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鳥とノートと私

作者: 黒鉦サクヤ

くるっぷでのワンライで書きました。

出されたお題の『青い鳥』『トマト』『向日葵』をまるごと全部詰め込んだお話です。

 私は青い鳥を飼っている。

 今まで何羽もいたのだけれど、この子は最後の一羽。私はこの子が逝ってしまったら、もう二度と鳥は飼わないと決めていた。もう十分見送ったし、私にもそのうちお迎えがきそうだから。鳥だけを残して逝くなんてことはできないもの。


 この青い羽を持つ子は、自己主張をしっかりとする子だった。この葉は嫌い、これは好き。この遊びは楽しくて、このとまり木は気に入らない。

 言葉の通じない私にも分かるくらい、しっかりと態度で示す子だった。

 私は戯れに、あの子が好きなものでノートを埋めようと絵を描き始めた。昔、ほんの少しだけ絵を習っていたことがあるの。

 久しぶりに筆をとってみれば、習い始めたときのように胸が踊る。真っ白な紙に線を描くと、それが木となり花を咲かせ実をつけるのよ。


 私は初めに鳥籠を描いた。今、あの子が入っている鳥籠だ。次のページでは、その籠の入り口を開ける。あの子は外の世界へと飛び出し、今まで見たことのない様々なものを見るの。

 例えば、トマトを見たことがあっても、トマトがどう育つのかは知らない。だから、収穫寸前のトマトの絵を描いた。赤く熟れた身がはちきれそうになっている瑞々しいトマトだ。

 美味しそうに描けたなと思いながら、次に太陽を仰ぎ見て大きな黄色い花を咲かせる向日葵を描いた。暑い日差しの中、生き生きとした表情を見せる向日葵。夏を象徴する向日葵は、鳥よりも遥かに大きくたくましい。やがて、たくさんの種をつけ生物に食べられ糧となる向日葵を、その次のページに描いた。だって、向日葵の種が大好きな子のおやつになるだろうから。

 そして、水浴びのできる広い噴水を描き、あの子の好きな野菜を植えた畑を描いた。次々に、思いつく好きなものを描いて、最後に私は鳥籠を描こうとして筆を止める。

 もう、鳥籠は要らないだろう。

 このノートの中で、あの子は自由なのだから。天敵もおらず、好きなものに囲まれ暮らす。でも、残念なことに私はそこにいないのだけれど。私もそこに置いてもらえる位あの子に好かれているといいのに、なんてことを思う。

 鳥籠の代わりに、私は夜の暗闇を描いた。暗く恐ろしい闇ではない。月が優しい光で照らし、ゆったりと羽を休めることができる場所よ。安らぎの場所をあの子にあげたい。


 一冊のノートが、青い鳥の好きなものと私があげたいもので埋まった。せっかくなので、この子にも見てもらおうと私は鳥籠を開けた。いつものように飛び出てきた子は、くるくると宙を舞い、やがて満足したのか私の肩へとまる。ここがこの子の定位置だ。

 そこで、私は説明を加えながら先程出来上がったばかりのノートを見せていく。すると、私の話を理解しているのか、相槌を打つように軽やかな声を響かせた。そのまま気分良く私は説明を続けていたのだけれど、最後のページでホロリと涙がこぼれた。

 私はこの子との時間が本当に好きだったのだなぁと改めて思う。言葉が通じなくても、種族が違っていても。そんなことが些細なことに感じるほど、この子の存在に救われている。

「まだ、私と共にいてくれる?」

 肯定するように鳴いた子は、閉じたノートに飛んだ。足がつくと思った瞬間、その足はその形のままノートに吸い込まれていく。

 慌てて私がノートを開くと、ノートの中で自由に飛び回る子の姿が見えた。ページをめくる度、移動をしては葉をついばみ、水浴びをして生き生きとした表情を見せるのよ。最後のページには安らかに眠る姿がある。

 まさかこのままずっとノートの中に、と震えながらノートを閉じると、青い羽を羽ばたかせてノートから飛び出てきた。私は安堵のため息を吐き、もう触れられないと諦めかけた温もりにそっと触れる。

 あぁ、まだここにいる。

 たったそれだけのことが嬉しくて、私はまた泣いた。


 あれから私と青い鳥は、現実とノートの世界を交互に楽しんでいる。たまにどちらが現実か分からなくなることがあるのだけれど、それは私もノートの中に入れるようになったから。

 きっと今側にいるこの子が、私と共にいることを望んでくれたからなのだろう。

 これからも私はこの私の幸せの青い鳥と共に生きていく。それがどちらの世界だって構わないの。もう二度と手放せないと思ってしまったこの子が、私の側にいることが大切なのだから。

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