれる?」

「うーん、難しい質問だ」


 ティルが顎に手を当てて首を傾けた。

 彼女自身、強くなることを意識して強くなった経験は冒険者時代しかないからだ。

 パーティーが壊滅してからは魔法を研究して気づけば魔法を使うだけでほとんど殺せてしまい、技術も経験もヘッタクレもない状態になっていたからだ。

 だが、だからこそこれだけは言えた。


「大きな目標を設定して、そこに到達するまでの小さな目標をいくつも作ってそれをクリアしていくの。小さい階段を一段ずつ刻んでいく。これを努力っていうの。天才と呼ばれる才能の巨人とは違い凡人が強くなるためのやり方かな」

「才能の巨人?」

「そ。巨人って知ってる?」

「うん。お城みたいに大きい人のことだよね?」

「そうそうそれ。それで想像してみて巨人の一歩と普通の人間の一歩どっちが大きい?」

「それは巨人さんだよ」

「その通り。巨人は一段が城並みの段差がある階段を登っていくのに対して、凡人は家の階段くらいの段差を登る。だから、死に物狂いで頑張らないと天才には追いつけない。その分、天才は努力の仕方を知らないから壁にぶつかってからは成長が遅くなるの。下手したらそこで挫折してしまう。でも、凡人は努力の仕方を知っているし、階段を登った分だけの経験がある。それを活かして城壁を登って、階段をスキップすることもできる。これを応用っていうの」

「じゃあ、最初から何段も飛ばして登れば早く成長できるね」

「それはダメ。想像してみて、屋敷の階段を五段六段って飛ばして登ることができる? 無理をして三段飛ばせるかどうかでしょ」

「つまりどういうことなの?」

「つまり無理をしすぎた目標は達成できないってこと。一段ずつ登って、たまに一段飛ばして登ってく。それだけでいいの。どれだけ無駄で非効率的でもいい。一部を除いて最初は誰だって上手くやれない。だから、少しずつ登っていけば経験が勝手に効率化してくれる。段差飛ばしをしすぎると失敗するから、やりすぎちゃダメだよ。無理をして、慢心して、才能に物を言わせた結果が私の後悔なんだから。お姉ちゃんを反面教師にしてしっかり成長するんだよ」


 それはまるで過去の自分に言いつけるような言い方だった。

 自分に対して言うことで過去の後悔を戒めにしているに見える。

 自分のような後悔をアリサにはして欲しくないという思いが言葉の端々に溢れていた。

 しかし、途中から自分でも何を言っているのかわからなくなっていた所もあったが、勢いで押し切った部分もあった。


「じゃあ、おねえちゃんに追いつく前に、このトラウマ? を克服することを目標にするね」

「応援してるよ」


 少し元気が戻ったアリサを見て、ティルは彼女の成長を楽しみにしていた。

 不老不死ではない以上、極致至るのは至難の業。

 それでも全盛期の頃の自分を超えて欲しいと願う。


「回りくどくなっちゃったけど、つまりやり続ければ強くなれるってこと。そこに自分なりの考えを混ぜて工夫する。そうやって少しずつ強くなるの。あとは前にも言ったかもだけど、スタイルを決めることが大事だよ。私なら火力を重視した魔法を使う魔導士がコンセプトだから、そこに必要な技術や魔法を重点において研究してたの」

「じゃあ、わたしもスタイルを見つけないとだね。そういえば、おねえちゃんは剣も使うんだよね?」

「そうだよ。魔力回路の問題とかで魔法が使えないからね」

「でも、この間は使ってたよすごいの」

「あはは、あれで回路が焼けちゃってね。低位なら使えるけど、それを使うくらいなら本格的に剣を鍛えたいんだ」


 ティルが苦笑いを浮かべて言った。


「最終目標は剣でも最強になることかな。まずは剣をしっかり振れることを目指す。千里の道も一歩からだよ」

「じゃあ、わたしは魔力の運用効率を上げて高位魔法を使えるようにするのを当分の目標にする。そのために毎日鍛えるんだ」

「そうだね。頑張れ!」


 ティルが優しく微笑して、アリサの頭を撫でた。

 ふと空を見るとティルが顔を曇らせた。

 空に浮かぶ天球は、未だになんの予兆も見せず、日常に溶け込むようになっていた。


(そろそろかな。私が居なくなる前に、この子に私のありったけを教えないと。私を目標にするなら、遅かれ早かれ、必ず命のやり取りをすることになる。だから、死なないように魔導士の戦い方と技術を教えないといけない。アリサに嫌われることになっても)


 天球の解析は進んだが、無力化までは至っていない。

 発動までに間に合うかは、五分五分と言ったところだ。


「アリサ、少し真剣な話をしていい?」

「いいよ」

「ありがとう」


 お礼を言うと一拍開けてティルが話始めた。


「少し早いけど、私の魔導士としての技術をアリサに継承しようと思うの。それに伴い、魔力量を増やしたり色々やることになる。そのどれもが血反吐を吐いて大小両方漏らして、一生のトラウマになるかもしれないほど過酷で地獄みたいなものになる。それを受ける覚悟はある? まだトラウマを克服できてないのはわかってる。それを知ったうえで聞かせてもらうね」

「…………」


 アリサが顎に手を当てて真剣に考える。


「やる以上は途中で逃げることは出来ないからね。それだけ危険な技術を教えるから」

「おねえちゃん、一つ聞いてもいい?」

「うん、いいよ。一つと言わず遠慮なく聞いて」

「魔力回路は大丈夫なの? あ、わたしのじゃなくておねえちゃんの」


 先日の魔物侵攻時に、ティルが使った魔法の反動についてアリサは心配していた。


「そこは気にしなくて大丈夫だよ。焼き切れないギリギリでやるつもりだから。私の体は、私が一番よくわかってる」


 そこまで聞くとアリサは意を決したように、強く頷いて結論を出した。


「おねえちゃん、わたしやるよ。トラウマをトラウマで上書きすれば、怖くなると思うから」

「いいね。その意気だよ」

「それにおねえちゃんから学べば、今よりもずっと強くなれる気がするから……だから、どんな訓練でも耐えきってみせる!」


 それは自分に言い聞かせ、鼓舞しているようだった。

 弱い自分を隠すための強がりを、ホントの強さに変えたかったからだ。

 決意に満ちた瞳をティルに向けた。

 それを見て、ティルもまた覚悟を決める。

 

「わかった。じゃあ、お昼を食べたら始めようか。しっかり服と下着とか着替えを持ってくるんだよ」

「うん!」


 こうしてアリサにとって地獄のような短い日々が始まるのだった。

『面白い』や『よかった』と思っていただけたら評価やブックマーク、感想等をしていただけるとモチベーションにも繋がり嬉しいです。


更新は毎週木曜もしくは土曜日の予定です。

これからもよろしくお願いします。

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