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第12話 大襲撃

 帰宅後、二人は一時間以上の説教を受けていた。

 模擬戦したら怪我をしたことにしていた。

 それからは泣き続けるアリサを抱き寄せながら、ティルが異常気象についての報告を行った。

 理論づけて説明したかいあってか、ミカエラを説得することができた。

 最終的に調査隊を派遣することになって話し合いが終わった。

 話し合いが終わり、部屋から出る頃には嗚咽しながらもアリサが泣き止んでいた。

 そして二人は浴場に向かった。

 脱衣場でアリサが水玉模様でティルが縞柄の可愛い下着と服を脱ぎ、体を洗って湯船に浸かった。


「はふ〜生き返えどぅー」

「お姉ちゃん、おじさんみたいだよ」

「だって~」


 ティルが溶けそうになりながら言う。


「ところで、お姉ちゃんはこの後どうするの?」

「剣の練習をやって、夜は付与魔法の実験かな〜。刻印付与がされてる物に永続付与の魔法を使うとどうなるかやったことなかったから」

「見ててもいい?」

「いいよー。見ながら技術を盗んでごらん」

「頑張る!」


 風呂から出るとティルは、庭で素振りや筋トレなどのメニューを行った。

 アリサは、そんなティルを見ながら魔導書を読んでいた。

 彼女が読んでいる魔導書は、ティルが編纂したものだ。

 そのためティルの研究成果が事細かに書かれているが、強力な魔法や最大の成果などは書かれていない。

 あくまでも異世界の魔法であり、かつ、その世界でも使われていた専用魔法ではないものが記載されている。

 魔力効率や威力上昇などの当たり障りのない範囲だ。


 そして日が暮れ始めると、二人は屋敷の中に戻っていった。

 夕食や風呂などを済ませると、ティルの部屋で付与の実験を行っていた。


「……まだ行ける!」

「これ以上は入らないよ」


 ティルが魔法文字を剣に刻み込んでおり、ミリ単位の隙間にも刻み込んで魔法を付与していく。

 それを見ていたアリサが驚愕しながらも剣の耐久力が持たないことに気が付いた。


(す、すごい。ここまで細かく刻印するなんて、普通は無理だよ。でも、絶対壊れるよ、これ……)


 ティルが最後の一文字を書こうとした時、剣身に亀裂が走って砕け散った。


「あー! しくじったー!! 文節を省略しすぎて負荷に耐えられなかったー!」


 砕けた剣を見てティルが頭を抱えていた。


「だから言ったじゃーん! 鉄製の剣にその負荷は耐えられないよ」

「私のガバ計算は行けるって結論だったのに!?」

「……はぁぁ」


 アリサがため息を吐いた。

 

「技術は凄いのに……」


 ティルの適当さにアリサが呆れた。

 だが、本人は気にしていないと言わんばかりに笑う。


「次行こう次!」


 そしてまた馬鹿が付くほど細かい刻印を行い、再び剣が砕けた。

 ティルの隣でアリサが呆れ顔で彼女を見ていた。

 そんなアリサを気にせず、ティルは破片を手に取ってじっくりと観察していた。


「やっぱり液の濃度を濃くし過ぎたかな。それなら刻液を薄めて情報量を落とせば行ける!」


 ティルが刻印液と呼ばれるこの世界特有の液体を特殊な液体で薄めた。

 そして魔導ペンの先端を液に浸けて、再び剣に刻印を始めた。

 魔法の圧縮率を緩和して負荷を下げる。


「今度こそ!」


 ティルが自信満々に言うと、再び剣身が見えなくなるほどの刻印を行った。

 アリサがドキドキしながら、その様子を見ていた。

 ティルが息を止めるほど集中して、文字と文字の間に更なる刻印を行う。


「あと少し……あと少しだからお願い、もって……」


 心の声が漏れた。

 そして刻印を終えるとティルが大きく息を吸って、呼吸を荒くしていた。


「で、できたー!!」

「見てるわたしもはらはらしたよ」

「これで次の段階に行ける」

「まだやるの!?」

付与(エンチャント)は、これからが本番だよ」


 そう言うとティルは、この世界にはない技術を使った。

 彼女の世界の刻印だ。

 魔力で魔法文字を剣に付与していく。

 半物理的に刻むこの世界のやり方とは異なり、完全に非物理的に刻むやり方だ。

 その技術をアリサが興味深そうに観察する。


「こんな刻印は見たことないよ」

「そりゃあ、これは刻印じゃなくて刻印魔法だからね。やってることは似てても、全く違う技術だし」


 作業の片手間にティルがざっくりと説明した。

 それからの刻印は、先ほどの苦戦が嘘のように進んでいった。

 元々極めた概念の技術だけあって、刻印の精度が尋常ではないほどに正確だった。

 刻印速度と魔法の圧縮率も先程とは比べ物にならなかった。

 そして永続付与を行う段階に移行した。


「……あ、あああ……」


 アリサが、ただの鉄の剣が国宝級の物を超えていくのを見て唖然としていた。

 さらに永続付与によって能力がおかしくなっていき絶句している。

 アリサが何かを言おうとしているが言葉が見つからず、口を開けたり閉めたりしていた。

 

「あとは仕上げに耐久系の強化と斬性強化を付ければ完成だね」

「もう付与(エンチャント)できるとこないよ!?」

「ん? まだできるよ。付与系の魔法なら上限は基本ないからね。あるとすれば、超高負荷をかけるとかかな」


 それを言い終わるころには付与を終わらせた。


「よし完成! ……鉄への刻印は、文字の情報量と魔法の効果に比例して負荷が増えるからどちらかを軽減すること、と」


 ティルがノートに簡単にメモを書いた。

 そこからさらに詳しいメモと説明を追加していく。


「ま、こんな感じかな」


 ティルは、ノートに一通りの現象や実体験を書き込んでいた。

 読み返すだけで、実験のことが脳裏に浮かぶほどに濃密に書いていた。

 そして改善点も書き出されており、次の研究での課題や比較サンプルの用意などの小さなことも記されていた。

 アリサがそのノートを見ると一言「わかりやすい」と小さく言った。

 一通りのことを終えるとティルが背伸びをして、肩の力を抜く。

 気分転換にベランダの窓を開けて外に出た。

 満天の星空を見ながら、寒さに震えていた。


「さ、さむ!!」


 そんな姉を見て、アリサはさっきの感動を返してほしいと思いながらティルの上着をもって外に出た。


「上着着ないと風邪ひいちゃうよ」

「あ、ありがとうアリサ」


 ティルが顎をガチガチさせながら言う。

 そこには先ほどまでの立派な研究者の姿はなくなっていた。

 アリサは、机の上に置かれた実験用の剣に視線を送りながらティルに話しかけた。


「あれどうする?」


 実験用とはいえ、ティルが自重しないで付与をしまくった物だ。

 そこらに捨てることすらできない、超が付くほどの危険物になっている。

 しかし、彼女自身はあれが危険物だという認識は全く持っておらず、迷惑にもほどがあると言わざるを得なかった。


「捨ててもいいけど――」

「ダメ!! あんなもの捨てちゃダメだよ! ただでさえ剣は危険な物なのに、お姉ちゃんが付与(エンチャント)したものなんだよ!」


 アリサが必死に説得を試みる。

 その結果、至極真っ当なことを言われて、ティルが固まってしまった。

 先のことを考えずに行動したことに気づいたティルを見て、アリサはどこかほっとしていた。

 人智を超えるようなことを、一日でたくさん経験したことでティルが遠い存在に感じてしまっていたからだ。


「欲しい? あれは用済みだから要らないんだよね」

「もらってもいいの?」

「いいよ。手元にあっても邪魔なだけだし」

「やったー。ありがとう!」


 アリサが嬉しそうに笑った。

 なにせ鉄とは言っても、国宝級の武器だからだ。

 ティルにとっては廃棄物でも、この世界の人間が見れば喉から手が出るほどの品物だ。

 そんな物をもらって喜ばない者はいないだろう。


「鞘は自分で作ってごらん。さっきの実験で見たことをまずは実践してみるといいよ。論より慣れろっていうしね」

「なんか違うような……」


 アリサは彼女の言葉に違和感を感じながらも考えるのをやめた。

 今は目の前にある剣の方が大事だったから。 


「とりあえず頑張ってみるよ!」

「その意気だよ。頑張って」


 実験用の剣は、もはや普通の鞘には収まることはない。

 何せ、性能がかなり高いため鞘に入れた瞬間、鞘の方が壊れてしまうからだ。

 そんな武器を扱えるようになるには当然、それと同等の技術が必要だと考えて、あえてティルは鞘を渡さなかった。

 そして一通りのことをやり終えて、ティルは簡単に片づけをした。


「これで終わりかな。ちょっと大雑把だけど」

「だね。今日はお姉ちゃんと一緒に寝てもいい?」

「いいよ」

「やった」


 アリサが嬉しそうにガッツポーズをした。

 そして二人はベッドに入って手を握る。

 

「そういえばトイレは行かなくていいの?」

「だ、大丈夫だよ……たぶん……」


 アリサが歯切れ悪い言い方をした。

 一人で暗い廊下を歩くのが怖くて行きたくないのが本音であった。

 ティルもそれを察して仕方ないなと思いながら、アリサの頭を撫でた。

 

「お休み」

「おやすみ、お姉ちゃん」


 寝る間際にティルがアリサの額にキスをした。

 アリサが嬉しそうに可愛らしいを笑みを浮かべた。

 そして眠りにつくのだった。


 その夜、まだ月が上がりきっていない頃、アリサが泣きながらティルの体を揺さぶっていた。

 

「……ちゃ……おね……ん……」

「んん?」


 ティルが半目を開けて、目を擦りながらアリサを見る。


「おねーちゃん! ごめんなさい!!」

「どうしたの……あーやっちゃったんだ」


 シーツを触るとアリサが寝ていた場所が濡れていた。


「大丈夫。怒ってないよ」

「ほ、ほんと?」


 アリサが少し怯えるようにティルを見ていた。

 ティルは、どうしたらいいかと悩んでわざと漏らすことにした。

 暗がりでアリサにはシーツにもうひとつシミができていくのが見えていなかった。

 ティルが一瞬身震いして、アリサの頭を撫でた。


「実は、お姉ちゃんもおねしょしちゃったんだ。だから、おあいこだよ」

「!?」


 アリサが泣きながら驚いていた。

 そして自分のためにわざと漏らしたことに気がついた。

 先程までは濡れていなかった場所が濡れていたからだ。

 それに気がつくとアリサは、ティルの優しさに涙がさらに溢れてしまう。


「ど、どうしたの? どこか痛い? それとも大きい方も――」

「ち、違うの。……ち、違うから〜」


 その言葉を聞くとティルがアリサを優しく抱き寄せた。

 何故、悪化したのかわかったからだ。

 それから少ししてアリサが泣き止んだ。

 まだ少し嗚咽が残っていたが。


「じゃあ片付けをしようか。アリサ、トイレ行きたい?」

「う、うん。……でも、こ、怖いよ」

「そんな子にはお化けがガォー! って脅かしに来るぞ」

「きゃー」


 いきなりのことにアリサが悲鳴を上げた。


「あ……」

「そのまま全部出していいよ。どうせ片付けるし、トイレまで行くの面倒くさいから」

「お姉ちゃんのバカ……。でも、ありがとう」

「やっぱ可愛い子をいじめるとすごく可愛くなる」

「変態みたいだよ」

「……」


 アリサの一言がティルに大きな精神的ダメージを与えた。

 それを見てアリサが少し満足そうにしていた。

 そしてティルがアリサと自分の分の着替えを持った。


「シーツ取るからこれ持ってて」


 そう言ってティルが二人分の着替えをアリサに渡した。

 シーツを取ると二人は廊下に出た。


「な、何も見えないよ……」

「怖い?」

「うん。お姉ちゃんは、怖くないの?」

「ぜ、全然怖くないよ。夜目が効くから大体は見えてるからね」


 ティルが少し声を震わせながら言った。

 戦闘モードじゃないティルは、お化けを怖がることがあるのだ。

 妹の前だから虚勢を張っているに過ぎない。

 

 怖がる妹の手を取って洗面所まで歩いていた。

 その道中、アリサが怖がらないように適当な話をしていた。


「アリサもまだまだ子供だね」


 その言葉にアリサが不服そうに頬を膨らめて反論した。


「むーう子供じゃないもん!」

「おねしょしてるからまだ子供じゃないか」

「こ、これは汗なの」


 アリサが必死に誤魔化そうとしながら、ティルをポカポカと叩いていた。


「はいはい、そう言う事にしておくよ」


 そう言い頭を撫でるとアリサは顔を少し赤くして膨れた。


(うん。可愛いいやつだな)


 そんなアリサを見て、ティルは可愛いと思わざるを得なかった。


「そ、それならお姉ちゃんもおねしょしてるじゃん」


 自分のためにしてくれたことだとわかっていながらも、恥ずかしくてティルのことをつい言ってしまう。


「私のはアンモニアだから違うよー」

「アン……モニア? ……よくわからないけど――」

「着いたよ」


 ティルが遮るように言った。

 洗面所に着くとティルが周りを見渡して桶を探した。


「あったあった。ほら、ズボンとパンツ脱いで。私も脱ぐから」


 そう言うとティルがスボンを脱ぎ、次にピンクのチェック柄のパンツを脱いだ。

 それを見てアリサも服を脱ぐ。

 ズボンを脱ぐと可愛い青と白の縞柄のパンツを脱いでティルに渡した。

 アリサがハート柄のパンツを履き、ティルが赤と白の縞柄のパンツを履いて替えの服に着替えた。


「さて、洗うとしますか」

「明かりは点けないの?」


 ティルの服の裾をギュッと握りながら問いかる。


「変に明かりが点いてると怪しいでしょ、もしかしたらばれるかもよ。まぁ、私は夜目が利くから点けないってのもあるけど」 

「なるほど……。でもちょっと怖いの」

「夜目の練習だと思えば少しは怖くなくなるかもよ」


 そう言いながらティルは桶に魔法で水を入れて、その中に服を入れ洗い始める。

 そのとき誰かが近くにいることも頭の片隅に入れていた。

 ティルの魔力感知にアリサ以外にもう一人反応があったからだ。


「母上には言わないでね」

「言わないよ~。巻き添え食らいそうだもん……残念ながらバレてしまったみたい」


 そういうのが早いか遅いかのタイミングで明かりが点いた。


「何をしてるの? 二人とも」

「ははは。ばれましたな」


 そこに現れたのソフィーだった。

 アリサに視線を向けると隠したものがばれた子供の表情をしながら頷いていた。

 ティルはしっかり自分の言いたいことが通じていることを確認し、ソフィーに口を割った。


「実は――」


 ティルが事の成り行きを全て話すが、自分の所は上手くぼかしながら言う。

 それを聞いていたアリサが不服そうに頬を膨らめてティルに視線で語りかけていた。


「お姉ちゃん……ずるい……」

「それが大人ってものよ」


 そんなやり取りをソフィーが可愛い物を見る目で見守っていた。

 そしてティルが誤魔化しているのも全て察してもいた。

 ティルが誤魔化そうとしても無駄だったという訳だ。


「それなら私に言ってくれれば良かったのに」

「むーう」

 

 アリサは一人膨れながらいじけている。


「二人とも、もう遅いから私に任せて休んでいいよ」

「ありがとうソフィー。お言葉に甘えさせてもらうよ」

「お休み」

「「お休み」」


 ソフィーにティルが洗濯物を渡すと、二人は部屋に戻って行った。

 そんな二人を見送るとソフィーは小さく笑って洗濯を始める。


「ふふ。二人ともまだ子供ね」


 いつも大人びているティルがおねしょしたことにソフィーは、少し前の彼女を思い出していた。

 そして今回のことはアリサの為なのだと気づきながらも、つい子供扱いしてしまうのだった。



 二人が部屋に戻ると、ティルが数秘術を使って濡れた布団から物質を分解して乾かしていた。

 臭いまで取れたのを確認すると、二人は再びベッドの中に戻って眠りに就く。

 アリサがティルの手を握って、幸せそうな表情を浮かべていた。


 それから数時間が経ち、まだ夜明けには早い時間にティルが突然目を覚ました。

 彼女の魔力探知に数えきれないほどの魔物の群れが引っ掛かったからだ。

 ティル自身も近いうちにこうなることはわかっていたが、まさかここまで早いとは計算外であった。

 飛び上がるように起きるとベッドを降りて、千里眼を使って偵察を行う。


「わーお! 豊作ほうさく~! 素材が沢山だ」


 群れを見てなめる様に見渡しながら言った。


「お姉ちゃん、どうしたの?」


 アリサが眠そうに目を擦りながら言った。


「アリサ起きて! 敵襲!! 規模がかなりデカい」

「敵!?」


 アリサが飛び起きて、ティルの隣に移動する。

 それと同じくして西門の警鐘が鳴り響いた。

 アリサがベランダから西に視線を向けて目を凝らす。


「たぶん見えないよ。距離がそこそこあるから」

「やっぱり今のわたしじゃあ無理みたい」


 アリサが自分の実力不足に落ち込んだ。


「落ち込んでる暇はないよ! 着替えて戦闘準備しないと」

「うん! 西から鐘が鳴ってるってことは、みんな東に逃げてるんだよね?」

「それであってる。警鐘は危険がある方角から鳴るように、東西南北に設置されてるからね」


 ティルが着替えて装備を着けながら説明していた。

 アリサもティル同様に着替えを始めていたが、場慣れしていないためか着替えの速度が遅かった。


「そろそろ伝令が届く頃合いかな」


 ティルが言うのとほぼ同じタイミングで、屋敷の扉を蹴破るような音が響く。


「対応はパパ達に任せて、私たちができることをやる」

「了解!」


 ティルが剣の状態を確認し終えると同時にアリサが着替え終えて返事をした。

 先遣隊が街に侵入したのにティルが気が付き、舌打ちをした。


「チッ! 早すぎる! こっちの準備はまだ整ってないってのに」

「何かあったの?」

「街に魔物が侵入した。まだ避難が終わってないから乱戦状態になってる」

「じゃあ急いで行かないと!!」


 飛び出そうとするアリサをティルが腕を掴んで止めた。


「今は行くな。乱戦状態で私たちが行けば、周りが私たちに配慮しちゃう。それにアリサには乱戦状態での戦闘経験がないでしょ。模擬戦とかやってればあれだけど、やってないなら足手まといになるだけだよ。私も行きたいところだけど、私の魔法は周囲を考慮しないものだし、剣を使っても巻き添えを出さない自信はない!」

「……」


 現実を突き付けられ、アリサが悔しそうにスカートの裾を強く握り締める。

 ティルでも出来ないことを自分ができるなんてことを言えるほどアリサには自信がなかった。

 もし巻き添えを出したらと、考えるだけ背筋が凍る。

 どうすればいいか必死に思考するがアリサには何も思い浮かばなかった。

 否、思い浮かばなかったわけではなく、思いついても自信がなくて却下していた。

 

「悔しいのはわかるけど、今できることをやる。それが一番合理的で、たくさんの人を助けることに繋がることがある」


 そういうとティルは、部屋をあとにして屋敷の玄関に向かって歩いていく。

 すると、数人の話し声が聞こえてきた。

 それは伝令で来た兵士とアレス、そしてグエルの声だった。

 

「パパ、お兄ちゃん状況は?」

「おお、二人とも来たのか」


 グエルが二人に話しかけた。


「かなり酷いな。避難が間に合ってないせいで、市街地は乱戦状態になってる。しかも本隊を市街地に回せないせいで状況が悪化している」

「偵察の人たちは大丈夫なの?」


 アリサが斥候を心配しながら言う。


「死んだんでしょ。ここまで近づかれるまで警鐘がなってなかったし」

「はい。斥候部隊は全滅しました。先程、一人だけ戻ってきましたがその者の部隊が壊滅したことを見るとやはり希望は……」

「そ、そんな……」


 アリサが悲しそうな表情を浮かべた。


「そんなことよりパパとお兄ちゃんは前線に出るんでしょ」

「そんなこと!? そんなの――」

「今は死人よりも生きてる人のことを考える! 非常時に余計なことにリソースを割いちゃダメ!!」


 ティルがアリサに叱るように言った。

 いつも自分優しいティルが怒ったことにアリサが驚きながらも、複雑な感情を処理できずに涙を浮かべて泣くのを堪えていた。

 ティルがアリサを抱き寄せると、胸の中でアリサが泣き始めた。

 だが、そんな彼女を考慮する余裕はなく、アリサのことは考えずに話が進んでいく。


「俺達は街の魔物の処理をしてから前線に出るつもりだ。ここを抑えないと被害が大きくなる」

「なら、街は私に任せて。パパ達が前線に行くのが遅れる方が被害が大きくなる。魔物の本隊が来れば街が壊滅状態になるのは目に見えてるもん。だから、部隊を少し残して前線に行って! 災害級じゃなければ、私でも対処できる」

「……」

「父さん、ティルの言う通りオレたちは前線に行ったほうがいい。ティルは過去に大型の魔物を倒してる。その実績を考慮してもいいんじゃないか?」


 考え込むアレスにグエルが言った。


「そうだな。ティル、任せてもいいか?」

「後ろは私に任せて! 市街地防衛の部隊指揮はリティに。私は遊撃として動く。少数で街を駆けるから、連携の取りやすいセキを私の補佐に付けて。新米には、補給路の確保と最終防衛ラインでの防衛設備の強化をさせて。あまりは避難誘導を」

「それが妥当か。いいだろう。君、内容は聞いたね。俺の指示だと騎士団に伝令を頼む。その方が兵も動くだろう。俺達二人はそのまま前線に合流する」

「了解です!!」


 伝令兵が馬を走らせて、騎士団の元に戻っていく。


「アリサ、お前は避難しろ」

「やだ! わたしも戦う!」

「ダメだ! 戦闘経験もないのに乱戦状態で戦えるはずがない! むしろ邪魔になるだけだ」

「でも、みんな戦ってる。わたしだけ戦わないのは……」

「お前は避難地を守れ! それも大事な役目だ!」

「で、でも――」


 言い返すことができず、アリサが俯いた。

 そんなアリサを見て仕方ないと思い、ティルが助け舟を出す。


「アリサは私が守るよ。それに支援魔法が使えるから、後衛から支援させれば乱戦状態の中に入らなくてもいい。だから、一緒に行かせてあげてパパ。乱戦というのを見るのもいい経験になると思うの」


 アレスが少し考え込む。


「オレはいいと思うぜ。避難地を守るよりも今は避難の支援をするほうが大事だろ」


 二人の意見を聞いて、アレスがため息を吐く。


「はぁぁ。仕方ない、いいだろう。ただし、無茶はするな! それとティルから離れるなよ」

「はい!」


 アリサが嬉しそうに返事をした。


「じゃあ、行ってくる」

「二人とも、大怪我をするなよ」

「二人も無事でね。健闘を祈ってる」


 ティルが敬礼をして二人を見送る姿を見て、アリサもそれを真似して敬礼をした。

 

「じゃあ、私たちも行こうか」


 そうして二人も市街地に向かうのだった。

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