豪雨
「ぐあっ――!」
デスペラードの岩のような拳を叩き付けられ、ジャグラーは倉庫の壁に叩き付けられる。
「くっそ、なんてパワーだ……!」
衝撃はアーマーを貫通し、容赦なく本体である仁の体を蹂躙している。
この様子だと、既に骨が折れているかもしれない。
『へばってるんじゃないバカ! 次、来るわよ!』
ブランカの声に一拍送れて、左腕のガドリング砲が火を吹く。
仁は舌打ちしながら弾を回避する。
「大口を叩いてその程度かい? がっかりさせないで欲しいな」
「そこまで僕達に期待を抱いていたのか? 嬉しいね……!」
挑発には減らず口で対抗する。
しかしこのガドリング砲は、ジャグラーにとって馬鹿にならない脅威だ。
通常の重機であれば、衝撃さえ気にしなければ耐えきることも出来ようが、デスペラードが装備している兵器の全てはキャンサー用に威力を底上げされており、人間への使用は国際法で禁じられている。
キャンサーにとっては人間が定めた方など紙切れに過ぎないのは自明の理だが。
今のジャグラーの出来ることは、弾幕を掻い潜りながらスイングモードの百連刃を振るうのと、気を散らすためにぺらぺら言葉を並べ立てることくらいだ。
「そのじゃじゃ馬に乗った先輩として一つアドバイスを送るよ! それはあと、五秒以内に弾切れだ!」
「何……?」
レントの視線が、ジャグラーからガドリング砲に映る。
一瞬だけ、注意がそれた。
その隙を逃さずに、ジャグラーは跳躍し、跳び蹴りを叩き込む。
ミシリ、とデスペラードの頭部や僅かに歪んだ。
『おまえ……!』
「敵の言葉を真に受けない方がいいよ。それに――」
マズルフラッシュが止み、砲身は回転するだけの筒と化した。
ジャグラーの言葉通り、弾切れを迎えたのだ。
「五秒は過ぎたけど、これくらい誤差の範囲内だろ?」
デスペラードに搭載されている兵器の詳細は、全て頭に叩き込んである。
残弾数を予想することくらいお手のものだ。
デスペラードに飛び乗ったジャグラーは、百連刃を装甲の隙間に差し入れようとするが、
「甘いね――!」
デスペラードの装甲の隙間から飛び出たレントの触手がジャグラーの脚を絡め取り、火の手が上がる倉庫の壁に、ジャグラーを投げつけた。
ジャグラーの体は壁を突き破り、火の海と化した倉庫の内部に転がる。
「まったく、ここまでデスペラードが強いなんてな……装備されてる武器の一つ一つがメインウエポン級なんだから滅茶苦茶だよ」
『感心している場合じゃないでしょ!?』
顔上げた瞬間、デスペラードの拳がジャグラーの胸に叩き付けられる。
装甲がひしゃげ、体に激痛が走った。
「がっ――」
だがジャグラーは吹き飛ばされまいと、ジャグラーの腕にしがみつく。
デスペラードの左腕に収納されているのはガドリング砲だけではない。
右腕のアーマーを引き剥がすと、腕の内部には二連式のパイルバンカーが格納されていた。
「ブランカ! これ取り込んでくれ!」
『こんなデカいのを?』
「その分威力は折り紙付きだ! 頼む!」
『ああもう仕方ないわね!』
右腕が溶け出し、パイルバンカーを覆い尽くす。
「余計なことを――!」
レントはジャグラーを振り落とさんとデスペラードの腕を振り回すが、ジャグラーはなんとかしがみついて抵抗する。
『もう大丈夫。食い終わった!』
ブランカの声にジャグラーは手を離し、受身を取りながら着地する。
右腕は既に、パイルバンカーへと姿を変えていた。
「これをデスペラード機関部に叩き込む。レント本体は倒せなくても、デスペラードの動きを止めることができるはずだ……!」
パイルバンカーを構え、地面を蹴ろうとした瞬間、
「滑稽だな……本気で私に勝てるとでも、思っているのかい?」
パイルバンカーの輪郭が歪み、元の義手の形に戻った。
「お、おいブランカ!? 何で元に戻しちゃったんだよ――」
『違、う……あたしじゃ、ない……!』
苦悶に満ちたブランカと共に、体が徐々に重くなっていく。
「おまえの仕業か、レント……っ!」
「その通りだよ。ブランカの特性が『捕食』であるように、私の特性は『寄生』でね……生物しか寄生できない姉妹達とは違って、私は機械にもキャンサーにも寄生することが出来る。もちろんブランカも例外じゃない」
「……っ!」
いつだ。
どのタイミングで仕込まれていた……?
工場での攻撃?
それとも屋上?
はたまたついさっき……?
『これ、マズい……仁、逃げ――』
電源が切れたように、ブランカの声が途切れる。
「ブランカ!」
「他人の心配をしてる場合かな――!?」
デスペラードの背部から、小さな灰色の円筒が空に向かって撃ち出される。
「――!」
『死神の水筒』と呼ばれるそれは、小型の炸裂弾を周囲にばら撒くという洒落にならない代物で、周囲に建物がある場合は絶対に使用してはいけないと固く禁じられている。
ビスクドールと戦った時も、決して使わなかった殲滅兵器だ。(結局戦闘中に破壊されてしまったが)
回避しようにも、体が異様に重く動かない。
盾を展開しようとしても、義手は僅かに軋むだけ。
円筒の側面から撃ち出される炸裂弾の豪雨によって、仁の意識は一瞬で刈り取られた。
シェルターの外で戦うことが日常になっているせいか、シェルターの中で過ごすというのはいささか居心地が悪い。
本来戦わねばならない立場の自分が、のうのうと安全を享受していることに罪悪感を拭いきれない。
……いや、本当はこっそり抜け出して基地に向かおうとしたのだ。
しかし来美が余計な口添えをしたせいか、病室の前にスタンバってた警備員の手によって取り押さえられ、渚沙はシェルターに連行された。
まったくもって腹立たしい。
職務熱心なのはいいことだが、もう少し連中は柔軟さを持ち合わせた方がいいと思う渚沙だったが、今彼女視線は、手にしていたスマートフォンに注がれていた。
「……なんだ、これは」
渚沙のスマホに映っているのは、ジャグラーとデスペラードに寄生したキャンサーの戦い。
映像はニュースで流れているものではなく、来美が飛ばしているドローンのものだ。
その顛末を目にして、渚沙は歯噛みしていた。
前半こそ善戦していたものの、ある時からいきなりジャグラーの動きが鈍くなった。
やがてジャグラーは、デスペラードの『死神の水筒』によって、地面に倒れ伏した。
その体は原型こそ留めてあるものの、戦闘不能であることは明白だった。
ジャグラーは、敗北したのだ。
「何をやっているんだ、ジャグラー……!」
本来であれば喜ばしいことのはずだ。
ジャグラーは極めて厄介なキャンサーだ。
キャンサー同士が潰し合いでくたばると言うのならばそれに越したことはないはずだ。
だが――渚沙が感じたのは歓喜とはほど遠い感情だった。
まるで、自分の獲物を横取りされたような――そんな胸のざわつきが。
デスペラードは動かなくなったジャグラーを拾い上げると、スラスターによって空へ飛んだ。
「どこかへ向かっている……?」
眉を潜め、マップを表示させた。
デスペラードはどこかに向かって一直線に進んでいる。
その先にあるものを確認して、渚沙は絶句した。
デスペラードが向かっていたのは、この病院だった。