第9話 元厄災、妹を鍛える
あれから1ヶ月後。
ティルは、朝から騎士団の訓練に参加していた。
体に重りを着けて、さらに筋肉が肥大化しない魔法を常時使っていた。
そして今は走り込みを行っており、周りの新米騎士を含めた騎士達の中でも群を抜いて重い物を着けていた。
それを見たセキが、顔を歪めていた。
「よくそんな重いもの着けて走れるな」
「筋力と体力は剣士の基本でしょ。これがないとすぐへばっちゃうしね」
「そうだけどよ。見てるこっちが疲れそうだ」
「鍛え方が甘いんじゃないの? よかったら私が隊長に推薦しとくよ」
「やめろーー!!」
二人のやり取りを見て、周囲の騎士が笑っていた。
「おい、セキ、隊長に鍛えてもらえよ」
「じゃあ、ジュースも一緒にやろうぜ」
「……遠慮させてもらう」
そんなことを話していると、隊長であるアベルの耳に入ってしまった。
「お前ら!! 無駄話をする余裕があるみたいだし、メニューを追加だ! 喜べ!!」
騎士の列のあらゆるところで、絶望の悲鳴が上がる。
セキがティルに恨むような眼差しを向ける。
それに気がついたティルが、してやったと言いたげな悪い笑みをを浮かべた。
そしてティルが先頭を走るアベルの元まで駆けて行った。
「隊長、そういえば魔力溜まりの影響は、どの程度まで軽減してるの?」
「そこそこだな。魔物の発生量は減ってきている。動物の方が増え始めているな、体感的に。なにか気になることがあるのか?」
「各地で生息地を離れた現竜種が目撃されてるから、古龍種が動いてるんじゃないかと思って」
「だけど、やつらは基本的に縄張りを離れないだろ。ましてや休眠期間が長すぎて、人間じゃあ見ることすらレアだぞ」
「まあね。ただ、ワイバーンが生息域を離れたのと魔力溜まりの発生時期が重なったから少し不安だったの」
「言いたいことはわかるが、まあ大丈夫だろ。大抵の魔物なら普通に倒せるからな」
「そうだね」
軽く一◯キロほど走り終わると騎士団の詰め所に戻り、筋トレなどが始まった。
当然、ティルは周りよりも負荷を大きくして筋トレを行う。
アベルと同じ負荷で行うため、新米の騎士がドン引きしていた。
そして筋トレが終わると剣の稽古が始まる。
最初は素振りを行い、そのあとは型の確認を行って打ち合いを行う。
その後に模擬戦が始まった。
模擬戦でもティルは無双していたが、アベルが相手になった瞬間に勝てなくなった。
何度も再戦するが、簡単にあしらわれてしまう。
経験不足もあるが、純粋に技術が足りていなかった。
駆け引きは、前よりは良くなったがそれでも力不足だった。
何度も負けて、体力がなくなったとこでティルの番が終わる。
「ひ〜、相変わらず強すぎ。鍔迫り合いとか、筋力差で押し切られるんだもん」
ティルが悔しそうにしていた。
隣にセキがいるが、疲労でダウンしていた。
「お前の体力もかなりの化け物だぞ」
「むー女の子に化け物は酷くな〜い? そんなこと言ってるとモテないよ〜」
ティルが小悪魔みたいな微笑をして煽る。
なにかい言い返そうとするが、セキにはその余力がなかった。
「言われてるぞーセキ」
そのためか、周りの先輩騎士から色々言われていた。
それを聞いてティルがクスクスと笑う。
そうこうしていると騎士団の訓練が終わり、ティルは詰め所をあとにして森に向かった。
次はアリサに魔法の訓練をつける時間だ。
毎日これの繰り返しのため、ほぼ日課になっていた。
森に着くとアリサが魔法の練習をして、ティルが来るのを待っていた。
「おまたせ~」
ティルが声を掛けるとアリサが嬉しそうに、ティルの元に駆けてきた。
「いつものは、済ませといたよ〜」
「じゃあ、早速始めようか」
そう言うとアリサが魔力解放を行う。
体外に魔力を解き放ち、その副作用を利用して魔法性能の向上と身体能力強化などの精度を上げる練習だ。
魔力消費速度が大幅に上昇するため、それを抑えて効率的に運用する方法も練習する。
あらゆる環境で使える魔導士の奥の手に近い切り札のため、ティルはこれの習得と熟練度の上昇を優先していた。
この練習を終えると解放状態を維持したまま、魔力弾や魔法の命中率を上昇させる練習を行う。
これは、魔力操作や制御の精度を上げることで身につく技術でもあるため、一石二鳥の練習なのだ。
「いいよ、その調子で出力を上げてみようか」
「うん! わかった」
魔力の解放量を増やす。
瞬間的な出力の上昇の練習も同時に行う。
「ふと思ったんだけど、こんなに魔法に詳しいのに、なんでお姉ちゃんは魔法を使わないの?」
「うーん……なんていうか飽きちゃったって言うべきかな。魔法は極めちゃったから、やることがほとんど残ってないって言うのが正解かな。まだ少しやり残してる魔法文字があるから、その研究が終わればやることがほんとになくなっちゃうからってのが理由だね」
「わたしとあまり歳が変わらないのになんで極めたって言えるの? こういうのってすごく時間がかかるものじゃない?」
「あははは。た、たしかに……」
ティルは転生のことを伝えていないので苦笑いで誤魔化した。
「それより魔力制御が乱れてるよ」
「あっ」
露骨に話を逸らした。
「それにしても今日、寒くない?」
アリサが白い息を吐きながら言った。
「まさか、真夏に真冬の服を着ることになるなんてビックリだよね」
「あ、雪だ」
二人が空を見上げた。
季節外れの雪が静かに降り始めた。
もしかして古龍が近くにいるの? そうなると、かなりまずいかも。古龍は、無意識のうちに自然干渉するから災害が起きるなんてよくあることだし。
ティルが最悪な状況を想像し、そんなことが起きないことを祈る。
一人で自分の世界に浸っていると、アリサの声で現実に引き戻される。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! 大丈夫? 急にボーッとして」
「大丈夫だよ。少し考え事してただけ」
「それならよかった」
ティルに何もないことがわかって、アリサが安堵した。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「どうしたの?」
「お姉ちゃんの魔力解放を見せてほしいな〜。お手本にしたいから」
「ふむ……」
ティルが顎に手を当てて少し考え込む。
そしてすぐに結論を出した。
「いいよ」
ティルが抑制の首飾りを外す。
見た目は普通の黒いチョーカーだが、魔力を抑え込む効果がある。
「これ持ってて」
「うん」
ティルが一回深く息を吸って吐いた。
「いくよ」
「いつでもいいよー」
それを聞いた瞬間に魔力解放を行う。
魔力を解き放った瞬間に、周辺に重苦しい空気が漂い、瘴気が充満する。
そのため二秒で解放状態を解除した。
ティルの魔力を目の当たりにしたアリサが震えていた。
予想よりも濃密で膨大な魔力。
そして生命を奪うほどの瘴気が本能的な恐怖を刺激した。
「大丈夫?」
「う、うん。ちょっと出ちゃった以外は大丈夫だよ」
「よしよし」
ティルがアリサを抱き寄せて、頭を撫でる。
「ごめんね。怖かったよね?」
「ううん。ちょっとびっくりしちゃっただけ」
ティルの胸の中でアリサが首を振って否定した。
涙が出てるのを見られたくなくて、アリサはしばらくティルの胸に顔を埋める。
「ごめんね。胸なくて」
「お姉ちゃんなら、胸が大きい美人さんになれるよ。母上があんなだから」
「説得力がすごい」
二人は、母であるミカエラのことを思い浮かべてクスリと笑う。
「落ち着いた?」
「うん、ありがとう。それとこれ」
「ありがとう」
ティルは、アリサからチョーカーを返してもらい首に着けた。
「そのチョーカーいいなー。前からかっこよくて欲しいと思ってたの」
アリサが羨ましそうに、チョーカーを見ていた。
「じゃあ、この度買いに行こうか」
「やったー。楽しみが増えた! これからの練習も張り切っちゃうよ!」
アリサがやる気満々だった。
「それにしてもお姉ちゃんの魔力すごかったよ。なんていうか、圧迫されるというよりも何かを奪われるような感じだったし、魔力量も私の比じゃないもん」
「ありがとう。アリサもしっかり練習すれば、この域にすぐになるよ」
「お姉ちゃんを目標にして頑張るぞー!! おー!」
そうしてアリサは、ティルが指示した練習を全てこなした。
そして模擬戦も何回もこなす。
今回もティルは自分に縛りを設けていた。
それを行うのは、どんな状態でも対応して動けるための練習にもなるからだ。
一通りのことを終えると、ティルが満足そうにしているのにアリサが気がついた。
その様子を見て、アリサがワクワクしながらティルに尋ねる。
「お姉ちゃんもしかして!?」
「そのもしかしてだよ。魔力制御の最終段階に移行するよ」
「やったー!! やっとここまで来たの」
六年前に魔力制御の練習を始め、やっとそれをものにできた達成感とこれから行うことへの期待感がアリサの胸を膨らませる。
夢にまで見たその時が来て、喜びが抑えられずアリサがニヤけていた。
「じゃあ、いつも通り私が制御するからアリサは感覚で覚えてね」
「わかった。いつでもいいよ」
「じゃあ、やるよ」
ティルがアリサの背中に手を置いた。
魔力制御の主導権を握り、魔力制御を始めた。
魔力を極限まで圧縮し、それを解放して膨張させる。
そして魔力を圧縮した状態で融合し、そこから発生するエネルギーを魔力に変換し、圧縮を解除して膨張させる。
膨張させると魔力反発が起きて、それを利用して分裂させることでそこから発生したエネルギーをさらに魔力へと変換した。
核融合と核分裂の理論を応用した魔力増幅制御法を行う。
一歩間違えれば魔力核力爆発が起こり、周辺一帯が消し飛ぶ程の危険な方法だ。
故にティルの前世でもこれができる人間は、極々一部しかいなかった。
「う、うぅぅぅ……。あぁぁぁああ!!」
アリサが苦痛で顔を歪ませ、苦しそうにもがいていた。
(い、息がうまく吸えない! 体が爆発しそう!! 苦しい辛い)
その様子を見たティルが声をかける。
「一旦休憩する?」
「だ、大丈夫……続けて」
「わかった。続けるね。辛かったら言ってね」
「う、ん」
それから数分経って、休憩を挟んだ。
そしてそれが終わるとまた始めた。
それをずっと繰り返す。
終わる頃には、アリサが息を切らしていた。
「はぁ……はぁはぁ……」
「お疲れ」
「ありがとう」
ティルがアリサに水筒を渡した。
アリサが水を一気に飲んでいく。
「ぷはぁー。生き返る〜」
「どう? 慣れそう?」
「なんとか、かな。……いつもこれやってるの?」
「まあね。最初は、私も苦労したよ。何回腕とか足が弾け飛んだことか」
ティルが冗談混じりの苦笑いを浮かべる。
「お姉ちゃん、感覚を忘れる前に自分でもやってみたい。いいかな?」
「うーん……」
ティルが少し考えた。
「いいよ。いざとなったら私が制御する」
「やったね! じゃあ、始めるよ」
アリサが先ほどの感覚を思い出しながら、魔力の制御を始めた。
制御は成功し、アリサも上手くいったと思っていた。
だが、それから数秒で魔力の制御が効かなくなり暴走を始める。
暴走が始まると同時に、ティルがアリサから主導権を奪い取って、魔力の制御を行った。
「上手くいったと思ったのに……」
「初めてにしては上出来。悪くなかったよ。でも、集中が少し乱れてた。マスターするまで消耗が激しいから空いてる時間に瞑想とかで集中力を鍛えるといいよ」
「うん! もう一回いい?」
「じゃんじゃんいこうか」
「やったー」
そうして日が暮れるまで、アリサは魔力制御の練習を行う。
日が暮れると二人は帰路に着いた。
その道中でアリサが前々から思っていたことを口にする。
「お姉ちゃん、一回でいいからわたしと本気で戦って欲しい!!」
「それって魔法を使ってってこと?」
「そう!」
「もう魔法は使わないつもりなんだけどな。使っても身体能力強化とかの基礎と低位の魔法くらいって決めてるし。緊急時とかなら話は別だけどさ」
「お願い! どうしても戦いたいの」
「どうしてそこまでこだわるの?」
アリサの可愛らしいお願いに、ティルの心が揺らいだ。
「目標が定まらないんだ。強くなるって目標はあるよ。でも、なんて言うのかな……う〜ん、行きたい国が決まってても見に行きたい景色が決まってないみたいな感じ……かな?」
「目標のとりあえずの着地点が見つからないってこと?」
「そう! そんな感じ!!」
ねだるような瞳を向けられ、それに逆らえるはずもなくティルは首を縦に振ってしまう。
「はぁ、仕方ない。昔からそのおねだりには弱いんだよね」
「いいの!?」
「ああ。その代わり条件はあるよ」
「どういう条件なの?」
「まず、一〇〇%の本気は出さない。理由として、下準備をしたとしても体が持たないから。仮に本気を出せたとしても勝負にならないからね。さらに魔法を本気で使うと仮想領域を破壊して、蘇生などができなくなる恐れがあるからかな。もう一つの条件は、私は第四位階より下の魔法しか使わないよ。さっきも言ったけど、これ以上の魔法だと一瞬で決着が着いちゃうからね」
「うん、わかった。少しでもお姉ちゃんから技術を盗めるように頑張るね」
「うんうん、その意気だよ。準備もあるからやるのは二週間後にするね」
「了解!」
アリサが嬉しそうに敬礼した。
そんな彼女を見て、ティルはつい頭を撫でてしまう。
「そうと決まれば、明日からみっちり鍛えていくよ。二週間後までには、仕上げるつもりでいてね。私の知る限りの技術と魔法とかを叩き込むからね」
「頑張る」
アリサが両手でガッツポーズをして不敵の笑みを受けべるのだった。
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これからもよろしくお願いします。




