第17話 決着
ティルが魔法の展開を始めていた。
「総員に告げる。これから大規模魔法による殲滅を行う。各自、防御もしくは後方へ撤退せよ!」
ティルが変声魔法で声を変えていった。
少しでも正体がバレないように足掻くのだった。
「敵の位置完璧! それじゃあ始めるよ」
ティルが杖を触媒に魔力を練り始めた。
膨大な魔力がティルに集まっていき、その量は可視化されるほどだった。
火属性に属する魔法を行使しようとしたことで、魔力が黒紫から赤色に変色していく。
大量の魔力により、ティルが浮き始める。
魔力は一定以上集まると術者が浮き上がることがある。
どこまで浮くかは、術者の制御次第だ。
そしてティルは、戦場を眺められるほど上昇した。
魔物の群れがティルが決めていたポイントを一定量通過した。
「今が勝機! いっくよーー!! ――メテオフォール!!」
ティルが杖を振り下ろした。
それに応えるように天から隕石が一つ降ってくる。
地上に大きな影を作った。
それに気づいた者が空を見る。
それは敵も味方も関係なく。
隕石が質量で魔物を押し潰していく。
そして地上にぶつかると、地震と衝撃波が発生する。
衝撃波は、衝突から数瞬遅れてやってきた。
そして全てを薙ぎ倒す。
木々やテントを吹き飛ばし、街のガラスが割れた。
魔法の反動でティルは血を吐き出した。
魔力回路が焼けたことで、力を維持出来なくなってしまう。
そして力を失ったように頭から落下した。
(このまま行くと首が折れる……さてどうするか)
ティルが呑気に考えていると、セキが全力で走ってくる。
そして地面にぶつかる寸前で受け止めた。
「ま、間に合った―!」
心の底から出た言葉を言うと、安堵の息を吐く。
「ナイスキャッチ」
「ナイスキャッチ――じゃねえよ! 受け止めてなければ、死んでたんだぞ!?」
セキが怒りを露にする。
それを見て少しだけティルは、悪いと思った。
しかし、心からそれを思えるほどにはまだ感情が蘇っていない。
「まあ、結果オーライってことで」
「はぁぁ……呆れて言葉が見つからん」
心底呆れ果て、セキが深いため息を吐いた。
「それにしても凄まじい魔法だな」
「でしょー。今回限りの大技だからね」
次は使えない、と念を押す意味も込めてティルが言う。
「歩けるから降ろして」
「そういうわけにもいかないだろ」
「いいから。……ちょっと恥ずかしいの」
「本音が出たな」
セキが悪い笑みを浮かべて言った。
「あることないこと隊長にチクるから」
「やめろーー!! わかったわかったからそれだけは!」
ティルがしてやったりと、口角を少し上げる。
セキがティルを降ろすと、彼女はふらついて顔に手を当てた。
「大丈夫か!? ほら、言わんこっちゃない」
「大丈夫」
ティルは、セキが伸ばした手を取りながら言った。
そしてセキを勢いよく自分の方へ引くと、入れ替わるようにティルが前に出る。
襲い掛かってきた魔物を迎撃する。
ティルは咄嗟に剣を抜き、魔物の魔石を斬って絶命させた。
「油断大敵」
「助かった」
「とりあえず私は下がるよ。身の丈に合わない魔法を使ったせいで、今は魔法が使えなくなってるから」
先の魔法でティルの体中の魔力回路がオーバーヒートして、魔力を循環させることが出来なくなっていた。
そして一部の回路が焼き切れたこともあり、体中から激痛が彼女を襲っていた。
その影響は意識にも現れ、目眩のように稀に意識が瞬間的に途切れて視界が真っ暗になる状態だった。
「そうだな。お前の体を休めないとだしな」
「あはは、申し訳ない」
「やめろ。調子が狂う」
セキがティルに肩を貸して、二人はベースキャンプへと離脱する。
その後方を護衛するようにアリサ達が二人の後を追う。
「ティルってあんな魔法使えたんだ……アリサは知ってたの?」
「流石に知らないよー。でも、お姉ちゃんがすごい魔導士だってことは知ってたよ。お姉ちゃん曰く、本職は魔導士なんだって」
「あれだけの魔法が使えれば納得ね。しかも、魔法を使うだけで剣も使えるようになるなんて、反則でしょ」
「体の負担は凄いよ。実際に何回か鳴っちゃいけない音が鳴ったし、体の所々が痛いもん」
「普段、鍛えてないから体が悲鳴を上げてるんだよ。ティルが言ってた通り」
二人が余裕を見せながら、話していた。
「ティルはなんであの魔法を最初から使わなかったのかな」
力を隠したいと言う意図は、ソフィーも理解していた。
変に目立つと国に目を付けられたり、面倒ごとに巻き込まれるからだ。
それでも領民を思っているティルなら躊躇しないと思う自分もいた。
「多分だけど、使わなかったんじゃなくて、使えなかったんじゃないかな」
「どういうこと?」
「うーん、うまく言えないけど条件があったんだと思う。だいたいの強力な魔法は、何かしらの代償とか制約があるって言うし。それに魔法を使うための準備とかが必要だったんじゃないかな。例えば、土地の魔力を吸い上げるとか」
「確かにその理由なら納得できる。それにあの範囲と火力だから、味方がいると流石に使えないよね」
ソフィーが納得したように頷いていた。
そして第二防衛ラインが目視できる距離に来ると、魔物の数もだいぶ減ってきた。
一部の兵器により、討ち漏らしの掃討が楽になっていた証拠だ。
それでも平時とは比べ物にならない。
アリサとソフィーがティル達二人に合流した。
そのままの足で、ベースキャンプへ向かった。
キャンプに到着すると、衛生兵や臨時で来ている街医者、シスターなどの医療関係者が慌ただしく走り回っていた。
彼らが別の戦場で戦っているのが一目でわかる。
「さっきよりも酷くなってる」
「戦いが長引けば当たり前だよ。でも、この規模でこれだけの負傷者しかいないのは、すごいことだよ。普通は軍の四割くらい居ても不思議じゃないよ」
ティルがアリサに教えるように言った。
そうこうしていると二人のシスターが四人に気づいて、駆け寄ってくる。
「お疲れ様です! 怪我は大丈夫ですか?」
「怪我はないけど、魔力がそこを尽きちゃったね」
「そうですか。怪我がなくて何よりです。他の方も?」
シスターが残りのメンバーを見る。
「怪我をしてる人もいますね。皆さんこちらにどうぞ」
二人目のシスターが診療用のテントに一行を案内した。
テントまでの道のりでたくさんの負傷者を目にする。
一番辛そうな表情をしたのは、アリサだった。
過酷な光景を見慣れていないからこその反応だ。
それでも精神強化の魔法の影響で、悲痛な表情を浮かべえるまでには至っていなかった。
ティルに限っては、表情一つ変えない。
「どれくらいいるんだ?」
セキがふと気になってシスターに問いかける。
「かなりの人数がいますよ。ここはまだ比較的軽傷な方々ですが、向こうのテントでは集中治療が行われるほどの重傷者がいます。割合的にはケガの具合が間くらいの方が多いですね。我々も数が多すぎて、正確な人数を把握できていないんです」
「それなのに俺たちに付いてよかったのか?」
「はい、そこは問題ありません。こちらに来た方を案内するのも仕事ですから」
シスターが微笑しながら言った。
医療テントに到着する男女で別れてテントに入っていく。
「防具を脱いでください。それと負傷箇所の服もお願いします」
女医の指示に従って、三人は防具を外した。
そしてソフィーが服を脱いだ。
子供っぽい下着が顔を見せる。
体は引き締まっており、冒険者時代の古傷がいくつかあった。
胸は平均的な大きさだった。
右肩を負傷しており、そこそこ血を流している。
「失礼します」
女医が看護士に合図を出して、濡らした清潔な布を用意させた。
傷口付近を丁寧に拭いていく。
「どんな感じですか? 感覚的には、ザックリいってる感じなんですけど」
「幸いそこまで深くないです。縫うことにはなりますが、傷が残ることはないですね」
「昔の傷もあるので、そこはもう気にしてないです」
ソフィーが、苦笑い気味に言う。
そして見た目以上に掠り傷もあり、その手当も一緒に行われた。
「痛ッ!?」
右の背中側触られた時、痛みに襲われた。
「ろっ骨に亀裂が入ってますね。少し腫れていますが、治癒魔法で腫れを抑えることが出来ますので、こちらを持って後で案内に浮いていってください」
一通りの処置が終わり、次はアリサの番がやってきた。
アリサも服を脱ぐ。
まだ成長しておらず、下着は着けていなかった。
目立つ傷はなかったが、それでも細々した傷や打撲傷などが多かった。
一番は、筋系のダメージが酷かった。
鍛えていない体で、剣技を使った影響だ。
幸いなことに、アリサはティルの言いつけを守って最低限しか近接戦をしなかったっため、数日筋肉痛に襲われる程度で済んでいた。
「体をかなり酷使したみたいですね」
「わかるの?」
「ええ、たくさんの患者を見てきたので、筋肉の状態とかもわかるようになったんですよ」
女医が魔法でアリサの体を診断した。
特に大きな傷もなかったので傷口に薬を塗ったりして、あとは包帯を巻いてアリサの治療が終わった。
ティルの番がやってきた。
服を脱ぐと胸がないのに水玉柄の下着を着けていた。
それを見たソフィーが少し笑いを堪えており、それに気がついたティルが不服そうな顔でソフィーを見た。
そのまま女医が診断を始めた。
「酷いですね」
「筋肉ほとんど逝っちゃてるでしょ」
「はい。筋断裂……一般的に肉離れと呼ばれてますが、かなり重症です。完治まで三週間から一ヶ月はかかると思います。それと疲労骨折もしているので安静にしてください」
女医が驚きながら言った。
何をすればここまでの負傷をするのか、不思議に思う。
そしてティルは、いくつかの大きな傷を縫われた。
「あと残りそう?」
「何とも言えないです。これくらいの傷ですと、個人差が出るので残ったり残らなかったりします」
「そうなんだ。私的には残ったほうが格好いいから残ってほしいな」
「女の子がそういうこと言うものじゃないですよ。傷がないに越したことはありません」
「そうだね」
ティルの価値観は、周りとは少しズレていた。
本人も自覚しているが、特に直すつもりはないみたいだ。
全員の治療が終わると、戦況を聞くためにティルたちは指揮官の元に向かった
「どんな感じ?」
「あ! ティル殿! 先の魔法で敵が壊滅状態になりましたが、こちらの負傷者もかなり出ました。今の所、魔法による死者の報告はありません。……現在、部隊の再編が急ピッチで行われており、追撃戦に移行します。うまくすれば、そのまま掃討戦に入ると思います」
「良かった。じゃあ、私の出番はもうないみたいだね」
「はい。あとはこちらに任せてゆっくりお休みください」
「そうさせてもらうよ。医療班の手伝いをしようと思ってたけど、そろそろ体が言う事を聞かなくなってきちゃって……あはは……」
ティルが苦笑いをした。
指揮官が少し不甲斐なさそうにしていた。
「まさか、こんな可憐な少女がここまでの戦果を上げるとは」
ティルの活躍に指揮官は脱帽だった。
「まさか。みんながここまで繋いでくれたからだよ。戦争は逸脱者でもない限り、個の力でできることなんて限られるもん」
「その通りです。でも、決定打を打ったのは、ティル殿なのだからここからは誇ってください。そうじゃないと、我々も自身を持って前に進めません」
「あはは、そうだよね。じゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらうね」
「はい! 打ち上げの内容でも考えといてくださいね」
「さーどうしようかな〜」
ティルがそう言うと二人が顔を合わせて笑いあった。
それから程なくして掃討戦に移行するという伝令が届くのだった。
『面白い』や『よかった』と思っていただけたら評価やブックマーク、感想等をしていただけるとモチベーションにも繋がり嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。