第10話 元厄災、妹と模擬戦をする
あれから二週間が経った。
今日のためにティルは夜な夜な森に入って、仮想領域結界の魔法陣などの設置等の準備を行いながら、実戦で剣の技術を高めていた。
アリサにもみっちりと稽古を着けて、魔力制御などを何とか身に着けさせてコントロールできるようにさせた。
最終段階の制御は、時間制限があるが使用できるレベルまでに仕上がった。
それ以外にも様々なことを教えており、今日がその実戦の日だ。
ティルは、日課の筋トレや剣の修業を済ませると休むことなく森に入っていた。
そしてアリサが遅れてやってくる。
「お、来たね」
「お姉ちゃん、お待たせ。待った?」
「私も今さっき来たとこだよ。昨日はちゃんと眠れた?」
「バッチリ!」
アリサが親指を立てた。
「ならよし! じゃあ、始める前に装備を渡しておくね」
「装備は持ってきてるよ」
「それじゃあダメ。私とアリサの差を少しでも埋めるためには、ちゃんとした装備が必要だからね。本音を言うとあまり高性能の装備は渡したくないんだけど仕方ない」
ティルが異空間収納に手を入れて、目的の装備を探しながら言った。
アリサは、その意味がわからず首を傾げてしまう。
その様子を見てティルが説明をする。
「装備の性能を自分の実力だと勘違いしてほしくないからだよ。自分の実力を見誤れば、実戦だと死に直結する。だから、アリサには装備の性能に頼るようなド三流の魔導士にはなって欲しくないの」
「あーなるほど! お姉ちゃんの言いたいこと何となくわかった気がする」
「ならよし」
そう言うとティルがまず杖を渡した。
杖はアリサの身長よりもやや大きい。
「その杖は、魔杖マジェスティアス。能力は主に魔力増強や魔法の性能を大幅に上げる効果がある。そして魔力消費無しで身体能力強化の常時強化とかの効果もあるよ。実戦を通して杖の性能を分析しなさい。愛用の武器を失った時の練習だと思って」
「わかった」
なぜティルが魔杖を保有しているのか疑問に思ったアリサだったが、それを聞くことはなかった。
聞いたところで誤魔化されると悟ったからだ。
「あとは防具かな」
「森の中でお着替えはあまりやりたくないよ〜」
アリサが嫌そうに言った。
「大丈夫」
そう言うとティルが指をパチンッと鳴らして、換装の魔法を使った。
すると、一瞬で服装が変わる。
古龍の鱗の破片やオリハルコンが少し含まれた合金を使って作られた特殊なシャツを装備し、ローブには様々な装飾がされており、一流の魔導士が着るような見た目だ。
そして装備への魔法の付与はティルが行ったため、自重されていないのでエグい性能になっていた。
「ね。大丈夫って言ったでしょ」
「すごい――」
見たことのない魔法に、アリサが目を輝かせた。
「お姉ちゃんは、装備を着けないの?」
「流石に着けるよ。アリサのその装備だと、性能で押し切られちゃうから」
ティルも換装の魔法で装備を着けた。
これを着るのは、すごく久しぶりだな。私がまだ純粋に魔導士をやっていた頃だから、何千年以上前だろ。
思い入れのある装備を見て、昔を思い出していた。
見た目は、白を基調にしたシンプルなデザインだが、所々に装飾があったり黒いラインが入っている。
駆け出しから熟練の魔導士が着ても違和感がないものだ。
「よし、やろうか」
そう言うとアリサが杖を構える。
「まだ始めないよ。見えるでしょ? この大規模な仮想結界が」
「うん。これをやるために期間を設けたんだね」
「技術的な面も含めて鍛える必要があったのは事実だよ。でも目的としては魔力溜まりの魔力を使って少しでも解消させることだからね。ランダム転移によって森のどこかに転移してから模擬戦を始める。じゃあ、転移開始――」
「待って! お姉ちゃんは杖を装備しないの?」
「抜かせてごらん。ハンデとして開始五分は、スタート地点から動かないからね」
ティルがそれだけを言い残すと問答無用で転移を発動させた。
互いの視界が白く染まった。
初めての転移でアリサが目を瞑った。
そして目を開くと森のどこかにいた。
「ここは?」
アリサが辺りを見渡したが、見覚えのある景色ではなかった。
そしてすぐに魔力探知を発動させた。
「この辺にはいないみたい……」
結界の影響で夜になっていた。
それだけに警戒心が一層深まる。
周囲に注意して、森の中を進んでいく。
「魔物もいるんだ……。そうだよねー。実戦に近い形式ならいて当たり前だよね」
アリサがティルのやりそうなことだ、と思いながら周囲に目を向ける。
そして魔物を避けて慎重に進む。
「そろそろ五分経った頃かな?」
彼女の予想通り、開始からすでに七分が経過していた。
その頃のティルは、索敵魔法を発動させた。
「見つけた」
森全体が索敵魔法の範囲だった。
結界の影響で、ティルの体が強化されて少しだけなら本気を出せる状態になっていた。
飛行魔法を使って一気に距離を詰める。
「――飛行魔法。本当ならここから爆撃するけどね〜」
ティルが途轍もない速度で木々を避けながら移動する。
そして魔力弾の射程範囲にアリサを捉えた。
すると、八〇発の魔力弾を放つ。
魔力弾のいくつかには、爆発やその他の属性を付与していた。
アリサが不意を突かれて、咄嗟に防御魔法を使った。
「どこから!?」
すぐに木の後ろに移動して、障害物にした。
だが、ティルはそれを予測しており、いくつかの魔力弾が左右から襲いくる。
アリサが慌てて飛び込むように回避した。
しかし、回避した先にも魔力弾が迫りくる。
まるで未来予知をしたかのように正確な攻撃だ。
空振りに終わった魔力弾が、軌道を変えてアリサの移動場所に襲いかかる。
外れてどこかに行ってしまう物もあったが、アリサが必死で迎撃をしていた。
「どこにいるの?」
魔力探知でティルの位置を探るが、一向に見つからない。
その間も草木の隙間から魔力弾が飛来する。
(お姉ちゃんは、わたしに必要なことは教えたって言ってた。ってことは、何かを見落としてるはずなんだけど、余裕がない)
防戦一方になりながらも必死に考える。
そしてティルの一言を思い出す。
「いいアリサ、魔導士との戦闘では魔力探知を当てにしちゃダメだよ。動体探知や音響索敵とか他の索敵魔法も多用して戦うこと。できることなら、探知系魔法を全て統合した魔法を開発して使う方がコスパがいいよ」
不意に頭に浮かんだティルのアドバイスを実行に移す。
「お姉ちゃんが言ってた意味がやっとわかったよ」
アリサが知る限りの索敵魔法を全て同時に使った。
(頭が痛い。魔法の並列発動がこんなに辛いだなんて。練習でやったけど、実戦だと集中力が乱される……)
痛みを堪えて索敵を続行する。
そしてやっとティルを補足した。
「なにその速度!?」
飛行魔法で常に場所を移動するティルを見つけて、アリサは驚愕を隠せなかった。
ずっとティルがいる思っていた場所には時間差や置き弾の魔力弾があることを知って戦慄する。
擬似的な多対一をやっていたからだ。
「こんなこともできるんだ。って、感心してる場合じゃない!」
アリサがティルを追うために飛行魔法を使う。
「――フライ」
ティルを追いながら魔力弾を放つ。
しかし、全ての魔力弾を魔力弾で迎撃された。
「いざ実戦でやると練習よりも難しい」
魔力弾の射線を常に引き続ける難しさに、アリサが悪戦苦闘する。
定型的な射線では、ティルを捉えることができないことを知っているからだ。
「見つけた!!」
何とか目視でティルを捉えた。
「――インパクト」
アリサが真横からのティルの攻撃を直撃した。
「きゃ!!」
アリサが吹き飛ばされた。
地面を転がって、すぐに体勢を立て直す。
「いつもの間に!?」
「アリサが追ってたのは幻影だよ。捕捉されるのと同時に入れ替わったの。魔法に頼りすぎたね。ちゃんと目視も判断材料に入れること」
ティルがアリサと距離を取りながらアドバイスをした。
互いに睨み合う。
ティルが急に高度を上げる。
アリサも高度を上げようとしたが、ティルが魔力弾を放って阻止した。
アリサがティルに攻撃を仕掛けようとしていた時、絶望的な光景が彼女の視界に映った。
「うそ……でしょ」
ティルが数え切れないほどの魔法陣を展開していた。
そしてフレイムランスが放たれた。
弾幕のように放たれて、途切れることを知らない。
アリサが必死に逃げ回る。
だが、途切れない。
地上は火の海になり、降りることが許されない。
そしてティルが魔力砲でアリサを狙い撃つ。
「ヤバッ!!」
アリサは急加速したことで、ギリギリで回避した。
そしてアリサも逃げながら反撃に移る。
杖に魔力を集中させ、自分の背後に展開した魔法陣っと共に魔力砲を放つ。
しかし、ティルは回避することはなく、ピンポイントで魔力障壁で防ぐ。
「炎は収束し、敵を穿つ矛となり、我が呼び声に応えてその威を示せ」
「其は魔導を極めし者。我が理想は果て行き、漆黒の炎を以って世界に威を示す理なり。汝、一切の望みを捨て、流転せし世界とともに果てるがいい」
アリサが攻防しながら詠唱を行う。
それに合わせてティルも超高速詠唱を行っていた。
「――ファイヤーランス!!!」
「――フレイムランス」
互いに同じ魔法を使う。
ティルの魔法は彼女の世界の魔法だが、性能をアリサの物と同等まで落としていた。
しかし、それでも詠唱によるブースト量はティルの方が上だ。
互いに魔力障壁で防ぐが、アリサの障壁が抜かれて直撃した。
「!? ガハッ!!」
右肩から右横腹が消し飛んだ。
「――ディアリスヒーリング!!!」
アリサが意識が無くなる前に、今、自分が使える最高位の回復魔法を使う。
その間もティルが容赦なく詠唱魔法を放つ。
一発撃ち終えると、すぐに二発目を撃つ。
「終焉の劫火よ。世界を包む檻となりて、星を焼き尽くす星となれ。終末はここにあらん。――ゼノ・ブレイズ!!!!」
アリサがティルがよく使う最上位の火属性魔法を使う。
練習の合間に教えてもらっていた成果が出た。
魔法を放つのと同時に、かなりの魔力を持っていかれるのを感じた。
そしてドス黒い火球がティルに直撃した。
「やったか!?」
ティルは魔力障壁の全方位ガードで最高の一撃を防ぎきった。
「結構よかったよ! 今のは」
そしてティルが多重詠唱を行う。
口で言葉を紡ぎ、心臓で音を刻み、血流で魔力と同化する。
その三つの動作で、無数の詠唱が発動した。
「――アイシクルスピア」
その言葉に釣られて、アリサが氷属性に特化した魔力障壁を展開した。
しかし、実際に放たれたのはフレイムランスだった。
「しまった!?」
アリサが緊急回避を行った。
避けきれないと判断して、まだ練習中の転移魔法を使う。
なんとかして全ての攻撃を回避できた。
しかし、ティルが勉強させるために威力がない魔法をアリサに当てた。
「ひゃっ!?」
アリサが不意を突かれて変な声を出していまう。
「短距離転移は視線の先、数メートルしか転移できないから気をつけて。熟練させれば視線の条件がなくなるけどね」
アドバイスの時だけ、ティルは攻撃をやめた。
(強すぎる! 常に動き回らないとすぐに負けちゃう。このままだとジリ貧だし、ここで決めよう!)
「人魔解放!!」
アリサがティルとの練習を思い出す。
「人魔解放?」
「そう。人間の内には、悪魔が住んでるって聞いたことない?」
「聞いたことはあるよ。でも、あれって例えだよね?」
「そうだね。内に秘める獣と悪魔。人は、獣性を理性で縛り付けることで秩序を作り、知性を以って悪魔を封じてる。だけど、悪魔を封じたことで人は、その真の力を使えなくなった。それを使うための技法が人魔解放なの」
「もし獣性を開放したらどうなるの」
「十中八九暴走する。どちらか片方は、封じないと行けないよ。じゃないと力に飲まれるから。じゃあやってみよっか」
ティルの指示に従い、アリサが意識を内に向ける。
自分の姿をした影を開放するイメージをして唱える。
「……人魔解放」
呟くように小さな声で言った。
すると、体の内側から尋常ではないほどの力は込み上げてくる。
「これがわたしの力」
「ううん、違う。それは一旦にしか過ぎない。人魔解放状態の基本的な共通能力、それが身体能力の強化。さらにその先にある固有能力こそが本来の力なの。固有能力は、使用者の性格や人格といった全ての要素から決まるって言われてる」
「わたしの能力ってどんな力なんだろう」
「それは固有能力が使えるようになるまでのお楽しみだね」
「ちなみにお姉ちゃんの能力って何?」
アリサが興味深そうに聞いてくる。
「私の能力、それは……」
「それは?」
「ナイショー」
「えーー。教えてよ」
「あえて言うなら雑魚くて弱い能力かな。なぜか、人魔解放中は魔法が使えなくなるし、魔法でさらに強力な力として再現できるからね。まあ、使えなくなる理由の予想はついてるけど。……それはさておき、練習を始めるよ」
「りょーかい!」
それからの地獄の時間も思い出し、アリサが顔をしかめた。
更にティルは、技能を使う。
「融裂活性!」
魔力を極限まで爆縮させ、解放したと同時に融合させることで莫大な魔力を生成する。
ティルが常駐させている魔力の制御だ。
(人魔解放でやっと三〇秒だけ使えるようになった。ここで決めないと)
アリサの魔力量が爆発的に増加した。
器である体がそれを受け止められず、魔力が体外に溢れ出す。
「一気に決めるつもりだね」
ティルが攻撃の密度を上げる。
アリサは、全方位の攻撃を全力飛翔で回避しながら迎撃する。
「――ゼノ・ブレイズ!」
「あまい!」
ティルがアンチスペルを使って、ゼノ・ブレイズの魔法陣を論理破綻させた。
漆黒の太陽は、ティルの元に届く前に消滅する。
次々にアリサが魔法を使うが、瞬時に解読されて魔法陣が破壊されていく。
(あと六秒……。一か八か!)
アリサが特攻を仕掛けた。
魔力障壁を全面に集中展開する。
正面からの攻撃を全て防ぎながら、突っ込んでいく。
そしてティルの懐に入ると間髪入れずに発動を保留していた魔法を解き放つ。
「――レイジ・ディザリア!」
「!?」
ティルが防御を魔法の発動に間に合わせた。
しかし、アリサの一撃はティルの魔力障壁を貫いた。
上半身の左が半分ほどが消し飛んでおり、内蔵の一部が零れ落ちた。
「いいものもらっちゃった」
ティルが嬉しそうに言った。
そして指を鳴らすと、負傷したティルの隣に無傷のティルが現れた。
「え!?」
アリサが息を切らせながら、驚きの声を上げる。
「第三位階魔法のホロスタだよ。それに魔力を与えて実体化させただけの、ね」
「だって探知には――」
「魔力を消して気配を断って自然の魔力を身に纏うことで擬態してたの。第6位階のアジェスタの模倣技能を使っただけ」
「魔法の模倣……」
アリサが悔しそうに唇を噛む。
一矢報いたと思ったら、それがとろうだったからだ。
それと同時に驚愕していた。
上位魔法を技能で再現したその腕前に。
「さて、ここからが本番だね。全力を超えてかかってきて」
「でも、もう体が……」
「私が渡した装備のこと忘れたの? その装備を着けてこの結界内にいれば、いつも以上の能力が出せる」
「そういえば、まだ限界が来てない」
いつもならとっくに限界に到達して、能力を解除していた。
それを教える痛みや危機感が無いことにアリサが気がついた。
「まだまだやれるよね?」
「うん!」
「じゃあ少し本気を出してあげるね。私に杖を抜かせたご褒美だよ」
アリサの攻撃を受ける瞬間にティルが自身の愛杖を異空間収納から取り出していた。
咄嗟に杖を抜いたが、結果は間に合っていなかった。
そしてティルが杖を構えるのを見ると、アリサが身構えるのだった。
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これからもよろしくお願いします。




