捕食
「――――――――――――――ァ!」
ジャグラーの方向が、ビリビリと渚沙の体を震わせる。
その瞳に映るのは、獣じみた殺意。
咆哮と共に繰り出される拳は、さながら対物戦車の砲弾のようだ。
「なんだ、この姿は――!」
余りの変貌ぶりに、渚沙はギリッと歯ぎしりする。
抱いたのは恐怖ではなく怒りだった。
今までのジャグラーはまるで本気では無かったという事実を再確認したのである。
拳とセクエンスが何度も打つかり合う。
その度に、渚沙の腕には顔が引きつるくらいの痺れが走る。
恐らく姿が変わっただけでジャグラーのスペックは大きく変わっていない。
決定的に違うのは、相手をなんとしてでも叩き潰すという意志。
ジャグラーの爪がアーマーを抉り、容赦なく破壊していく。
既に飛行に必要なスラスターの三割が破壊されていた。
退路はほぼ断たれている――もっとも、退却するという選択肢はすでに消滅して久しかったが。
ジャグラーは今までの格闘技をベースにした戦闘スタイルを捨て、荒々しく野性的なスタイルへと変わっていた。
先程のような奇妙な剣など不要とばかりに、全身をフルに使って渚沙を追い詰めていく。
無論渚沙も一歩も退かず、セクエンスを振るい応戦していた。
ジャグラーとブラストリアのスペックはほぼ同じ。
ブラストリアに搭載されたAIが機体がどれだけ深刻なダメージを受けているか説明してくれているが、渚沙の耳には入らない。
渚沙の視界には、ジャグラーしか入っていなかった。
姿が変わろうと関係無い。
なんとしてでも目の前の敵を殺す。
そのためならば、自分の体のことなぞどうでもよかった。
ジャグラーの右腕は時折口のような形に変形し、ブラストリアの装甲を引きちぎり、捕食していく。
ブラストリアのボディーは既に惨憺たる状態になっていたが、渚沙は構わずに戦い続ける。
「これなら、どうだ!」
残ったスラスターを点火させ、弾丸の如きスピードでジャグラーの胸にセクエンスを突き立てる――!
「――何!?」
だが、コアを破壊した手応えは感じられない。
ジャグラーは一時的に胸部に装甲を集め、セクエンスの刺突を防いでいた。
「しまっ――」
自身の失敗を悟った瞬間、丸太のように太いジャグラーの腕が渚沙の体をなぎ払う。
ぐしゃりと、体からしてはいけない音がした。
「っ、つ――!」
立ち上がろうとした矢先、ジャグラーは渚沙の体を掴み、ブラストリアのマスクを力任せに毟り取った。
首を持って行かれそうな衝撃と共に、合成音声が一気に遠ざかる。
セクエンスもジャグラーの装甲に取り込まれていった。
抵抗しようにも、腕はジャグラーに締め付けられてぴくりとも動かせない。
怪物の口元が、嗜虐の笑みを帯びる。
武器を失い、ブラストリアも大破したこの状況。
渚沙の勝機は、露と消えた。
ジャグラーの口が開く。
どうやら渚沙の事は、直接捕食するつもりらしい。
渚沙にはもう抵抗できる力は残っていなかった。
せめて最期の瞬間まで、抵抗の意志を示そうと睨み付けるが――
『――』
ジャグラーの手が、渚沙から離れた。
アスファルトに投げ出された渚沙は顔を上げるが、ジャグラーの追撃は一向にやってこない。
ジャグラーは何かに脅えるように後退した後、踵を返し、脱兎の勢いで逃亡した。
「ま、待てっ……!」
手を延ばすが、渚沙の体も限界を迎え、意識が途切れた。