第8話 予感
あれから六年が経った。
アリサは一◯歳になり、ティルは一二歳になっていた。
アリサは今もティルから魔法を教わっている。
二人は現在、マキリの森に来ていた。
入って少し進んだ場所で、剣と魔法の練習をしている。
「アリサ、これはどう対処する?」
ティルが自分で作ったゴーレムと剣だけで戦闘をしながら、アリサに五つの魔力弾を分散させて放つ。
魔力弾がある程度進むと、アリサを包み込むように軌道を描いて、彼女に襲いかかる。
「それなら!!」
アリサが球状に魔力障壁を展開して、全方位ガードを行った。
魔力弾を全て防いだ。
「なら、これは?」
ティルが魔力弾を無数に放った。
アリサは、対処できないと踏んで、先ほどと同じように全方位のガードをした。
しかし、数発で魔力障壁が砕け散った。
「きゃぁ!」
防ぎきれなかった魔力弾が全て直撃した。
殺傷力は皆無だが、そこそこ痛い。
「言ったでしょ。魔力障壁は、防御面積を大きくするほど耐久力が脆くなるって。魔力がたくさんあれば例外もあるけど、基本的に耐久力を上げると魔力消費が激しくなるから一点集中したり、短時間の展開を意識して!」
「もう一回、お願い!!」
その言葉を聞いた瞬間、さっきの倍の量の魔力弾を放った。
アリサがぎょっとした表情をうかべたが、即座に防御態勢に移った。
魔力弾を一つ一つ認識して、丁寧にガードした。
そしてラストの数発が、当たる直前で軌道を変えた。
防御が間に合わないと感じて、全方位ガードをする。
そして魔力障壁で完璧に防ぎきった。
「いい判断だよ」
「ありがとう。……てか、お姉ちゃん、どうやってわたしをみてたの? そんなに激しい戦闘しながらだと、見れなくない? 背中とかに目があったりするでしょ」
「流石にない、よ! っと」
ティルがゴーレムの攻撃を弾き返した。
「魔力感知とか、そういうのを使えば直接見なくてもなんとかなるんだよ。まーこれは感覚的なものだから、言葉にできないんだけどね」
「むー、なんかずるい」
アリサがそう言って二◯個の魔力弾を放った。
ティルは、ゴーレムに攻撃しながら剣で迎撃した。
魔力探知を使わずに、今まで修行で培ってきた感覚だけで捌き切った。
そしてゴーレムの大ぶりの攻撃を回避して、胸にあるコアを斬り裂いた。
「えーこれも効かないの!?」
「伊達に、パパに鍛えられてないよ」
「魔導士が剣を覚える必要ってあるの?」
「あるよ。達人とまでは行かなくても、ある程度使えた方がいいのも事実。なぜなら、寄られると一気に弱くなるから」
「? どういうこと?」
「魔導士の間合いなら一発の魔法で、敵を蹂躙できる。でも、剣士の間合いなら魔法を撃つよりも、剣で攻撃される方が早いから、それに対処出来ないと斬られるからだよ」
「あー言われてみれば確かに。なら、わたしも使えたほうがいい?」
「いずれね。今はまず魔法に専念しようか」
「はーい」
お互い水を飲んで休憩していた。
一休みが終わると、アリサが模擬戦をティルに頼んだ。
「お姉ちゃん、模擬戦してほしいよ」
「わかったよ〜。アリサも成長したし、そろそろ本格的な模擬戦をしようか」
そう言うとティルが、指をパチンッと鳴らした。
すると二人を中心に、円が描かれてその中に魔法陣が展開される。
「これは?」
「この魔法は、仮想領域結界アパス・ネーベって言う魔法だよ。この円の範囲なら死ぬような傷を受けたり、魔力が切れても戦闘終了直後に回復される効果がある。いわゆる訓練用の魔法っていえばわかる?」
「じゃあ、首を切られたり、心臓を貫かれても生きてられるってこと?」
「そう。この中では、死ぬことがないから文字通り殺しに来て大丈夫だよ。それとアリサの前に出てるパネルがあるけど、ちゃんと見えてる?」
「この数字が描かれたやつ?」
アリサの目の前には、◯から一五までの数字が表示されたパネルがあった。
五の数字の下に標準と書かれていた。
「それは、痛みの設定をするためのものだよ。五が現実で受ける痛み、数字が小さいほど感じる痛みが小さくなってゼロだと痛みがなくなるよ。逆に数字が大きくなるほど、感じる痛みが大きくなるの。数字の下の棒を移動させて調節できるよ。私は標準以上をおすすめするよ。痛みに慣れておかないと、実戦で怯んだりして隙を作ることに繋がるからね」
「じゃあ、このままでいいや。お姉ちゃん、始めよう」
「ちょっと待って」
そう言うとティルは、目隠しをした。
そして左腕を拘束する。
「えーと……」
アリサが何をしてるのか、理解できずに首を傾げた。
「これは、実際に目が見えなくなったり、腕が切断されたりして使えなくなったことを想定しての訓練かな。それにこれくらいの縛りがないと、うっかり本気を出しちゃいそうだから」
「それで戦えるの?」
「魔力探知とかの魔法を併用したり、気配を探って戦えば何とかなる。私も、この機会に練習したいから」
「わかったの。でも、容赦しないよ」
「受けて立つ」
そう言って、アリサがコインを弾く。
空中で回転しながらコインが、地面に落ちた。
その瞬間、アリサがファイヤーボールを複数展開して、ティルに向かって放つ。
ティルは、それを魔力弾だけで迎撃した。
ファイヤーボールは、何かにぶつかると小爆発する特性がある。
その特性を利用して、魔力障壁ではなく魔力弾での迎撃にしたのだ。
そして魔力弾は、貫通性と耐久力を高めてあった。
そのため、火球を貫通して後ろのアリサに向かって飛来した。
しかし、もうすでにアリサはその場所にはいなかった。
アリサは、ティルの側面に移動した。
そして攻撃しようとしたときだった。
ティルが先ほど放った魔力弾が左右に軌道を変えて、ティルの側面の方向を攻撃する。
片方は空振ったが、もう片方はアリサめがけて飛翔する。
あらかじめ、ティルが引いた射線の上にアリサが移動した形になったのだ。
やり過ごしたと思い込んでいたため、アリサが咄嗟に防御しようと慌てたせいで魔力制御がうまくいかず、発動中の魔法を暴発させた。
生成中の火球が眼前で炸裂して、アリサが吹き飛ばされた。
「きゃあ!!」
結果的に魔力弾を回避したが、かなりのダメージを負った。
「魔力制御が疎かだよ。魔導士なら常に冷静になりなさい。焦って冷静さを失えば、今みたいに暴発させたりして、戦況を悪化させるかもしれないから気をつけて!」
「はい!!」
アリサがすぐに立ち上がると、魔法を展開して炎の槍を生成する。
「――ファイヤーランス!!」
ティルは魔力障壁で全ての攻撃をピンポイントでガードした。
(もーなんで見えてないのにピンポイントで防ぐの!?)
理不尽だ! と言いたげな表情ですぐさま牽制のために魔法で攻撃した。
ティルは、それを魔力弾で迎撃した。
そして数えるのも嫌になるほどの魔力弾が生成された。
それを見てアリサの表情が歪む。
「え? ちょ、ちょっと待ってー!!」
「待たないよ〜我が妹よ」
魔力弾が雨のように降り注ぎ、逃げると追尾するように追ってくる。
さらに先回りするように魔力弾が正面から襲いくる。
「いい? むやみに魔法は使わないように。魔力弾でもこれだけ戦術的に攻撃ができる。魔力操作の技術を高めれば、魔法の威力向上にも繋がるからね。まずは、リアルタイムに射線を引いて、自在に動かせるようになることが目標かな。雑魚はこれで仕留められるように」
ティルがアリサに色々と教えていた。
アリサはそれどころではなく、必死に逃げたり、魔力障壁で防いだりしながら聞いていた。
そしてなんとか凌いでいると、属性が付与された魔力弾が直撃して爆発した。
「ひゃっ!」
アリサが盛大に吹き飛んだ。
「魔力弾は、最小の魔力を使うだけでこんなふうに弾に属性付与ができるし、使い手によっては化けるよ」
「むー! なんで目隠しして攻撃が当たるの!?」
「魔力感知を卓越させれば余裕だよ」
ティルが余裕そうに講義していると、アリサが一気に距離を詰めた。
接触が条件の強力な魔法を使おうとしていたからだ。
ティルの腕を掴もうとした時、ティルは魔力弾での迎撃が間に合わないと感じ、魔法でアリサの腕を弾いた。
そして反撃するように、ティルがアリサの腕を掴む。
アリサがしまったと表情に出した。
その頃には魔法が発動していた。
「――マトイイズナ」
黒雷がアリサの肉体を焼き貫く。
血液が沸騰し、一瞬で蒸発。
そして脳が一瞬で焼かれ、肉体が弾け飛んだ。
すると、すぐさま結界の効果により、アリサの体が戦闘前の状態に戻った。
「……死んじゃった」
「おかえり」
「一発も当たらなかったの」
「攻撃が素直なのと、狙いがわかりやすいからそこが改善点かな」
「例えば?」
「魔力操作で魔力の流れや魔法への魔力供給を乱して、フェイントかけたり読まれにくくするとか」
「魔力操作ってすっごく大事じゃん!!」
「そうだよ。戦闘においてこの技術で勝敗がつくこともあるくらいにね。例えば、超強力な魔法の使い手も弱い魔法しか使えないけど、魔力操作が卓越した相手に負けるなんてよく聞く話だよ」
「そうなんだ〜。すごく興味深い」
「試してみる?」
「う、うん。でも、どうやって?」
アリサが首を傾げた。
「適当な魔法を展開してみて」
「わかった」
そう言ってアリサがファイヤーランスの魔法を展開した。
「じゃあ、やるよ。しっかり見ててね」
「うん」
ティルがアリサの魔法に干渉する。
魔法への魔力供給や魔力の循環を操作した。
その瞬間、魔法が維持に必要な魔力を失って崩壊した。
「ざっとこんな感じだね。アンチスペルをマスターすれば、こんなことしなくても論理破綻させて魔法を無効化することもできるよ」
「す、すごい! アンチスペルも見せて!」
「いいよ」
そう言うとティルがアンチスペルを実践してみせた。
それからも、ティルが知る限りの実戦での知恵や魔法の使い方を教えた。
そして気がつくと日が暮れ始めていた。
「先生からは、こんなの教わらなかったよ?」
「まあ、こんな実戦向きなこと普通は授業でやらないと思うよ。ましてや、実戦にもでない年齢だと」
「言われて見れば確かに」
アリサが納得したみたいで頷いていた。
「じゃあ、帰ろうか」
「はーい」
帰り道にアリサが街の上空に浮かんでいる球体の話題を出す。
この六年の間に起きた最大の異常といえばこれだけだ。
つい数週間に前に前触れなく現れたのだ。
原因を探していると、周囲の大人たちは二年前に起きた魔力溜まりが原因じゃないかと言い出した。
魔力溜まりとは、一時的に龍脈に流れている膨大な魔力が何らかの原因で一箇所に溜まってしまう現象のことだ。
これは、放置していれば自然に治るが、魔物が発生しやすくなるなどの災害になることがある。
運が悪いと、何らかの原因で魔力爆発が発生して都市レベルの範囲が消し飛ぶことがある。
そのため、ティルが龍脈を操作してこれを解消した。
だが、溜まった魔力がすぐになくなることはない。
大きな池の水を川に流そうとしたときのように、徐々になくなっていくのと同じだ。
そんなことがあり、領民たちはそれが原因だと思っていた。
王宮から宮廷魔導士が派遣されて、この調査を行ったことでこれが魔法だとわかった。
しかし、魔力溜まりでは、やまびこ現象と呼ばれる現象が起きることがある。
この現象は昔に使われた魔法の残滓や痕跡により、魔法陣が勝手に展開される現象のことだ。
基本的にこの魔法が発動することはない。
術者がいないため、魔法陣が制御されていないからこそ、魔法が発動しないのだ。
今回もその類だと調査結果が出たていた。
未だに王宮魔導士が派遣されてるのは、昔の魔法の記録と研究のためだ。
だが、ティルの考えは違っていた。
「そういえばお姉ちゃんは、あの球についてどう思うの? やまびこなのかな?」
「違うよ。あれは、誰かが使った魔法。多分、転移天球……いや、異相転移天球かな? この配列は……」
「お姉ちゃんにしては、曖昧だね」
「分析と魔法解析を使ってるけど、なかなか解析が進まないんだよね〜。どうでもいい魔法文字と式、更にルーン文字も多用してるせいで苦戦してるんだよ。魔法の効果が読み取れなくれて」
数秘術での分析と魔法による解析の両方で天球の分析を行うが進捗度は芳しくなかった。
「そんなに難しいの?」
「うん。消費魔力量が多くなるけど、余分なものを追加して解析の難度を上昇させる技法が使われてるの。見てみる?」
「できるの?」
「私に触れてくれれば、視界共有で見れるよ」
「見せてー」
アリサがティルの手を握った。
そしてティルが視界共有を使った。
「これが、天球の魔法式」
天球の中に組み込まれた複雑すぎる魔法陣を見て、アリサが唖然としていた。
驚きのあまり、反応がなくなった。
「これが発動したら、多分この領地は余裕で消えるね」
「実際どれくらいの範囲なの?」
「最低でもこの領地の周辺にある三つ分の領地は、どっかに転移させられて壊滅状態になるよ」
「ど、どうにかならないの!?」
アリサが切羽詰まった表情で、ティルに押しよる。
「一応、最悪の事態に備えて、私たちの領地全体を転移から守れるように、あの魔法陣の中に追加の効果を追加してる最中だよ。キャンセルするには、結構時間がかかるんだ」
「うー……お姉ちゃんのお手伝いをしたいけど、わたしにはさっぱりわからないよ……。ごめんね」
「気にしないで。こっちは、お姉ちゃんに任せてゆっくり勉強すれべいいよ」
「うん! 早くお姉ちゃんのお手伝いできるように頑張るね!」
アリサがより一層、勉強や鍛錬に力を入れることを誓った。
「ところで、さっきの二つの魔法の違いって何?」
アリサが転移天球と異相転移天球の違いについて尋ねる。
「そうだね〜。ざっくり言うなら範囲と転移場所が違うってことかな。転移天球は、この世界の指定した場所に建物や人を転移させる大規模転移魔法で、異相転移天球は別空間もしくは別の次元に転移させる超大規模転移魔法かな。さらに言うならランダム転移も可能で、建物や人をこの世界のどこかに転移させることができるけど、そのせいで地面や岩とかの障害物にめり込むこともあるよ。まあ、異世界や次元から他の何かを呼び出すこともできなくはないかな。あとは転移の範囲が転移天球の倍以上あるくらいかな」
「異相転移天球は、転移天球の上位互換ってこと?」
「まあ、ざっくり言うならそうなるかな。使用用途が違うから一概には、そうとも言えないけどね」
「じゃあ、異相転移天球だったら……」
アリサが魔法発動を想像して絶句した。
「ここら一体の領地は全て壊滅状態になるね」
「それなら王宮魔導士の人にも伝えないと」
「匿名で手紙を出したけど、信じてくれるかはわからない。何せ、この時代に文献すら残されていない魔法だからね」
「それならわたしは、お姉ちゃんを信じるね!」
「ありがとう。アリサにそんなこと言われたら、お姉ちゃんはもっと頑張れるよ」
なぜティルがそんなものを知っているんだと、アリサは疑問に思ったが聞くタイミングを逃してしまった。
ティルが嬉しそうに微笑して、アリサの頭を撫でた。
そしてティルは、改めて天球を見る。
あれが発動する前になんとかしないと。すごく嫌な予感がする。もしあれが発動したら、この領地だけじゃなくてもっとやばいことになりそう。
ティルは、胸をざわつかせる感覚に不快感を覚えた。
そしてその予感が、当たることになる事をティルはまだ知らなかった。
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