第22話 元厄災の過去と後悔 厄災の残滓迎撃戦
全員が喜んでいると厄災の残滓が起き上がった。
誰もそれに気が付かなかった。
そして一番最初に気がついたのは、残滓の方を向いていたソロモンだった。
「え……」
マヌケ声で言った。
「アッシュ!! 後ろ!! 避けて!!!!!!!」
ソロモンが叫んだ。
だが、遅かった。
ギリギリでガードをしたが、厄災の残滓の一撃を直撃した。
オリハルコンやダマスカス鋼、そしてヒヒイロカネと言った三大鉄鋼と呼ばれるほどの世界最高峰の質と硬度などを誇る金属の合金であり、龍の素材をふんだんに使った盾が歪むほどの火力だった。
アッシュが血を吐き出して、横っ腹を押さえた。
ほとんどの骨が折れていた。
慌ててククルが最高位の回復魔法を使ってアッシュを全快した。
「な、なんで!? なんで!! 倒したはずなのに!!」
ソロモンが絶望の声を上げた。
取り乱したソロモンを見て、アイリスが彼女の頬を叩いた。
「しっかりしなさい!! いつものあなたなら狂気で喜んでいるでしょ!!」
「ご、ごめん。ありえないものを目にして取り乱した」
「いいわよ。あたしも冷静に見えてても、内心は取り乱してるもの。で、どうする?」
「たぶん見逃してもらえないと思う」
「でしょうね。やることはいつもと変わらないってことね。……聞いてたでしょ! もう一踏ん張り行くわよ!!」
「「おおー!!」」
全員が戦闘モードに戻る。
敵を見据えて、武器を構える。
そのときだった。
一行をさらに絶望に追い込んだのは。
厄災の残滓の体にある鱗がボロボロ剥がれ落ちていく。
そして本来の姿を現した。
赤黒く傷だらけの鱗が露わになる。
厄災の残滓になると魂が変質して今の姿が偽りとなり、ハリボテではあるがかつての姿に戻ることができる。
性能や能力は大幅に弱体化してもはや見る影もない。
だが、人間にとっては脅威であることに変わりない。
「あれが本来の姿ってわけか」
「いけえるか? アッシュ」
「ああ」
二人が剣を構えて攻撃しようとしたときだった。
残滓が羽を広げた瞬間、辺りが焦土の海になった。
唐牛でソロモンとククルの結界が間に合い、一行は命拾いした。
「残滓になっても厄災の権能は残ってるっていうの!?」
ソロモンが驚きの声を上げる。
「この結界が無事ってことは、劣化はしてるみたいだけど……」
アイリスの声には複雑な感情が乗っていた。
「固有世界。あれは第一の厄災、炎の厄災の残滓みたい」
ククルの声に緊張感があった。
いつも呑気そうな声音の彼女がここまで真剣になるほどの相手と言うわけだ。
「火の海か。何とかなりそうか」
「やるしかない。そうしないと生き残れない」
「わかった。時間稼ぎは任せろ」
「クク姉、みんなの支援をお願い。わたしは、ソロモンは魔法の開発に移るから」
「任せて!」
作戦が決まるとアッシュたち前衛組が結界を出る。
その瞬間にククルが火属性耐性上昇を全員に付与し、常に祈りを捧げることで味方全員に継続回復を行い続ける。
持続的に傷を受けても常に回復することで、焦土の海の効果を無効化しようと考えていた。
前衛が必死に戦ってる中、ソロモンは魔法の開発を始めた。
何千という魔法陣を構築しては消しを繰り返す。
脳の処理限界を超えて魔法の構築を行う。
脳内の仮想空間と現実の二つの領域内で何億通りの魔法の候補を作り、統合して行く。
領域に関する魔法は、魔導の秘奥の一つとも呼ばれるほど高度な技術であり、普通では到達できない極致の技法だ。
ソロモンはそれをこの短い時間に組み上げようとしていた。
(あと少し! 早く早く!!)
焦りを覚えながらも丁寧に作り上げていく。
少しでも援護したい気持ちはあるが、思考能力のほとんどを魔法開発に割かれて何もできない自分が口惜しいと感じた。
それならとなるべく早く構築が終わるように全力を注ぐ。
それから数分が経った。
アッシュ達の体には火傷の跡が出来ていた。
時間が経つに連れて、敵の領域が大気中の魔力を吸い上げて本来の力を取り戻し始めたことで、支援魔法による耐性上昇を貫通し始めていたのだ。
「まずい!! 何か来るぞ!」
ユリウスが咄嗟に叫んだ。
「クッソー!!」
「これでも喰らいなさい!」
アッシュとアイリスの連携技を叩き込むが、止めることができなかった。
膨大な魔力が解放された瞬間に、ソロモンの魔法がギリギリ間に合った。
「できた!! さすが天才なわたし!!」
残滓が領域を強化しようしたタイミングに合わせて、ソロモンも自分の領域を押し付ける。
無数の魔法陣がドーム状の立体魔法陣と一緒に展開された。
「ゲーティアル・ソロモンズ・ウェイス!!」
残滓の領域と拮抗した。
まだ不完全だが、ソロモンの世界が焦土の海を飲み込んだ。
ドーム状に世界が広がり、領域同士の境界線は焦土の力で燃えている。
「完成したのか!」
アッシュが嬉しそうに叫んだ。
「お待たせ! 最強で天才なソロモンちゃんが間に合わせたよ!!」
無い胸を張りながらドヤ顔で誇らしく言った。
「これでソロモンも攻撃できるわね。ククルン、全力支援をお願い。あたし達であいつを叩く!!」
「任されました。みんなに主のご加護を」
ククルが誇る魔法、それは信仰による神聖魔法の増幅。
最小の魔力で本来の性能を何倍以上にも膨れ上げさせる神徒としての力だ。
何年も苦痛に満ちた修行を行わなければ習得できない秘奥の一つだ。
「反撃の時だ!!」
「行くぜートカゲ野郎!!」
アッシュとユリウスがやる気満々で、魔力が高まっていく。
身体強化を限界まで行い、二人とも臨戦態勢に入る。
そしてソロモンの核撃魔法を合図とするように、一斉に動き出す。
ソロモンが全員に魔法の付与や攻撃支援を行いながら、最上位の攻撃を絶やさず撃ち続けた。
「すごい、これが領域魔法の力」
領域魔法の燃費の良さや自分の思い通りに変わる世界にソロモンが感動していた。
そしてソロモンが一冊の魔導書を左手で開き、魔杖を右手に握った。
魔導書が一ページ進むたびに魔法が発動し、進んだページの分だけ魔法が展開されていく。
さらに魔導書に依存しせず、自身の力でも無数の魔法を発動させた。
数多の魔法が放たれ、残滓を攻撃する。
「魔力の運用効率が普段よりも格段に良くなってる……それに魔力回路の質も上がってる。これなら欠点の持久力を補える」
我ながらすごい魔法を作ったなと、内心で舞い上がっていた。
「ソロモン、私の魔力回路も強化されてるよ」
「領域内の味方全員に効果があるんだ。その辺は考えてなかったけど、無意識でやるなんて、さすがわたし!」
「やっぱり、ソロモンはすごいね」
ククルに褒められて嬉しそうに笑う。
そして「さて」と呟いて指を鳴らすと、ソロモンの背に追加武装が出現した。
見た目は灰銀色の半円上の形状をしており、上下に数本の棘の様な物が伸びている。
それはまるで王冠のようにも見える。
「本気を出すんだね」
「うん。領域魔法で懸念してた魔力問題がなくなったし、このボスを倒せば終わりだから、ソロモンも全力を出す」
「気を付けてね」
ククルがソロモンに優しく笑いかけ、その後に数秒目を瞑ってすぐに開いた。
信眼が解放され、淡く黄金色に輝いていた。
彼女もまた本気になったのだ。
あとのことを考える必要がなくなり、ソロモン同様に魔力を惜しみなく使う。
ソロモンがゲートを開いてその中に勢いよく入っていく。
そして敵の前にゲート開いて、魔力剣で残滓を切り裂いて進行方向にゲート開いて撤退し、さらに背後にゲートを開いて攻撃を仕掛けた後、自身の後方にゲートを開いて撤退して残滓の直上にゲートを開いて爆裂、増幅などのいくつもの原初のルーンが刻まれた刻印による魔力攻撃を叩きつけて短距離転移で元いた場所に戻ってきた。
ソロモンの撹乱により、前衛から注意を奪った。
その隙に前衛組も連携攻撃で敵の鱗などを削っていき、確実にダメージを蓄積させていく。
「ソロモン、合わせて」
「わかった!!」
ソロモンとククルの二人が同時に詠唱を始めた。
「輪廻は廻り、創生の時が来たれり。天から降り注ぎし光は、生者に地獄を与える天の罰。天啓に従い、汝らその希望を捨て、死をこい一条の天宙となれ」
「輪廻は廻り、生命は循環する。天から降り注ぎし光にて、生は焦がれる希望なり。天啓を元に生命はここに健在なり」
「――タナトス・レプス・シュヴァルツェ!!」
「――デーメテール・オプス・レイギナス!」
闇と光の合成魔法が発動した。
二人の魔法陣が重なり合い、新たな魔法として顕現する。
「足を折れ!!」
「あいよ!!」
「オッケー!」
ユリウスとアイリスが右足に集中砲火を入れて、無理やり残滓の体勢を崩した。
そして降り注ぐ慈愛の死雨からアッシュが絶対防御壁で、ユリウス達二人を守る。
絶対防御の二つ名の通り、その盾は絶対に砕けることはなかった。
降り注ぐ死が残滓を貫いていく。
「行けるか!?」
「当たり前じゃない。誰に言ってるの? さあダメ押しよ! 貰ってきなさい!!」
アイリスが剣を弓に変形させて、魔力を矢に全て注ぎ込んだ。
そして限界まで弦を引いて、魔力を欠乏状態になりながらも限界まで注ぐ。
そして矢を解き放つ。
魔導弓が更にその威力を増幅させて、魔導弓の秘奥を使う。
――殲戦讐星窮
分裂して全ての敵の部位を攻撃するが、威力減衰が起こらない超火力の矢が放たれた。
消費した魔力と生命力の量に比例して威力が変わる技だ。
各部位を円を描くように魔力が完全霧散するまで常時攻撃をし続ける。
そして円の軌道上の部位にも同等のダメージを与え続ける。
「はあはぁ……はぁ……はぁ……」
アイリスが頭を押さえながら、息を上げていた。
腰のポーチからマナポーションを取り出して、三本飲み干した。
「キッツ!!」
「お疲れさん。さて、俺もいっちょやってくるか」
「あの中に行く勇気は尊敬するよホント」
アイリスが敬意を込めてユリウスに言う。
アッシュに視線を向けるとお互いに頷いた。
ソロモンがその様子を魔力探知で確認していた。
そしてユリウスに背水攻刃を付与した。
これは命が削れて、死に近づくほど全ての能力が上昇していく、ソロモンの固有能力を模した魔法だ。
ユリウスが二本の剣を擦り合わて焔を発生させた。
その獄炎は使用者すら焼き尽くすほどの火力を持つ。
故にその二つ名は、炎帝の剣。
爆炎による剣の舞い。
それは剣閃上の全てを焼き尽くした。
「うおぉぉおおお!! りゃあああぁぁぁぁ!!!」
途絶えることなく敵の前足などの手が届く範囲を攻撃していく。
「魔王!! 撃滅焦!!!」
さらにそれ以外の剣技を絶え間なく使う連撃は、ついに残滓の右前足を溶断した。
燃える体から放たれる剣撃は、さらに苛烈さを増していく。
(そろそろか)
体の限界を悟り、ユリウスが頃合いを見て離脱した。
アッシュの元に戻る頃には、全身が大火傷を追っていた。
肺すらも焼け、呼吸するだけで全身が痛む。
「レアか?」
「ミディアムだな」
「絶対ウェルダンでしょ」
アッシュの問いにユリウスが答えるが、アイリスが即座にツッコミをした。
「主よ、傷つきし彼らを癒やし給え。――ターン・アンデッド」
アッシュ達の足元に光の魔法陣が展開され、全員を全回復する。
「相変わらず適当だな」
いつもの適当具合にアッシュが呆れていた。
「毎回思うけど、あたし達を浄化する気よね、あれ」
「おかげで傷は治るからいいだろ」
「一応、まだ生者なんだけどね〜」
一番の恩恵を受けているユリウスはありがたく思っていたが、技名が適当過ぎてアイリスはどこか呆れた様子だった。
それからも順調に攻撃を行い、残滓を少しずつ削っていく。
そしてククルが攻撃体勢に移った。
両足を地に着き両手を合わせて祈祷を始めた。
黄金色に輝く瞳を閉じる。
「主よ、彼のものに神罰を与え、世界に正常なる恩寵を与え給え。ククル・レイメントが主に願い奉る。不滅の神槍、万象たる天地、守護の剣を持って敬虔たる仔羊に理外の不浄を払う一撃を撃たせ給え」
瞼を開くと黄金色に輝く瞳が再び姿を現した。
「来るぞ。バーサクヒーラーの所以が」
「ソロモンの攻撃だけでも大変なのに、あれも追加されるの……」
アイリスが溜め息を吐いた。
敵味方の識別がないソロモンに加えて、識別はしていても攻撃範囲が広すぎてついでの巻き添えが出るククルの攻撃。
その二つが合わさった時のことを思い出すと、前衛組は嫌でも溜め息を吐いてしまう。
ククルの背後に数メートルは軽くある黒騎士と聖騎士が現れた。
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