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学園ラブコメ編、開幕

 昨日までのあらすじ。

 黛がキャンサーに殺されて、義手が覚醒して僕はよく分からない怪物に変身して、義手にはビスクドールの一部が組み込まれていて、さらにその一部が黛に入り込んで肉体は復活して、ブランカの破片集めを手伝うことになった。


「うん、自分でも何がなんだかさっぱり分からん」


 自分でも分からないんだから、他人に言っても寝言を言っているだけにしか思われないと思う。


 しかし悲しいかなそれは事実だった。

 その証拠に、いつも黛が座っている僕の隣の席には、銀髪に赤目という目立つ要素の固まりでしかないブランカが、脚を机にのっけてふんぞり返って座っていた。


「何よ、仁。鳩が豆デッポー食らったみたいな顔しちゃって」


 正確にはガドリング食らったみたいな気分である。

 今まで黛は目立たない文学少女コーデとやらの一環として制服を規定通りにぴっちり着ることを良しとしていた。


 ……が、目の前のブランカはブレザーを脱いで、シャツをスカートにインしていない。

 気のせいかスカートも短くなっている。


 身も蓋もなく言ってしまえば、ギャルみたいだった。

 化粧っ気こそまるでないものの、その存在感は天上天下唯我独尊のカリスマギャルの如しである。


 しかしどこも無理をしているような印象はなく、しっくりきてしまっているのだから始末が悪い。

 その劇的ビフォーアフターに度肝を抜かれたのは僕だけではなかったらしく、クラスが妙にざわついて、ブランカにちらちらと視線を送っていた。


 まあ、そうなりますよね普通。

 彼ら視点では、『地味で目立たない』ファッションを貫いていた黛が、制服を着崩して三つ編みも眼鏡も止めた挙げ句、髪を銀に染めてカラコン入れているように見えるのか?


「……ブランカ、なんのつもりだよコレ」


 小声で耳打ちすると、ざわめきが一際大きくなったような気がするが、多分気のせいだ。


『小声で話したいならこれ使いなさいよ』


 突然頭にブランカの声が響いてきた。

 念話、もしくはテレパシーの類いのものだろうか。


「それって僕にも使えるのか?」

『人間は使えないの?』

「使えてたら電話という概念は未来永劫存在しないと思うけど」


 一応、歴代アメコミヒーローの名前を映画の公開順にブランカに対して念を送っているけど、効果があるようには思えなかった。


「ふーん、やっぱりこっちの一方通行ってことか……つーかいい加減離れろ。近い」


 びしっと額に指を弾かれた。


「いっつ……それで、なんだって学校に来てるんだ?」

「いや、来るでしょ普通は。そう言うもんじゃないの、ここって」

「てっきり休むもんだと思ってたんだよ。風邪とか全身がだるいとか、色々言い訳のしようがあっただろ。ここまでのイメチェンは滅茶苦茶目立つし怪しまれると思うというか既に目立ちまくってるし」


 ここまで黛に注目が集まったことは初めてじゃないか?

 蜃気楼インビジブルになるのですよとか仙人キャラみたいなこと言っていた黛の努力は、たった一日で瓦解した。

 積み上げるのは難しく、崩れるのは容易いと言うことか――


「そんなのただのその場しのぎにすぎないでしょ。黛流歌の精神はいつ回復するか分からない。一ヶ月かかるかもしれないし、一年、もしくはそれ以上ってこともある。それまでずっと家に引き籠もれって?」


「あー……そりゃ、確かにそうだけど。なるべく目立たない方がいいよ。さすがにそれが原因でACTにねらわれることはないと思うけど、念を入れるのに越したことはないだろ」


 ビスクドールは世間にはその存在を公にされていないものの、ACTでは彼女は極めて危険だと考える人間が大半を占める。

 もし生きていることが見つかったら、ただでは済まない。


「あたし、今何もしてないんだけど」


 それにも関わらず滅茶苦茶目立ってしまっているというのはご覧の通りだ。


「見た目の変化くらいなら周りもすぐに慣れるだろ。それ以外は普通にしてれば大丈夫だと思う」

「オーケイ、普通にやればいいのね?」

「そういうこと」


 一応念を押したから大丈夫だろうと胸をなで下ろした。

 ……が、今になって思えば、それはあまりにも甘い判断だった。


 ブランカはとにかく目立ちまくった。

 数学の授業では誰もが頭を捻るような問題を涼しい顔で解き、体育の体力テストでは全国レベルの記録を塗り替えるようなスコアを叩き出し、クッソ難しい問題が頻発し全校生徒に殺意を抱かれている日本史のテストも満点を取った。


 そんなことをしておいて、目立たないはずがない。

 鮮やかに走り高跳びをする姿に黄色い悲鳴を上げている女子もいたのも確認済みである。

 そのうちお姉様とか言われないか本当に心配だ。


「……なあブランカ。おまえ普通にやるって言ったよな?」


 筆休み、図書室で絵を描きながらブランカを横目で睨む。


「そう? 普通にしてたと思うんだけど」

「どこがだ! あんなのが普通だったら僕なんかお話にならないくらいの劣等生だよ! 普通科高校の劣等生だよ!」


 ブランカはそんなの知ったことかとばかりにやっぱり椅子でふんぞり返っている。

 しかしまあ、黛の体で本を読んでいないというのがここまで違和感があるとは。

 習慣って怖い。


「仕方ないじゃない。普通にしてあたしはああなのよ。他の人間達があたしより劣ってるだけなんだから、責めるんだったらあたしじゃなくて他の奴らを責めるべきよ」


 はーやれはれ、とブランカは首を振った。


「それ本気か?」

「当然じゃない。あたしは普通に体を動かして、式を解いただけなのよ? それだけで目立つって事は、そこらの人間があたしより劣っている証拠じゃない」

「それはあながち間違ってはいないんだけどさ……」


 黛の体にはブランカ――つまりキャンサーの体の一部が入っているから、身体能力も一般人よりは高くなっているんだろけど。


「でも、計算式とかどうやって覚えたんだ? 黛の知識を参照にするとしても限界があると思うんだけど」


 僕と黛は理系教科を大の苦手としていて、数学のテストはいつも赤点ギリギリだった記憶がある。

 せめて得意分野がバラバラなら教え合えるんだけど、ほぼ被ってるから、テスト期間は二人揃って理数教科に頭を抱える羽目になっていた。


「あんなの教科書読めば一発じゃない。あれってそのために作れてるんでしょ?」


 それができないから赤点という概念が存在するんだよ。


「ともかく、今日のはあまりにも目立ちすぎだ。もうちょっと手を抜いたほうがいい」

「なによそれ。自分より劣った奴らに合わせろっての?」


 憮然とした表情で、ブランカは僕を睨む。


「そう言う事じゃなくて……いや実際そうなんだけど、その体は黛のものだろ。午前中みたいなのだと、元に戻ったときに凄いややこしくなるんだよ」

「その時はあんたがなんとかしなさいよ。得意なんでしょ? そういうの」

「黛の記憶をどんな風に解釈したらそんな結論に辿り付くんだよ……」


 この様子じゃブランカの行動を抑制させることはかなり難しい――というかほぼ不可能だ。

 もう知らん。

 後はどうにでもな~れ、と放っておくことができないのが困りものだが……他の連中が軽率な行動を起こさないことを祈るしかない。


 そう思っていると、ぐきゅ~と、ブランカの腹が音が図書室に響き渡った。

 思わずペンを止めて顔を上げると、ブランカは苦々しい顔をしていた。


「……腹、減ったのか?」

「はぁ? あたしはキャンサーなんだし、人間の栄養補給なんて必要ないわよ。この体はただの端末なんだし」

「端末と言っても、その体は生きてるんだから腹が減るだろ。最後に何かを食べたのはいつだ?」

「昨日のキャンサー――」

「訂正。人間の食べ物を食べたのは?」

「黛流歌の記憶では、最後に栄養分を摂取したのは昨日の14時43分。チョコチップクッキー……」

「ほぼ丸一日何も食べてないのかよ……」

「まだ大丈夫よ。空腹感があって少しふらつくけど、体は動くし」

「まさか限界ギリギリまで食べないつもりか!?」

「そう言う事になるわね。いいじゃない。一気に食べた方がちょこちょこ食べるより面倒くさくないし――」

「食べろ。今すぐ食べろ。チャキチャキ食べろ拒否権はない」


 ずいっと焼きそぼパンをブランカの前に突き出す。


「どんだけ必死なのよ……」

「黛の体を不健康にさせるわけにはいかないからな」


 精神が完全復活した瞬間栄養失調でぶっ倒れるなんてことになったら目も当てられない。

 ブランカは納得がいかないとばかりに僕を睨んでいたが、やがてパッケージを破って焼きそばパンを口にした。


「……」


 沈黙が図書室を走る。


「口に合わなかったら無理して――」


 食べる必要はないんだぞ、と言い終わる前に、ブランカは無言でもにゅもにゅと焼きそばパンを食べ始めた。

 それもかなり凄い勢いで。

 なんかリスみたいだ。

 その様子が少しばかり微笑ましいと思っていると、


「何々ニヤニヤしてるの? 気持ち悪いんだけど」


 前言撤回だ僕の目が節穴でしたよチクショウ。


「て言うか、あんたなに書いてんの」


 そう言うと義手が勝手に動いて、ipadをブランカの目の前に突き出した。

 自分の意思に反して体が動くのは随分と変な気分だ。


「……何これ。RCユニット?」


 僕が描いた絵を見て、ブランカは首を傾げた。


「これから活動していくのに必要だろ、こう言うコスチュームってさ」


 まだラフの段階だけど、RCユニットをイメージして書いているということはブランカは分かってくれた。

 やっぱり何を書こうとしているのか理解してくれるのは妙に嬉しい。


「活動って、何の活動よ」

「あ、ごめん言ってなかったっけ。ヒーロー活動をしようと思ってさ」

「ヒーロー?」

「つまり、義手の力を使って困ってる人を助けようって事」

「はあああああああああああああああああああああ!?」


 図書室はお静かにと言うルールなんてしったこっちゃないとばかりにブランカは叫んだ。


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