第19話 元厄災の過去と後悔1
魔導師の服を纏った一人の少女が仲間たちと酒を飲み交わしていた。
「ダンジョン攻略お疲れ〜!!」
パーティー『赫燿の三日月』のリーダーである赤髪の男、アッシュ・クレンストが木のジョッキを持ち上げて喜びながら叫ぶ。
パーティーメンバーも喜びながらジョッキをぶつけた。
「あのダンジョン最悪! なんで二層が蜘蛛と虫なのよ!」
青髪の少女で前衛のアタッカーを担当しているアイリス・ミラ・エミーリアが当時のことを思い出して身震いした。
右向けば蜘蛛。
左向けば虫。
上からも何かが垂れてくる。
虫嫌いの人間にとっては最悪な場所だった。
何回も小さい蜘蛛の巣に顔から突っ込んでいたことが、フラッシュバックしてふたたび身震いする。
「あれは地獄だったよ。めんどくさくて焼き払いたかった」
「それ、あたし達もこんがり行くわよね」
「大丈夫! ミディアムで仕上げるから」
パーティーの最高火力を誇る黒髪の魔導士の少女、ソロモンが親指を立てた。
「ミディアム通り越して、ぜってー黒焦げになるだろ、それ」
「うちの火力担当が手を抜くわけないってのは知ってんだろ」
アッシュのツッコミに賛成する人物がいた。
それが金髪の男剣士であるユリウスだ。
前衛組の二人は、何度もソロモンの火力支援に巻き込まれかけていた。
それ故にソロモンの火力調整は全く信用していなかった。
優秀な魔導士だが、性格が大雑把なのが残念だというのがパーティー全員の意見だった。
「ソロモンも頑張ってるんだよ? もう少し褒めてあげないと」
優しくゆったりとして、のほほんとした話し方をするのはヒーラーのククルだ。
彼女はシスターの服をいつも着ている。
パーティーの中で一番優しさがあると言っても過言ではない。
「ククルンが甘やかすから調子に乗るの!」
アイリスがククルに言い聞かすように、話している傍らでソロモンが無い胸を張って『褒めるのだ』と言っていた。
それを見るとアイリスがククルの両頬を抓る。
「ほら、もう調子に乗ってるー。だから少しは厳しくしないと」
「いひゃい。いひゃいよ、リーひゃん」
「もう少しネジを占めた方がいいみたいね」
「ひゃい~」
アイリスが手を離すとククルが涙目になりながら両頬を擦っていた。
いつもの見慣れた光景だった。
アッシュが笑い、ソロモンが自重しろとアイリスに叱られる。
そしてバカみたいな話をして酒を飲む。
こんな日がいつまでも続けばいいとソロモンも思っていた。
「ダンジョン攻略は当分いいわ。今回は濃厚すぎよ」
一番印象深い虫が大量にいた階層を思い出しながら言った。
その言葉の裏には、もう虫がいるとこには行きたくないという思いが隠れていた。
それに気が付きながらもソロモンは次なる冒険を楽しみにしていた。
「え~もっと色々なダンジョンを制覇しようよー。わたし達ならまだまだ行けるって」
「いや、装備のメンテも必要だから攻略は少し先だ。流石に体が持たん」
ダンジョンの最終階層でのボス戦で体を酷使したせいでアッシュは体中が痛かった。
腕などを動かすたびに関節から音が出るほどだ。
他の面々もアッシュの意見に全面的に同意した。
その様子を見て、ソロモンは不服そうにしながらも仕方ない、と自分を納得させていた。
「リーダーよ。次の目的地の候補くらいは言ったらどうだ? オレらの妹分が不貞腐れてるぞ」
「不貞腐れてないもん」
「ほら」
ソロモンは態度に出していないと思っているようだが、長い付き合いの仲間には隠すことはできなかった。
一番年下で仲間たちからは、妹と思われていた。
そんな末っ子が拗ねるように食事をしているのを見て、しゃーないと思い、アッシュが次の目的地の候補を出す。
「次は、アスレイ大迷宮、イレストス迷宮、メイクリア迷宮のどれかにしようと思う。お前たちの意見を聞かせてくれ」
「私は断然アスレイがいい! 虫がいないで有名だから」
「どこの情報だ?」
アッシュが首を傾げた。
彼も初耳の情報にどこで仕入れたのか疑問に思っていると、ソロモンが手を挙げた。
「わたしは、ソロモンはメイクリアがいい! 殺戮迷宮なんて呼ばれるから絶対いいものがあるよ!」
「「却下!」」
アッシュ以外の全員が声を揃えて反対した。
このダンジョンは超高難易度で有名で、未だ攻略者ゼロの未踏破迷宮に名を連ねている。
そんなダンジョンは、今の自分たちには荷が重いと判断してのことだった。
ソロモンが目に見えてしょんぼりしていた。
こればかりは仕方がない、とソロモンも割り切っていた。
自分たちの実力を考慮してのことだ。
それでも最恐と名高いダンジョンに挑みたいと言う冒険者の思いを消すことは出来なかった。
「じゃあ、次のダンジョンに向けて魔法の開発を始めるね」
「頼む。俺達は装備のメンテと消耗品の買付に行ってくる」
「情報収集はあたし達に任せて」
次の冒険に胸を踊らせながら、酒をかっ食らう。
期待と達成感に満ちた思いを共有して、楽しく朝まで飲み明かした。
翌朝、ソロモンが頭痛で頭を押さえながら起き上がった。
込み上げる吐き気を我慢し、近くのコップに魔法で水を汲んで一気に飲み干した。
「うっぷ……気持ち悪い……」
「お、おはよう……ソロモン……」
アイリスも顔色が悪く、頭痛で顔を歪ませていた。
昨夜、賭け勝負で樽単位で飲みまくっていた代償だ。
後悔はなかった。
なにせ勝負には勝っているからだ。
「キュア」
ソロモンが自身に低位の状態異常回復の魔法を使った。
頭痛が少しずつ楽になっていき、吐き気も治まり始めた。
呼吸が楽になり、ソロモンは清々とした気持ちで背伸びをした。
「ん~~~はあぁぁ」
その姿をなにも言わずにアイリスが見つめていた。
視線には気が付いていたソロモンだったが、あえて気が付いていないふりをした。
そして何も見ていないと言いたげな背中で着替えを始めようとすると、左肩に手が置かれた。
冷や汗をかくが、やり過ごそうと着替えを取り出す。
急に手の力が強まり、肩から軋むようななってはいけない音が鳴った。
それと同時にそこそこの痛みに襲われて、ソロモンが涙目になった。
「い、痛いよ!!」
「さっきのを私にもかけてくれない?」
その顔はまるでゾンビのようで、悪魔のような笑みだった。
漏れ出す気配と圧に、我慢していたものを少し漏らした。
さらにアイリスが、手に力を入れる。
「わ、わかった!!! わかったから離して!」
アイリスが手を退けると、左肩にくっきりと手形が残っていた。
呆れと恐怖、驚愕などの感情がこもった眼差しでソロモンは、自分の肩を見つめていた。
そして溜め息混じりにキュアを使った。
すると、ソロモン同様にアイリスの顔色が良くなっていく。
「ありがとう。ところで他の皆は?」
「出かけたんじゃないかな? ソロモンは今起きた所だから状況はわからないよ」
「それもそうね。あいつら武具になると目がないもんね……あんたも同類だったわね」
少し間を開けてアイリスが思い出したように言った。
「武器は強さの可能性だからね。そうそうククルならまだ研究室に居るんじゃないかな。この時間はいつも祈祷してるじゃん」
「あー言われてみれば。行ってみるよ。ソロモンも買い物来る?」
「今日はやめとく。開発途中の魔法を完成させたいし、次のダンジョン対策で新しいのを作らないと」
「わかった。なんか美味しもの買ってくるよ」
「ありがとう。しょっぱいのも一緒にお願い」
「わかってるよ。いつものことだし。じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃ~い」
アイリスを見送ると、ソロモンが着替えを始めた。
ズボンを脱ぐと、青と白の縞柄の子供っぽいパンツが顔を見せた。
下着の色は上下で統一していたが、上に関してはほぼ着けてる意味がなかった。
なにせ絶壁なのだから。
ふと自分の胸を触ると、柔らかい感触がほとんど無くて虚しさが襲いかかった。
悲しき溜め息を吐いて、着替えを再開した。
着替えを終ええると研究室に向かった。
研究室に到着すると机の上にコップとピッチャーの中に冷たい水が入っている物が置かれていた。
コップの下に書き置きがあった。
――ソロモンちゃん、しっかり水くらいは飲むんだよ。
どうせ何も食べずに研究をするんでしょ。
少ないけど、水の中に果汁を入れといたよ。
ククルの書き置きだった。
全てお見通しなのか、とソロモンは思った。
書き置き道理に水を飲んでから魔法の研究を始めた。
部屋の中でふわふわと浮きながら、魔導書を読む。
他の魔導書も部屋中で浮かんでいる。
指をパチンと鳴らすと、自分で読んでいる物を除いた全ての魔導書の前に魔法陣が現れた。
この魔法は本を見なくても本を読む魔法だ。
これにより一回に複数の本を読みながら、自分が作っている魔導に魔法を書き込んでい様々な魔法の開発を行っていた。
脳の処理限界を超えて、激痛を伴う頭痛に襲われるが少し眉間にシワが寄る程度でやめる気配はない。
「う~ん……ここの魔法式を消さないと魔力が、でも威力は捨てたくないしー……」
悩みすぎてソロモンが逆さまになって部屋中を浮いて回りながら、魔法の開発に四苦八苦していた。
研究に没頭していると日が暮れ始めていた。
みんなが帰ってくる頃には、いくつかの試作魔法を完成させた。
あとは実際に使って試すだけだと、心を躍らせていると研究室の扉がノックされて直ぐにアイリスとククルがお土産を片手に入ってきた。
「ただいま」
「おかえり~」
ククルがソロモンにお土産を渡すと、中を見てソロモンが目を輝かせる。
「ありがとう」
嬉しそうにお菓子の入った袋を机に置いた。
「進捗はどう?」
「まだまだかな。試作レベルに漕ぎつけたのが三つ、それ以外は開発途中だよ。とりあえず環境効果を打ち消せる魔法を優先してる。次の所は結構環境に差があるんでしょ?」
「まあね。私たちも初見だから詳しくないけど、過酷な環境もあるってのは有名だね」
「でしょ。だから既存魔法だと補えない可能性があるから、極限環境を想定した生存に重きを置いたのにしたの。まだ試してないからあれだけど、たぶん燃費が悪いからその辺はご飯の後でかな」
「いい感じってことね。そうそう情報も仕入れてきたわ。ククルン、お願い」
「りょうか~い。リーちゃんと集めた情報が――」
ククルとアイリスが調べてきた情報を話し始めた。
ソロモンは、それを紙に書き込んでいく。
知らないかった魔物について解説されると、ソロモンが子供のように目を輝かせた。
その姿を見て、二人は嬉しそうに笑う。
途中、魔法陣がいくつか展開されたのに驚くことがあったが、すぐにソロモンが魔法の調整を行ったのだと気が付いた。
ソロモンがいつもの癖で、ついつい思いついたことは試してしまう。
そんなこんなで情報の説明をしていると、他のメンバーが戻ってきた。
「みんな戻って来たみたいだね」
「そうだね。二人ともご飯作りに行こうか」
アイリスが二人を連れて一階に降りていく。
そして手際よく料理を作り、みんなで食事を楽しむのだった。
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