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墜ちたヒーロー

 屋根に反響している雨音が少しうるさいと思いながら、ipadの画面にペンを走らせる。


 梅雨が迫っていることもあってか、その日は雨だった。

 ずっと家に引き籠もっている日は何とも思わないどころか、もっと派手に降ってくれとか身勝手な願いをすることがあるけど、外出の予定がある日はことのほか憂鬱だ。


 こんな温暖湿潤な地域に降らす暇があったら、アフリカとか水不足にあえいでいる地域にでも行ってろと思うのだから、人間というのは勝手な生き物だ。

 一方で、常日頃から人類皆格下と見下している同居人は、いつも以上のしかめっ面でテレビ画面を見ていた。

 テレビで流れているワイドショーでは、昨日の事件が大きく取り上げられている。


 工場の事件は、すべて僕達に非があるという事になったらしい。

 工場にいる人間を皆殺しにして、波沢隊員と相打ちになって生死不明。


 ACT関係のことは否定のしようがないけれど、工場の件は完全に冤罪だ。

 今度は街頭インタビューに切り替わり、水戸駅を行き来する人々の声が聞こえてくる。


『結局、キャンサーだしそんなもんでしょ』

『まったく許せませんね。ACTも頑張って貰わないと』

『承認欲求って奴ですよ。ただ目立ちたいってだけなんじゃないですか?』


 善良なる市民達の声が、容赦なく耳に入り込み、描く線を乱していく。

 映し出されたインタビューは三人だけだったが、まるでそれが全ての市民の声だと言わんばかりに番組は進行していく。


 賛否両論……ではなく全て否に塗りつぶされていた。

 人類よ、これがマスゴミだ――と言いたいどころなのだけど、事情を知らなければこんな報道にもなるよな。

 ヒーロー活動をやっていれば、それなりに擁護の声もあるのかなーと期待していたが、キャンサーであるという事は思った以上に大きなデメリットだったらしい。


 むしろ、ヒーロー活動も殺人の隠蔽のためだったとか、目立ちたいだけだとか、逆効果になっていた。

 それを承知で始めたことではあるんだけどなーと思っていると、


「……ねえ仁」


 妙に低い声をブランカがもらす。


「スタジオに乗り込むのは却下。あっちの都合よく解釈されてるだけだ」

「じゃあ何? こんな奴らに好き勝手意言わせておけっていうの?」

「言い訳したところで信じてくれるのか?」

「信じる信じないなんてどーだっていいのよ。こいつらを黙らせればいいわ。なんだって戦ってもいない奴らがあんな偉そうにふんぞり返ってるワケ?」 


 おっと今度はワイドショーのコメンテーターにまでケチを付け始めたぞ。


「需要があるからだろ。人がそれを求めているから仕事として成り立っているんだ。だからこの手の奴はさ」


 ちゃぶ台の上に乗っているリモコンを手にしてテレビを消した。


「嫌なら見ない。これが一番」

 

 それでもブランカはまだ納得がいっていないようで、頬を膨らませている。

 子どもかよ――いやでも、実際にブランカの年齢知らないな僕。

 仮にこの世界に現れたのを誕生すると仮定するのならば、ブランカは2歳だ。

 そうか2歳なら仕方がないな……とはならないな。


「……て言うか、なんであんたは平気でいられるのよ」


 その声は、何かを堪えるように震えている。


「平気って何が」

「あれだけ好き勝手言われて、どうしてそんな風にキモいくらいに飄々としてるんだって言ってんの! もっと怒りなさいよ! ふざけんなって、勝手に暴れたおまえのせいだって!」


 ただただ感情的な言葉をぶつけられて、僕はしばしの間目を瞬かせることしか出来なかった。


「それは――」


 確かに昨日、ブランカは暴走した。

 意識を失った僕の代わりに肉体の主導権を握り、渚沙を徹底的に痛めつけた。

 僕の意識が回復するのが少しでも遅ければ、渚沙は殺されていただろう。


 まさか僕の体を自由に動かすことが出来るというのは意外だったけど、黛のことを考えれば特に不自然なところはない。

 ブランカに悪意はなかった――とは言い切れないが、僕を助けようとしてくれたのだ。


 単純に僕の巻き添えを喰らいたくなかったからだと本人は供述しているが、僕を助けてくれたという事実は揺るがない。

 昨日の戦闘での傷も日常生活で支障が無いくらいには回復しているのも、ブランカが持つキャンサーとしての回復力のお陰だ。


 何か僕の体も人間離れしてきたな……まあそれがなければ、今頃僕も出血多量でお陀仏だろうけど。

 強いて言うのならば渚沙に大怪我を負わせてしまったことと、暴走形態のビジュアルをもっとマシにして欲しかったってところくらいだ。


 映像を見るととてつもなくヴィランっぽいんだよな……

 血にまみれていることもあってか、ダークヒーローという言い訳すら通用しない感じだった。


「――別に、平気って訳じゃない」


 飄々としているつもりもなかった。


「単純に、優先順位の違いだよ。今一番すべきことは、あのキャンサーを倒すことだろ」


 工場のキャンサーは、ブランカの肉片が自我を持ったものだ。

 そんな馬鹿なと言いたいけど、キャンサーの生態は謎に包まれている。

 こう言うことがあってもおかしくない……のか?

 今まで僕達が戦ってきた個体とは明らかに異質な存在。


 ブランカは誤魔化すように言った僕のことを睨んでいたが、やがてふんとそっぽを向いた。

 そこからは会話が途切れて、雨音だけが耳に履いてくる。

 完全にブランカは機嫌を損ねてしまったようだ。


 これは僕が悪いのか……少なくとも原因の一つではありそうだよな。

 会話は止まっても時間は容赦なく進んでいき、病院へ行く時間になった。

 ipadをスリープにさせて、準備をしていると、


「……どこ行くのよ」


 背を向けたまま、ブランカが久方ぶりに口を開いた。


「どこって、ナギの見舞い」

「なんだってアイツの見舞いになんて行かなきゃいけないのよ。昨日殺し合って、それで見舞い?」

「それはそれこれはこれだよ。あっちからすれば戦ったのはキャンサーであって草部仁じゃない訳だし、行かない方が不自然だろ。ブランカも行くか?」

「絶対イヤ」

「分かった。じゃあ言ってくる」


 いってきますと言って部屋を出たけど、行ってらっしゃいという言葉は返ってこなかった。

 別に寂しくはないぞ。



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