第16話 元厄災、最前線で魔法を作る
アリサが人魔解放を使う少し前、ティルは新しい魔法を構築しながら戦っていた。
「前世は強すぎて、武装系の魔法をあまり作ってなかったな~」
ティルは基本的に自身に武装を展開する魔法より、敵を殲滅する魔法の方を重点的に研究していた。
そして殲滅系の魔法と通常装備の魔剣や魔杖などが強かったため、あまり作る必要性を感じていなかった。
弱体化した今、それを作るのも面白そうだと感じて、とりあえず四面楚歌の戦場で作ることにしたのだ。
「魔法式ロード……改変、改変、再編、改訂っと……。ふむ、属性魔力を宿して低燃費かつ武装に魔法を付与する術式はっと……基本式はこんな感じにして……こことここに原初のルーンと魔法文字を入れて、この場所にルーン文字を挟んでっと……!? あっぶな!? 人が魔法開発してる時に攻撃するのはズルだよ!?」
ティルは攻撃してきた魔物を剣で両断し、さらに空いている左手でライトニングを放って魔物を蹴散らした。
常に攻防繰り返しながら、魔法の修正と改良を進めていく。
「う~ん……ここを弄ると燃費が悪くなるし、かと言ってこっちを弄ると出力が落ちる……どうしたものか」
魔法のバランスを上手く取ることができず、頭を抱える。
そして何百回と試行錯誤を繰り返す。
思考加速により一秒を数時間に引き伸ばし、何億通りという数の魔法を構築して最適な物を集めて魔法作成を行う。
魔法の作成が中盤に差し掛かり、自身を中心に立体魔法陣が展開される。
そこに新たな文字や術式などを刻み込んでいく。
不完全な魔法陣が少しずつ出来ていく様は、爽快であった。
ここが戦場ではなければ。
それを見ていたアリサとセキ、そしてソフィーが愕然としていた。
「なあ、アリサ、あれはまさかだよな?」
「……うん、魔法作ってるね、あれ」
「たしかにあれは、新しい魔法を作ってるようにしか見えない」
三人が各々の感想を述べていく。
「でもあんな作り方、エルフの里でも見たことない」
「わたしも。普通は平面に魔法陣を作ってから一つの魔法に統合したり、魔法陣に追加の効果とかの設定を入れて行くのに」
「魔法を使うお前らがそこまで言うってことはかなり異常なのか?」
「「うん」」
立体魔法陣の一部が統合されると、数十の魔法陣が一つの魔法陣に統合されて、さらに数十の魔法陣が増える。
その中でも離れ業と言えるのが、いくつもの魔法で攻撃しながら近接戦や回避などを同時にやっていることだ。
一部の達人レベルの人間ですらやることの出来ないことを、当たり前と言わんばかりに平然とした顔でやって退けている。
「あぶ――」
セキが危ないと叫ぼうとしたときだった。
ティルの皮膚に攻撃が届くか届かないかのギリギリの回避を行ったのだ。
しかもその動きは、まるで敵が何をしようとしていたのかわかっていたように見えた。
そして当たり前のように反撃を行い、剣で切り裂いて魔法の追撃を行った。
火力の調整は適当で、明らかなオーバーキルになっている。
「うんうん。順調順調! やっぱ戦いは素晴らしいね。発明の母! これだから戦闘はやめられない!! 命を賭けるからこそ、新しい発想が思い浮かぶ。前は無尽蔵の魔力による魔法攻撃と強化魔法に物を言わせてたから、弱い体での戦いは新鮮かな。弱いからこそ、さらに上を目指せるっていうもの。もし全盛期の力を使えれば、あの頃よりも強くなれそう」
ティルは未来の自分を思い浮かべてワクワクしながら、戦いと魔法生成に身を投じる。
それから少しすると立体魔法陣が一つの平面の一つの魔法陣になって消滅した。
「でっきた〜!!」
ティルが嬉しそうに言った。
そしてさっそく完成した魔法を使う。
「名前はそうだな〜……拡張魔力武装外骨格ゲーティア、通称゛魔王武装゛。細かい名前は後にして早速いってみよ〜。魔王武装展開!!」
ティルの足元の影が円状に広がり、闇が溢れ出す。
そして闇は彼女の足を這うように伝って、体の部位に具現化していって武装化する。
左腕全体と両脚、そして左胸を守るチャストプレートの様に武装が展開された。
「やっぱり全身を覆うにはもっと細かい調整が必要かー。武装系魔法を中心に作ってみたけど最初にしては及第点だね」
左腕で引っ掻く様に攻撃をすると魔物が一瞬で三枚おろしになった。
「よし! 身体能力強化もちゃんと機能してるね」
そして実際に使いながら魔法の修正を行っていく。
「修正修正修正……改変改変改訂修正……不具合発生不具合発生出力低下修正……修正修正……調整完了修正修正……最終調整完了、拡張魔力外骨格再起動……完了……武装安定」
最終調整を済ませて魔法を安定化させた。
「ヒャッハー!! 新しい魔法の実験台になれ〜!!」
楽しくてテンションが絶頂まで上がっていた。
「――シャドウエッジ!」
武装に込められた魔力消費なしの常時発動魔法を使う。
魔物を実験台にして影の鉤爪で切り裂いた。
「――シャドウエッジ+ダークディバインド」
影の鉤爪を闇で強化して、攻撃範囲と攻撃力を上昇させた。
さらに攻撃を少しでもくらって生き残った敵を影で拘束する。
「いい感じいい感じ」
語尾に音符が付きそうな声音で喜んでいた。
武装の耐久テストのためにティルが、魔物の攻撃を左腕で受けた。
武装に亀裂が入ったが攻撃を見事に耐えきった。
「イッたー!?」
攻撃の衝撃が腕まで届いたのだ。
攻撃は防げても衝撃は防げなかった。
そして痛みがくるとは想定しておらず、つい痛くもないのに痛いと叫んでしまう。
「耐久面に難アリっと」
ティルが記録魔法に魔王武装の改善を記入していく。
「今回の戦いだと受け流すように防ぐのが正解かな。……難易度たっっか!? 私、魔導士だよ!? あ、今は剣士か……って言ってる場合じゃない」
テストの為に周りの排除をしていなかったことでかなりの数の敵に囲まれていた。
剣と影の鉤爪で暴れるように荒々しく戦う。
そして左手で色々な魔法を放つ。
「よし! 数は少し……うん、ほんのちょこっと減ったね」
百の敵が九五まで減った感じだった。
「形状変化の実験もしないと」
ティルがそう言うと、左手の武装の形状を変えて影の剣を作り出した。
剣を作ったことで、武装した範囲が減ったわけではない。
そして影の剣にはシャドウエッジなどの様々な魔法の効果が残っている。
武装その物に魔法を組み込んでいるため、形状にこだわる必要がない。
ティルが二刀流で敵を斬り刻んで行く。
武装のアシストもあり、本来なら出来ない動きも多少ならできるようになっていた。
「形状変化に異常なし! 威力も申し分ないね」
剣の形状を解除した。
そして爪にライトニングを纏わせて切り裂くように攻撃をする。
爪を振るごとに雷撃が周辺に放たれる。
爪にも雷撃が宿るため、直撃時の威力は絶大となる。
「属性追加も問題なし! 魔力消費もほとんどないし、消費量も想定範囲内。流石私!」
ティルが無い胸を張って、自画自賛していた。
死ぬ可能性があってなお、彼女は他のことをする余裕がある。
歴戦の経験がそれを可能にさせたのと強者の余裕からだ。
武装が体に馴染み始めていた。
「あはは! 楽しい!!」
だが、この武装にはデメリットがあった。
それは属性魔力による肉体侵喰だ。
ティルの属性魔力は闇。
そして肉体と魂との親和性も高い。
その弊害として、侵喰時の速度と痛みは想像を絶するほどのものだ。
この侵喰は自らを喰らい、新しい別の存在に変質するものでもある。
現に、ティルは左目が侵喰されて赤黒く変質していた。
視覚に関する能力が格段に上昇してもいる。
「侵喰の問題が当面の課題かな。これを解決しないと、肉体が別の何かになっちゃうし、最悪壊れるしね」
武装の欠点や欠陥を分析して、レポートを取る。
箇条書きに記入した後、細かいことが付け足されていく。
そして一通りのことをやり終えると、武装は解除せずに戦闘サンプルを取ることにした。
それから少しして、ティルはアリサが奥の手を使ったのを感じた。
(この調子なら手を出さなくてもよさ……やっぱ援護に行こう)
アリサが人魔解放を解除した後の隙を狙われると予測したからだ。
そしてその予測は当たってしまう。
魔物がアリサに襲い掛かろうとしていた時だった。
ティルが地面を強く蹴り、一気にアリサの元まで駆け付けた。
その勢いのまま魔物を剣で両断した。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう」
アリサが委縮しながら言った。
また怒られるのではないかと思ったからだ。
ティルがアリサの頭を撫でようと手を伸ばすと、アリサが目を瞑った。
しかし痛みが来ないことに疑問を持ち、恐る恐る目を開けるとティンに撫でられた。
「いい判断だったよ。次はその後のことも考えようね」
「頑張る!」
アリサが気合の入った声で言った。
褒められたのがすごく嬉しかったのだ。
「あ、ごめん」
「?? どうしたの?」
ティルが突然謝り、アリサが不思議そうに首を傾げた。
「返り血がべっとりの手で撫でちゃった」
ティルが可愛らしく舌を出した。
「もぉーー!! おねえーちゃーん!」
アリサが頬を膨らませて怒る。
(あぁぁ可愛い!)
そんなアリサを見て、心の底からティルは可愛いと感じた。
「そういえばお姉ちゃん、その姿は?」
「さっき作った魔法だよ。今が欠点とかを探してるとこ」
「よく戦いながら作れるね」
「簡単だよ」
アリサとソフィーが心の中で「簡単じゃない!」とツコッミを入れた。
ティルが合流してからしばらくすると、戦線が後退を始めた。
物量で押されて、陣形の維持が困難になったからだ。
そのまま後方部隊が、第二防衛ラインに向けて後退を始める。
魔物が雪崩れ込まないように、前衛部隊が押さえながら緩やかに後退をしている。
「セキ、私もそろそろ下がるね」
「了解だ。俺も行く」
ティルとアリサの二人が戦線を離脱する。
それを見てアリサ達も二人の後を追うように、戦線の離脱を始めた。
しばらくしてティルはベースキャンプがあった場所に到着した。
キャンプは撤去されていた。
負傷者は後方に下げられ、最低限の人数で第一防衛ラインを死守していた。
戦線の後退を受け、第一防衛ラインの兵士も撤退を始めた。
ティルが第一防衛ラインに到着すると戦線が完全に後退するまで、魔物を倒しながら待機していた。
兵が防衛ラインよりも後ろに下がったのを確認して自分も下がり、魔法の準備をするからだ。
戦い続けていると、アリサ達が合流した。
「やっと追いついた~。お姉ちゃん、速すぎだよ」
「魔法で強化してるからね」
「って、お姉ちゃん、その目どうしたの?」
魔力に侵喰されて、ティルの左目が赤黒くなっていた。
「この武装魔法の影響だから心配ないよ。解除すれば治るから」
「それだけ強力な魔法なら確かに体に影響があっても不思議じゃない」
ソフィーが納得したように言う。
それから少しして、ティルが指を鳴らして魔王武装を解除した。
すると影が霧散して消えていく。
「うーん、脱力がすごいな。一気に力が抜けた気がする」
強化が解除されたことでいきなり力を失い、先ほどまでの差異にティルは違和感を感じた。
「戦線もいい感じに下がってきたね」
「そろそろか?」
「だね」
ティルは防衛ラインまで魔物の群れが来たことを確認すると、セキに視線を向けた。
セキもティルと同じ感想だった。
「お姉ちゃんは、これから後退するんだよね?」
「うん! アリサとソフィーも早く離脱したほうがいいよ」
ティルが楽しみを待ち切れなさそうに言った。
声の端々から楽しみを待っているのが伝わってくる。
「もしかしてティル、ウキウキしてない?」
「してるなあれは」
セキがソフィーの言葉を肯定する。
それからすぐにティルは後方へ離脱する。
「天は失墜し、生を蹂躙するは天外なり。領域外にありて、原初の生を絶滅させし災害よ。我が呼び声に応え、かつての再現をせよ――」
ティルが詠唱を行いながら走る。
(うぅー、これくらいの魔法なら必要ないのにな~)
ティルがため息を吐く。
人の目があるからそれらしくしないといけないことに、面倒くささを感じたからだ。
ティルが詠唱に合わせて少しずつ魔力を高めていく。
これも一種の演出である。
「このへんかな」
ティルがちょうど良さそうな場所に陣取った。
「防御は任せろ」
「オッケー! 頼んだよ」
そうしてティルが魔力を練り、魔法の準備をするのだった。
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