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第18話 事後調査とトラウマ

 一時間ほどが経ち、前線に居た主力の一部が戻ってきた。

 そのメンバーのほとんどが負傷者だった。

 衛生兵が慌ただしくなる。

 医療箱や医療用の魔道具を抱えながら、あちこち走り回っている。

 アリサやソフィーはそんな彼らを見て、物資の運搬などを手伝っていた。

 特にアリサは、余った魔力を使って簡単な回復魔法で応急処置を行うことも度々あった。

 その隙にティルは、ガタが来た体に鞭を打って動かし森に向かう。

 馬を走らせて目的の森に到着した。

 森の中は険しく、馬を降りて徒歩で奥地に向かう。

 警戒を解かずに歩みを進めるが、生き物の気配がほとんどない。

 先の大群にこの森の魔物たちも合流していたからだ。


 どれほど歩いたかわからなくなるほど奥に進むと、徐々に肌寒くなってくる。

 奥に行くほど、さらに寒くなっていく。

 ある程度進むと霜が降りており、歩くたびに氷が砕ける音が鳴る。

 そして砕ける感触と音を楽しみながら更に奥を目指す。

 だんだん雪が積もり始めた。

 植物の葉が氷かけていた。

 激痛に襲われながら魔法を無理やり使って、異空間収納から上着を取り出して羽織る。

 白い吐息を吐きながら目的地に向かう。

 あたり一面が雪景色になり、さらに進むと銀世界が広がっていた。

 まるで氷河期が訪れたのではないかと錯覚するほどの絶景だ。

 全てが凍り付いている。

 木や植物、動物さえも。

 耐性がないものは氷像に成り果てた場所だ。

 地面も氷つき、気を抜くと滑って転びそうだった。


「一面銀世界だね。さすが古龍種としか言えない。歩く自然災害、その中でも大物が来てたみたい」


 地面に転がっている氷を纏った蒼白の龍鱗を見てティルが言う。

 その龍鱗は微かに冷気を放っているのが見て取れた。


「前世の世界にもこの鱗と能力に類似したやつがいたな。たしか名前は……凍結龍ヴァイスレジナだっけかな。氷の王の異名を持つ絶対零度を纏う龍。まさか、あれと酷似する個体がいるなんて」


 ティルが驚きと驚愕、そして興味深そうに鱗を見る。

 そして鱗に触れた瞬間、指先が凍り付き、壊死しかけていた。

 触れた時間は、一秒にも満たない僅かな時間だった。


「本体から落ちたばかりで、これだけの力が残留するのか。こっちの世界でも古龍の特徴はほぼ同じってことね」


 前世の世界と今の世界の類似点があることに疑問を抱いた。

 だが、今は考えるのをやめた。

 魔法が使えないため、検証ができないからだ。

 そして特殊な魔道具である手袋を着けて、鱗に触る。

 極地活動やそれに類似するような素材を採取するための特殊な道具。

 

「いい素材になりそう。あとは報告用の為にもいくつか……全部持って帰ろ」


 本来なら少し採取するだけでも十分なのだが、新しい武器や道具の素材にも使いたい気持ちが強く、欲に勝つことができなかった。

 質素な指輪が淡く光る。

 すると異空間収納に繋がった。

 ティルが使う収納魔法とは繋がっていないが、その分魔力をほとんど消費せず、魔力切れや魔力回路に異常あっても使えるため、予備で常備している。

 素材を異空間収納にしまった。

 そして簡単な調査を終わらせると、もう少しここに居たいと言う気持ちを押し殺して、ティルは銀世界を後にした。


 それからしばらくしてティルは、ベースキャンプに戻ってきた。

 キャンプに着くと、近くにあった段差に腰を下ろして少し休憩を取る。

 体の限界を超えて活動したせいか、強い倦怠感に襲われた。


「はあぁ……疲れた……。もう一がんばりしようかな」


 意を決したように足に力を込めて立ち上がった。

 気を抜くと意識が飛びそうだ。

 その前に報告だけでも、と思いアレスの元を目指した。

 周りも忙しくてティルに構っている暇はなく、疲れ果てている彼女を気に留める者はいなかった。 

 そしてアレスの元に辿り着いた。

 そこにはソフィーとアリサ、セキの三人が合流して、アレスの手伝いを行っていた。


「パパ、戻ったよ」

「どこに行ってたんだ!?」

「そんなことよりこれを見て」


 ティルがアレスの言葉を無視して、鞄から出したように偽装して空間収納から龍鱗を取り出した。


「これは!?」

「古龍の鱗だよ。特別な魔道具で触らないと手が凍り付く程の冷気が残留してるから気を付けて。状態を考えるに、ついさっきまでいたのかも。森の中も氷漬けになってて、銀世界になるくらいだから」

 

 ティルが近くの地図を取り、机に広げた。

 そして大まかな場所に目印をつける。


「鱗の色からしておそらく、凍結龍ネイスカーナ」

「ネイスカーナ、か」


 アレスとティルがほぼ同時に古龍の名を言った。


「かなりの大物だな。魔物たちが逃げ出したのも頷ける」


 アレスが今回の大襲撃について納得したように頷いている。

 誰しもが襲撃理由に疑問を持っていた。

 アレスでさえ確信が持てず、人為的に誘導されたのではと疑っていた。

 そんな中、ティルがその原因を突き止めて来たことで安堵の息を吐いた。

 人為的な場合、犯人捜しなど面倒なことが増えるからだ。

 そして領地の状態的に犯人捜しをする余裕がない。

 故にアレスは無断で森に入った件でティルを叱るのをやめた。

 手柄は手柄として褒めたかったから。


「お姉ちゃんだけズルいよ」

「あとで見せてあげる」


 アリサが古龍の鱗を触りたいと駄々をこねる。

 しかし、活動限界が近いティルは我儘に構っていられなかった。

 少しでも情報を残そうと、見て来たことと考察交えて報告を上げる。

 余裕が生まれたタイミングでアリサをなだめると、後回しにした細かい報告を行うのだった。


「それで他には何が――」


 アレスが報告のさらなる詳細を聞こうとした時だった。

 ティルが限界を迎えて倒れたのわ。

 いきなり倒れたティルを見て、テントの中では大騒ぎだ。

 最終的に衛生兵がティルを治療テントまで運ぶことで事態が収束した。

 

 その後も戦後処理が行われた。

 アリサとソフィーはアレスの命令で後方に下がることになる。

 その時に前線の状況を後方部隊に伝える任務も一緒に与えられた。

 後方部隊に報告を済ませると、二人はミカエラの元に向かうのだった。

 アリサは、ミカエラにこっぴどく叱らてソフィーに泣きつき、彼女がミカエラをなだめると言ったいつもの光景が広がっている。

 こうして今回の襲撃は幕を下ろすのだった。

 

 翌日、戦後処理はまだ行われていた。

 そしてティルはと言うと、寝込んでいた。

 英雄戦士化の魔法の反動で筋肉痛と筋繊維の断裂などの影響でベッドから動くことが出来なくなっていた。

 さらに魔力回路のオーバーヒートが拍車をかけていた。

 ティルの体は、器よりも回路の修復を優先していた。

 そのためまともに体を動かせるようになるには、もう少し時間がかかる。


「う~ん、暇!」


 魔法も使うことができず、暇潰しすら出来ないでいた。

 天井を無心で眺めていると、誰かが扉をノックした。


「開いてるよ~」


 ティルの返事を聞いて、ソフィーが部屋に入ってきた。


「具合はどう?」

「ピクリとも動けない」


 ティルが苦笑いをしながら言った。


「じゃあ、この薬は必要ですね」

「そ、それってクソまずいやつじゃ」

「ささ」

「ちょ、ちょっと待っ――」


 ソフィーが有無を言わさずに、ティルの口の中に薬を入れた。

 その瞬間、言葉にできないほどのものが口の中に広がり、胃から食べたものが込み上げてくる。

 必死に吐き出すのを我慢して、手渡された水を一気に飲み干した。


「……オ、オエェェ……まっず!!!」


 ティルの顔から生気が消え、青ざめた顔でソフィーを見る。

 恨めしい者を見るような目で。


「効きました?」

「別の意味でね。まあ、ポーションじゃないから即効性はないよ」

「次はまずいポーションを……」


 ソフィーが恐ろしいことを小声で呟いた。

 それを聞いたとたんに、ティルの背筋が冷えるのを感じ、同時に全身の毛が逆立つのも感じた。


「……今の恐ろしいことは追及しないでおくとして、アリサはどう?」

「部屋に籠ったままです。帰ってっからずっと……」


 ソフィーが心配そうな声で言う。


「魔法で無理やり精神を強化したから仕方ないとは思うけど、やっぱ負担が大きかったか……。言っとくけどちゃんと忠告はしてるからね」

「知ってるよ。あの場に私も居たんだから」


 無理やり精神を強化していたことで、戦場で感じるはずだった死への抵抗感や忌避感と言ったものを全て感じていなかった。

 だからこそ、アリサはその効果が切れた時にその全てを凝縮した物に襲われた。

 存在しないはずの死者の声が、顔が、幻聴として、幻覚として襲いくることで、その全てはトラウマとなり、一切の容赦なく生きる気力を奪い去る。

 まだ精神が幼い状態なら自殺をしても不思議ではない。

 大人ですら耐え難く自殺したいと言うレベルの苦痛が克服するまで続くのだから。

 

「どうすればいいんだろう……」


 ソフィーは、何もできに自分を情けなく感じて俯いてしまった。

 ティルが言葉をかけようとするが、言葉が見つからず口を閉じてしまう。

 そして少ししてからティルが口を開いた。


「……今はソフィーにお願いするよ。こういうのは一緒に肩を並べて戦った人の方がきっと言葉も届くと思うから。私も協力するから、一緒に頑張って克服させてあげよう」

「そう、ですね。私たちがここで俯いてても解決にならないよね。もっと頑張ってみる」


 まだどうすればいいかわからないが、ソフィーはそれでも自分にできることを精一杯やろうと決めた。

 そしてティルも自分の知識を生かして、どうにかならないかと思案を始めた。


「じゃあ、私はこれで。まだやることが残ってるから」


 それだけを言い残して部屋を出ようとしたソフィーを、ティルが慌てて止めた。


「ちょ、ちょっと待って!」

「どうしたの?」

「行っちゃう前にトイレに連れてって」

「大丈夫。ここにあるから」


 ソフィーが冗談半分でベッドを擦った。


「おねしょみたいにするのは流石に恥ずかしい!!」


 ティルの切実で必死な声を聞いて、ソフィーが小さく笑った。

 そして彼女の体を持ち上げてトイレに連れて行くのだった。



 それから数日が経過した。

 ティルも動けるまでに回復し、異空間収納の出し入れくらいのことなら魔法が使えるようになっていた。

 だが、攻撃魔法を使えるレベルまでは回復していなかった。

  

「自由に動けるって素晴らしい!」


 動けなかった時の不便さから解放されて、動ける素晴らしさを実感していた。

 調子に乗って体を動かす姿を見たソフィーが呆れたように笑った。

 マイペースなティル見て、彼女のようにアリサも戦場での出来事を気にしないでほしいと思う。

 今でも戦場でのことを引きづって食事すらまとも取れていない。

 そんなアリサが可哀そうで、ソフィーは少しでも早く克服させようと毎日努力をしていた。

 ティルもこっそり薬を調合したりして、精神を安定させられないかと夜な夜な実験を繰り返している。

 

 食事時になり、家族が集まった。

 ソフィーが頑張った甲斐があって、アリサも何とか部屋から出てこれるようになっていた。

 食事も使用人が気を使って、赤などの戦場を想起する物は避けて作ってくれていた。


「いただきまーす!」


 ティルが飛びつくように朝食に手を伸ばした。

 パンをちぎって口に運び、スープをゆっくりと飲む。

 少し遅れて他の面々も食事を始めた。

 アリサが恐る恐るといった様子で、パンをちぎって口に運んだ。

 そしてスープを一口。

 それからすぐの出来事だった。

 アリサが口を押さえて、急いで食堂を後にする。

 込み上げてきた物を吐き出さないように、涙目になりながら洗面所を目指す。

 すぐにティルがアリサの後を追う。

 食堂を出ると少しした所でアリサが踞っているのを見て、ティルがバケツ程の大きさの木桶を異空間収納から取り出す。


「大丈夫?」


 ティルがアリサの背中を擦りながら優しい笑みを向けた。


「……うッ!? …………」

「ほら、これに出しちゃって。楽になるから」

「でも……」

「いいの。勿体ないとか思わないこと。病人なんだからしっかり甘えて。というか、お姉ちゃんは甘えてほしい」


 ティルがどさくさに紛れて、さらりと自分の欲望を口にする。

 死者を踏むようなことをした自分が甘えていいのかと、アリサの脳裏をよぎった。

 だけど、本能は素直だった。

 すぐにティルの言葉に甘える。

 気持ちが緩まると、抑えていたものが抑えられなくなり、吐き出してしまった。

 辛くて涙を流し、心の何処かで助けを求めた。


(助けて……誰か……助けて、辛いよお姉ちゃん……)


 ここで初めてアリサは後悔をした。

 ティルの忠告を聞かずに戦場に出たことを。

 戦場で誰かを気にしすぎたことを。

 ずっと抑え込んでいた気持ちが溢れ出る。

 こんな自分が幸せになっていいのかと、思っていたことを口にする。

 胃の中の物を全て吐き出し、ティルの優しさがアリサの思いも吐き出させた。


「わたしは、アリサは、生きててもいいの? わたしを庇って死んじゃった人もいる……

生きるためにわたしはその死体()を踏んじゃってた……それ以外にもわたしは……アリサは……」

「今自分で言ったじゃない。『生きるため』ってさ。もしここでアリサが死んだらそれこそ死者への冒涜だよ。生者が死者になにかすることはできない。できるのはその人の分まで必死に生きること。戦場ってのは死が漂う場所。そこに踏み入るってことは、死を目の当たりにすることに他ならない。アリサは、その覚悟で戦場に出たんでしょ? だから前を向いて行きなさい。戦場で味方を恨む戦士はいないわ。みんな大切な者の為に、仲間のために戦ってるんだから」


 ティルは自分が思ったことを口にするのが精一杯だった。

 これでアリサを納得させられなければ、今の自分にできることはないと確信した。


(かつて私は自分の判断ミスで仲間を殺したことがあった。パーティーを全滅させてしまった。あの時の後悔は今もずっと胸に刻まれてる。わたしが魔法を極めたのだって、みんなを生き返らせるためだったんだし。結果は……失敗だったけど……。アリサにはそんな思いはしてほしくない。自分のせいで誰かを殺したと思って生きるのは、地獄だから……)


 ティルが形見の指輪を思い出しながら、仲間の顔を思い浮かべる。

 自分の気持ちを言葉にすることはない。

 だが、言葉にはその思いを乗せて言ったつもりだった。

 あとは、アリサがどう判断するかを祈るしかなかった。


「……お、お姉ちゃんは、こんな思いをしたことがあるの?」


 アリサが必死に振り絞った言葉だ。

 それを聞いて、何を言おうかティルは迷った。

 どうすれば伝わるかを。

 そして意を決して、ティルは過去を言うことにした。


「私は自分の判断ミスで仲間を失ったことがあるの。――」


 ティルが自分の過去を話し始めるだった。

更新が遅くなってしまい申し訳ございません。


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これからもよろしくお願いします。

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