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第22話 元厄災の過去と後悔 絶望

 ククルの背後に黒騎士と聖騎士が現れた。

 大剣を持つ黒騎士と槍と盾、そして片手剣を装備した聖騎士だ。

 二体の騎士が顕現するのと同じくして、ククルの足元に聖なる魔法陣が展開されて守護結界が彼女を守る。

 強力な技だが、この状態になると常に祈りを捧げるため移動することができなくなる。

 その代わりに絶対防御に等しい結界が彼女を守るが、絶対防御の様に絶対に砕けないわけでは無い。


「お願い」


 騎士に命を出すと二体の騎士が動き始めた。

 聖騎士が攻撃するとククルの体力やスタミナなどが回復し、余剰分は味方が回復する。

 そして黒騎士が攻撃すると魔力が回復する。

 さらにククルが祈りを捧げている間、味方全員にほぼ全回復するリジェネが付与される。


「よっしゃキタキター!! 本気で行くぜ」


 ユリウスが二本の剣を擦り合わせて、爆炎を纏わせる。


「このコンボほんとズルよね。強力な炎帝状態を常に保てんだから」

「間違いない。さて、俺達も俺達の役割を果たすとするか」


 アッシュが盾に剣を何回も叩きつけて、敵の敵視(ヘイト)を集める武技を使った。

 ありとあらゆる攻撃を絶対防御の障壁で防ぎ、敵の攻撃を味方に届かせないように立ち回り、隙を見て聖剣技と呼ばれる家伝の剣技でダメージを与える。

 この技は瞬間的に自身の剣を疑似聖剣へと変貌させ、放たれる一撃の瞬間的な火力は本家を凌駕する。

 そしてアイリスが雷を纏い、二刀流で近接戦を行う。

 高速で超火力の一撃を与える。

 そして片方の剣を短剣に切り替えて攻撃の型を切り替え、高火力の二連撃から高火力の一撃と小回りの効く追加攻撃を行う。

 さらに短剣の二刀流にすることで、高速移動と手数の増えた連撃で敵にダメージを与え、かつ、撹乱の役割も果たしていた。

 状況に合わせて当然、弓も使う。

 雷を纏った彼女の攻撃には、雷撃による追加ダメージが発生する。


 ソロモンも負けじと飽和砲撃と超火力の魔法を織り交ぜて戦い、さらに詠唱を行った攻撃の三種の攻撃をしていた。


「天地織りなすは、創成の兆し。滅光満ちるところに我はあり、開きし冥府から降り注ぐは穢れし不浄なる裁雷なり。絶望と共に深淵は虚空を統べる霹靂となりて、汝ある場所を安寧諸共葬り去らん。我が名において黒き摂理は顕現す! ――アルテミシア・レプリス・レヴァグネイション」


 莫大な魔力がソロモンに集まっていく。

 大気中の魔力すら魔法陣に直接流し込み、その影響で連鎖的に複数の魔法陣が展開されていく。

 大気が震え、呼吸するのすら躊躇うような魔力圧がその場を支配した。

 それはまさにSランク冒険者を名乗るに相応しい光景だ。


「アッシュ!!」


 ユリウスが焦燥感に駆られながら叫ぶ。


「わかってる!!! ――アブリュート・ファラクシオン!!」


 アッシュが絶対防御の障壁を全方位に張り巡らせた。

 前衛組は大慌ててその中に逃げ込む。

 そしてククルもまた詠唱を始めていた。

 ソロモンの魔法に重ねて、さらに強化するつもりだった。

 

「主の祝福は生命の伊吹。世界に仇なすは、創成の霹靂。汝その御名を以って贄の柱となりて、主の礎となり、ここに熾天を織りなせ。それは闇すら残さぬ至高の光となる。白き光よ! 安寧を示せ! それこそが創世から紡ぎし祝福の摂理!! 浄化の炎光を以って主に仇なす者に裁定を!! ――レム・イグネス・ティンティラリス!!」


 ククルがソロモンの魔法陣に重ねるように魔法陣を展開する。

 二つの魔法が同時発動した。

 全てを焼き貫き、斬り裂く黒雷を纏う極光の焔が残滓を焼き払う。

 極光と黒天が織りなす対消滅の炎雷が残滓を破壊していく。

 あれだけ強固だった外殻を容易く破壊する。

 その余波だけでダンジョンの一部が崩落を始める程だ。

 ソロモンは強固な魔力障壁で身を守るが、連続展開を繰り替えさないとすぐに砕けてしまう。


「なんつー火力だよ」

「いつもの事だけど、ほんと非常識な威力よね」


 アッシュとアイリスが二人の連携魔法の火力を改めて再認識する。


「この魔法を耐えられる生物なんて流石にいないだろ」

「ユリウス、それフラグだぞ」

「まあ、その気持ちはわかるわ。これ直撃したら良くても消し飛ぶだからね」

 

 三人が雑談をしながら魔法が終わるのを待っていた。

 そして魔法が終わり、煙幕が晴れていく。

 そこには頭部の三分の一がなくり、鱗が砕け散って体中から血が噴き出した残滓の姿があった。

 骨が剥き出しになっているなど酷い有様。


「あれをまともにくらって、原形があるだと!?」

「予想はしてたけど、予想よりも耐えすぎ!!」


 ユリウスとアイリスが驚きの声を上げた時、残滓が天高らかに咆哮をあげた。

 肉体が燃え上がり、煉獄を纏う。

 欠損した部位も、煉獄がその部位の代わりをする。


「嘘!? わたしの、ソロモンの領域が焼けてく!!?」


 外から獄炎がソロモンの領域を焼却していく。

 領域が上書きされ始めて、周囲が焦土の海に戻り始めた。

 その時だった。

 ククルの黄金色の瞳がソロモンに起きる何かを捉えたのわ。


「危ない!!」


 ククルがソロモンに飛びついた。

 祈りをやめたことで二体の騎士が消滅していく。


 飛びつかれた勢いに負けてソロモンは数歩右に歩いたことで、残滓の攻撃を何とかやり過ごすことができた。

 そして驚きの表情を浮かべた。


「きゃっ! ……クク姉? いきなりどうしたの?」


 ソロモンは攻撃されたことを認識していなかった。


「ぶ、無事で……よか……た」

「クク姉!?」


 ククルが血を吐き、ホッとした表所を浮かべて優しく微笑んだ。


「わ、私の……託、す……うま……使って……ね………………」


 息も途絶え途絶えに最後の言葉を伝え、全ての力を振り絞って聖玉をソロモンの胸に押し当てた。

 聖玉はソロモンの体の中に吸い込まれるようにして消えた。

 ククルの魔力を具現化したものにして、対象者に光属性の適性を与えるものだ。

 

「クク姉、それはクク姉の神聖魔法の源! そんなことしたらクク姉が!」

「いい、の受けと……」


 力が抜け滑り落ちそうになったククルの手をソロモンが咄嗟に掴んだ。

 そしてすぐに違和感に気が付いた。


「クク姉ってこんなに軽かったっけ?」


 その疑問はすぐにわかることになる。

 ソロモンの足にヌメリとした何かがあった。

 その後も何かの液体が脹脛に付いた感触があった。

 振り返るとそこにはへそ上から下がなくなったククルの姿があった。

 脚に当たっていたのはククルの胃や腸などの内臓だったのだ。

 それを理解した時、ソロモンは頭の中が真っ白になり、怒りが思考を支配した。

 

「あ、ああ、ああぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 泣き叫ぶソロモンの悲痛な声が響く。

 アッシュ達も何事かとソロモンの方を見て、全てを理解した。

 彼らも悲しみに泣きたかったが、目の前に化け物がいる以上そんなことはできなかった。


(なんで! なんで!! わたしの魔力探知に引っかからなかったの!? どんな物でも探知できるのに! どうして!!!)


 無力感が広がっていき、怒りに任せてソロモンが魔法を使おうとしていた。


「第三から第一〇まで全て装填!! 消し飛ばしてやる!! よくもクク姉を!」

「待てソロモン!!」


 アッシュの制止も虚しく、ソロモンにその声は届かなかった。


「基は万物万象を終焉に導く者。天翔の空、断絶の地、虚空の海、全てを薙ぎ払い、汝に一切の終わりを告げる。ソロモンは等しく降り注ぎ、天蓋の蓋を喰い破る。示すは滅び! 告げるは終焉! 来るは終末の時!! 今ここに顕現せよ! 滅びの理よ!!! ふふ、ふはは、ハハハハハ消し飛べ!! その一切を存在もろごと消えろーーー!!!! ――レペテウス・アークレギアズ・ソロモティア!!」


 ソロモンが使うことができる魔法の中で最高位に位置し、絶対の破壊力を誇る彼女の切り札。

 敵味方、そして使用した術者さえも消し飛ばす。

 故に普通は使わない、否、使えないのだ。

 仲間がいる中では、間違って殺してしまうから。

 その封印を解いた。

 空間や存在を破壊する疑似的で模倣された概念破壊魔法。

 破壊の爆光が残滓に降り注ぎ、包み込んだ。


「逃げろー!!」


 ユリウスが叫ぶ。

 アッシュの絶対防御でさえ、防げると断言できないからだ。

 無差別に周囲を飲み込み、攻撃する光からアッシュ達は必死で逃げる。

 周囲の魔力が吸われていき、魔法が強化されていく。


「!? あたしの雷撃が――!」


 アイリスが纏っていた雷が魔法に魔力に変換されて喰われた。

 それに驚きと恐怖を覚える。


「兎に角あいつの元まで行くぞ! 落ち着かせないと」

「そうだな。……まったく世話が焼ける妹だ」


 三人は怒りに我を忘れて魔法を撃ちまくるソロモンを見た。

 涙さえ魔力に変換して、撃ち続ける。

 無数の高位から最高位の魔法が放たれ、残滓の近くは文字通りの地獄絵図となっていた。

 やっとの思いでアッシュ達は暴走するソロモンの元に辿り着いた。


「落ち着いて! 落ち着いてソロモン!」


 アイリスがソロモンに抱き着いて、彼女の背を擦って落ち着かせる。


「あぁああ……アリ姉、クク姉が! クク姉が!! うわぁぁああ」

「わかってるわかってるよ。ほら落ち着いて。今はあいつを倒さないとみんな死んじゃう」

「で、でも……う、うん……わかった……」


 ほんの少しの理性で何とか怒りを飲み込んだ。

 内側を喰い破りそうな程の怒りが込み上げてくるが、頭は冷静になろうと理性を取り戻し始めた。


「落ち着いた?」

「ありがとう。頭の中はスッキリさせた」

「ならよかった。それで倒せそう?」

「わからない。今の魔法はわたしの全ての魔力を注ぎ込んだ正真正銘の最強魔法。今、わたしが使える最強の魔法だよ。これで倒せなかったら、たぶん勝てない」

「なんとなくそんな気はしてた。ソロモンが今まで封印してたくらいの魔法が効かないなら逃げるしかない……悔しいけど……」


 二人が暗い顔をして俯いたが、少しして敵に視線を戻した。


「落ち着いたみたいだな」


 警戒を行っていたアッシュが、近寄ってきた。


「ごめん。冷静さを欠いてた」

「仕方ねーよ。あんなことがありゃ誰だってああなる」


 アッシュが悲しそうな顔で言った。


「今の内に逃げた方がいいんじゃないか?」

「賛成。ククルンの死を無駄にしたくない」


 ユリウスの提案にアイリスが乗った。

 血が出るほど唇を噛みしめていた。

 それがどれほどの苦渋の決断だったかを物語っていた。

 ソロモンも心では反対だと叫びたかったが、それが今最も最善の選択だと理解し、何も言わなかった。


「決まりだな。魔法の効果が切れる前にずらかるぞ」


 一行が走り出した瞬間だった。


「ソロモン!!」


 アイリスがソロモンを突き飛ばした。

 後ろを振り替えりながら、前に転んだ。

 その時、アイリスが優しく微笑みながら上半身が消し飛んだ。


「あぁぁぁあああぁぁぁ!!!」


 ソロモンの苦痛の声が響く。


「あの巨体でその速度を出せるのかよ!?」


 ユリウスとアッシュが目を丸くした。

 数メートル後半から一五メートル未満の体躯からは考えられない速度だった。

 残滓が人狼の様な姿勢で仁王立ちしていた。

 そして四足歩行に戻る。


「アッ――!!」

「クッ!!」


 ユリウスが警告をしようと叫ぼうとしたが、間に合わなかった。

 アッシュの背後に回られ、ギリギリで回避しようとするが残滓の鋭い爪が彼の背を抉る。

 言葉にできないほどの激痛に襲われた。

 あまりの痛さに絶叫の声すら出なかった。

 煉獄を纏う残滓の姿は、まるで本物の厄災のようだった。

 

「アッシュ、ソロモンたちを頼んだぞ。俺が時間を稼ぐ」

「それだとお前が! ……いや、わかった。無事に戻って来いよ」

「ああ。すぐに追いつくさ」


 ユリウスは、ここが自分の墓場だと悟った。

 ならば、せめて可愛い妹分は逃がさないと、と言う使命感を原動力に恐怖を乗り越えた。

 アッシュもそれがわかっていながら、何事もなかったかのように言った。


「行くぞ」


 アッシュが痛みを堪えながら、ソロモンを肩に担ぎ上げた。


「離して! まだユリウスが!! ユリウスが残ってる!!」


(元気でな。俺の分までちゃんと生きろよ)


 去っていくソロモンを見て、安心した様な表情を浮かべる。

 

「さあ来い! あいつらには近づかせねー!! 俺の最後、付き合ってもらうぞ!」


 ユリウスが剣同士を擦り合わせて、炎を剣に纏わせた。

 制限を解放して自身を燃やし尽くす勢いで、炎を強化した。

 

 ユリウスが戦う姿をソロモンはただ見ていることしか出来なかった。

 手を伸ばしても、届くことはない。

 泣きながら叫ぶが、アッシュは足を止めない。

 そして一瞬の隙を突かれて、ユリウスが喰われた。

 両脚の関節のちょい下までがくいちぎられて、地面に脚が落ちる。


「イヤァァァァーー!!! やめてぇぇぇ!!」


 ソロモンが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。

 無情にもその目の前でククルの死体が灰になっていく。

 その光景にソロモンは、喪失感と絶望、そして圧倒的な無力感を感じていた。

 もっと努力していれば。

 自分があの時反対していれば。

 過ぎし後悔が押し寄せる。

 その弱く幼い心は、悲痛の音ともに砕けた。

 それと同時に何かが砕ける音が聞こえた気がする。

 それが自分の心であったことはすぐに気が付く。

 今すぐ残滓を殺してやると言う思いが溢れ出す。

 あそこに戻らないとと、本能が叫ぶ。

 だが、アッシュがそれをさせないように必死でソロモンを抑えて走る。


 残滓がすぐに後ろに迫ってきた。

 その時、死を覚悟した二人だったが、残滓がいた部屋の入口を出るとやつは追って来なかった。

 まるで何かに阻まれているように。

 

 アッシュはソロモンを抱えて全力で走った。

 最下層まで一ヶ月以上も掛かった道のりを最短距離で踏破していく。

 残滓の戦いの影響で魔物の数が減っていたのも幸いした。

 地上に戻ると日を浴びて数歩進んで、力尽きたようにアッシュが崩れるように倒れた。


「きゃっ……いてて、アッ――?」


 ここでソロモンは初めて手についたヌメリとした感触に気がついた。

 嫌な予感がして、恐る恐る手を見るとそこには大量の血が着いていた。

 それが誰のものなのかはすぐにわかった。


「え? アッシュ……」


 血を吐いて倒れているアッシュに近づいていく。


「ぶ、無事でよ……よかった……」


 息も上がり、途絶え途絶えに話す。

 走り続けたことで血が足りていないのか、顔も死人のような色になっていた。


「す、すぐに治すからちょっと待ってて!!」


 ソロモンの声に焦りがあった。

 最後の仲間をここで亡くしたくない。

 その思いを一心に回復魔法を使う。

 回復効果を高めるために患部を見ようとアッシュを横向きにすると、悲惨な光景が広がっていた。

 彼の背中は割かれ、背中にある内臓が垂れ下がっていた。

 腎臓なども傷つけられて、生きている方が不思議な状態だった。


「もういい……ゲホッゲホ……」


 アッシュが大量の血を吐き出した。


「嫌だ! 治るから治してみせる!!」


 ソロモンが死に物狂いで魔法を使う。

 もはや魔力は無く、自身の命を消費して魔力に変換していた。


「ヒール! ヒール!! ヒール!!!」


 何度も何度も回復を魔法を使う。

 

「なんで治らないのお願い!! 治って治ってよーー!!」


 悲痛な叫びが森に響く。

 返ってくるのは風と、こと切れそうなアッシュの息遣いだけだった。


(もっともっっと回復魔法を覚えておけばよかった……なんでわたしは、攻撃魔法しか研究しなかったんだろ。もし、もしも回復魔法もしっかり研究してれば!)


 大粒の涙を流し、怠惰だった自分に怒りを覚え過去を悔いる。

 ソロモンが使える回復魔法は最下位に位置するヒールだけだ。

 しかも火力を追求するために、回復魔法の性能劣化を自身に付与していた。

 この効果のせいで魔法は本来の性能よりも劣化している。

 それでも上位の回復魔法並みの効果があるのは、一重に彼女が欠かさず鍛え続けた魔力制御などの技術のおかげだった。

 それでも回復が追いつくことはない。

 残りのポーションは、焦土の海の暑さに耐えきれず、瓶が割れていた。


「あ、ありが……とな。ソロモン」


 アッシュの目に命の光は無かった。

 それでもその目はどこか満足げにしていた。


「もういい……自分の体だ。それくらいわかる」

「バカ言わないでよ! 絶対に治すんだから!!」

「ああ、お前が無事でホント良かった。……ソロモン、俺はお前が好きだ! ゲホッゲホゲホ……」

「え」


 ソロモンが顔を赤く染めた。


「い、いつも眩しくて天真爛漫に生きる姿……可愛くてさらに可愛く笑うお前が大好きだ。好きなこと以外は努力できないのが玉に瑕だけど、そんな所も素敵だと思っていた。こ……こうなるなら、も、もっと早く伝えるべきだった。……あいつらの言う通りだったな」


 アッシュは最後の力を振り絞って思い告げる。

 一言話すたびに命が消えていく。


「い、生きろよ。俺達の分も。ああ、やっと告ることができた……」

(心優しいお前にとって、この言葉は呪いになるかもしれない。でも、俺達は生きて欲しいんだ。これからを歩めない分、俺らの代わりに世界を見てきてくれ)


「なんでなんで! もっと早く言ってよ! わたしもアッシュ兄が大好きなんだよ!!」

「……」


 返事は帰ってこない。

 握ったアッシュの手が冷たくなっていく。

 生命の息吹きが消え、アッシュは完全に力尽き絶命した。

 ソロモンの悲しみを現したように、雨が降り始めた。


「うわぁぁぁぁぁん」


 ソロモンは赤子のように泣いた。


「ああぁぁぁぁぁ!!!」


 悲痛に満ちたその声は虚空に消えていく。

 どうしたらいいのか、わからなかった。

 物にぶつかりたかった。

 そうでもしないと自分がおかしくなってしまう。

 感情に身を委ね、全てのことがどうでも良くなった。

 ソロモンが号泣すると同時に、魔力制御を無意識に手放していた。

 非覚醒状態だった彼女の潜在的な力がこのタイミングで開花してしまった。

 奇しくも魔力制御を手放したこのタイミングで、だ。

 超膨大な魔力が解き放たれ、最悪にも常時発動していた増幅術で魔力暴走が臨界を超えて制御不可能な領域に達した。

 その影響で核爆発を軽く上回る魔力爆発が起きた。

 周辺は消し飛び、残ったのはソロモンと更地だけだった。

 

 目の前の光景に絶望して、ソロモンが顔を両手で覆い、掻きむしるように数回顔を毟る。

 唯一残った大好きな人、仲間の亡骸が未熟な自分のせいで消し飛んでしまったからだ。

 残っていたのはよくアッシュが身につけていた盾と守護の指輪だけだった。

 絶望の叫びを上げる。

 喉が枯れてもなお、叫びが枯れることはない。

 初めて味わう後悔と挫折。

 その全てが押し寄せ、ソロモンはどうすればいいのかわからなくなった。

 地面に何度も何度も頭を叩きつけた。

 額が割れて血が出てもお構いなしだ。


「なんで!! なんで! わたしはもっと努力をしなかったんだ!! 努力してれば!! 何か残ったかもしれないのに!! そうすればこの力ももっと早く覚醒してて、みんなを助けられたかもしれないのに!!! なんでなんでこんな力が今になって! 遅い遅い!! もっと早ければ!! あぁぁぁぁあ!!」


(そういえばあの時、わたしは誰かになだめられた気がする。でも、思い出せないそれが誰だったのか。たぶん長く生きすぎて忘れたんだきっと。忘れたってことはそれぽっちの存在だったのだろうだけど、その誰かがいなかったらわたしは自殺してただろうな)


 ティルが過去のことを語り、覚えていないことを思い出した。


(それが大切な誰かだった気もするし、そうじゃない気もする。長く生きて悪いこともあるんだな)


 少し懐かしい気持ちになり、その後のことも思い出す。

 誰かになだめられて落ち着いたソロモンは、少しだけ平静を取り戻した。

 そして今いる場所全域に魂結の大結界を展開した。

 これは魂が円環の理に戻るのを防ぐ魔法だ。

 実際に使う日が来るなんてソロモンは思ってもみなかった。


「これが私の後悔かな。あの時は仲間の夢を見るだけでも悪夢だったし、思い出すだけで今のアリサみたいに吐いてたんだよ。それからの私は仲間を生き返らせることを目標にしたの」

「生き返らせることはできたの?」


 ティルが首を横に振る。


「蘇生魔法は存在するけど、器、つまり肉体を失った者を蘇生することは出来なかった。魂が戻る場所が無かったからね。だから、体が無くても蘇生させる魔法を開発するもしくは見つけるのが今の目標なんだ。うーんなんか言うべきことが違ったかもだけど、要するに死んだ人達の分も今を生きる者が少しでも長く生きろってことかな。それは罪悪感じゃなくて、託された自分の未来を歩むために。守るために戦った者は皆そう思ってるはずだよ。私も今なら仲間が私を生かした理由がわかる。アリサにまだ目標がないなら、まずはこれがわかるようになることを目標にしてみたら? 何かを追いかけていると、きっと自分を見つけることができるから」


 優しく話かけてくるティルの言葉にアリサは無言で小さく頷いた。


「す、少し外に行きたい。お姉ちゃんも一緒来て」

「うん。いいよ」


 二人は庭に向い、芝生の上で横になると気がつくと眠ってしまっていたのだった。


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更新は毎週木曜もしくは土曜日の予定です。

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