放課後2人
「何あいつ」
夕日が差し込む放課後の教室で、ブランカは苛立たしげに声を漏らした。
他の生徒達は教室を後にしていいて、残っているのは彼女と僕の二人だけ。
「何あいつ何あいつ何あいつ……! いったい何だっていうのよ!」
「波沢渚沙、17歳、ACT水戸支部所属、専用機は第3世代RCユニット〈ブラストリア〉。僕とは孤児院時代からの付き合いだ」
ipadから顔を上げずに、淡々と説明する。
「誰もそんなこと聞いてないわよ!」
「何あいつって言ってたから説明したのに……」
理不尽だぞ。
「ねえ仁。あの女ぶっ殺した方がよくない?」
「よくない。いいわけがない。つーかよくその質問で僕の同意がとれると思ったな」
「だってあいつ、強いんでしょ? 絶対に障害になるじゃない」
「まあね。あいつに勝てる奴はそうそういないよ。ナギの強さは水戸一――いや茨城一――違うな、日本一だ」
「なんで誇らしげなのよ」
「まあ色々変なところもあるけど、ナギはいい奴だよ。あいつの強さで多くの人が救われてる。それに変っていう点じゃ、ブランカもいい勝負――」
「――あ?」
「なんでもございません」
本気の殺意をぶつけられて、慌てて言葉を引っ込める。
「……そう言えばさ、ブランカは二年前にナギことは見てないのか?」
ビスクドールが出現したのは、水戸支部のど真ん中だったため目撃していたとしてもおかしくはない。
「あんたは巣からでてくるアリをに見分けられるの?」
「おまえがどんな風に人間を見ているのかはよく分かったよ」
まあアリは嫌いじゃないけども。
「でも、バラバラにされた後、泣きじゃくりながらあんたをデカブツユニットから引きずり出していた個体がいたわね。髪は短かったけど、あの女に似てないこともなかったような」
「あー……多分それがナギだな」
その話は渚沙本人だけでなく、他の隊員からも聞いた話だ。
「でも、あの時戦ったユニットってあんたのなんちゃらペラードくらいしかなかったわよ? 他の連中は何してたワケ?」
「おまえが出現した場所が、ご丁寧にもRCユニットが保管されていた場所だったからな。装着したくても出来なかったんだよ」
第3世代のRCユニットを装着するには、ロボットアームなどの専用の機械を使う必要がある。
そこを真っ先に破壊されたのだから、完全にお手上げだ。
装着できる場所が限られるRCユニットの弱点が、一番最悪の形で出たと言うべきか。
ビスクドールの一件から、どこでもすぐに装着するRCユニットの開発が進められているということを風の噂で聞いたことがあるが、実戦投入されるのはいつになることやら。
逆に半ばロボットのような第二世代RCユニット〈デスペラード〉は機械の補助無しに装着できるので、戦闘に参加することが出来たのだ。
「あの時動いたのは本当にラッキーだったよ。一歩間違えれば、ただのデカい的を提供するだけになってただろうし」
「あたしとしては別にそれでもよかったんだけど」
「勘弁してくれよ。無断出撃してもロクに動かせずに犬死にとか、一番格好悪い死に方じゃないか」
「死ぬのに格好もへったくれもないでしょ。そんなのただの意味づけに過ぎないじゃない」
「何にでも意味づけしたいものだんだよ、人間って言うのはさ。結果が失敗でも、過程に意味があるってすれば、少しは報われだろ」
「ふーん……」
ブランカは肯定も否定もせず、沈んでいく夕焼けを見ていた。
「――よし、できた。どうかなこれ」
ペンを置いて、満足そうに画面をブランカに見せる。
ブランカはちらりと一瞥して、
「ボツ」
「なんでさ!?」
無情にも、不採用と断じた。
「ゴテゴテさは無くなってるじゃないか。フォルムも結構シンプルにしたし!」
「確かにそうだけど、何この肩から腰にある狼? のマーク」
「いや、狼っぽいデザインにしようかなって。ロゴマークも渾身の――」
「ボツボツボツ。こんなロゴいらないし書き込みが細かすぎるから再現できないわよ」
渾身のロゴがまさか裏目になっていたのか……!
クライアントが満足するようなデザインを描くことがこれ程大変なこととは思わなかった。
「……分かったよ、描き直す」
日は徐々に傾きつつあるけど、完全下校時刻までまだ三十分くらいは時間がある。
そう思っていると、ブランカはリュックから一冊の文庫本を取り出し、しおりが挟んでいたところから読み始めた。
「その本って……黛のだよな」
確か、高校生の男女が身近にある謎を解く学園ミステリー(※人は死なない)だったっけ。
読み終わったら草部君にも貸してあげますよー、黛は言っていた。
今までブランカが本を読んでいるのを一度もお目にかかったことがなかったので、その光景は小さな驚きだった。
「以外だな。てっきり読書とか興味ないのかと思ってたけど」
「途中までしか内容が記憶になかったからってだけよ。気持ち悪いじゃない? そういうのって」
相変わらずつっけんどんな態度だが、ページをたぐるその姿は決して退屈しているようには見えない。
夕日が差す教室で、ブランカはページをたぐる。
ルビー瞳は既にこちらに向けられていない。
一定のリズムで上下に揺れる、文章を追うときの特徴的な目の動きだ。
黛も読むスピードはかなり早かったけど、ブランカも同じみたいだった。
偶然の一致か、はたまた黛の速度が受け継がれたのか……
あ、ちょっと頬が緩んだ。
かと思ったら、すぐに無表情に戻る。
まるでこんなのちっとも面白く思って無いんだぞ、と誰かにアピールしているみたいで。
別にエンタメくらい素直に楽しんだってバチは当たらないと思うんだけどな。
しかしまあ、夕日に照らされながら本を読むブランカの姿は、この上なくしっくりくる。
顔が整っているとか、夕日に照らされた銀髪とかそう言う事じゃなくて、そこにあるべきものがあるべき所に収まったというか。
本当に、絵になるというか――
「……はっ」
気付けば、ブランカの姿をスケッチしていた。
それも写実的なそれではなく、ちょっとデフォルメされたアニメ調のタッチで。
うわぁ恥ずかしい
絵になる光景が目の前にあるからと言って、実際に絵にする奴がいるかってんだ。
「……どうしたの?」
こちらの異常を察したのか、ルビーの瞳がこちらに向けられる。
「あ、いや、その、なんでもない」
慌ててスケッチを削除しようとして――思いとどまり、こっそり保存した。
「えっと……それ、面白い?」
「まあまあ。けど所詮は暇つぶしよ」
そう言いながら、ブランカは再び読書に戻ってしまった。
所詮とか何とか言ってるくせに、滅茶苦茶夢中になってるじゃないか……とは言わないでおこう。
それからは、見回りの先生に追い出されるまで二人とも何も言わずに黙々と自分の作業を進めていた。