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定番イベント、発生

 食事が終わって、僕は食器を洗い、ブランカは風呂に入った。


 そう、風呂に入った。

 英語で言えばブランカ・インザ・バス。

 先程からシャワーの水の音が、いやに鼓膜に響いてくる。


「いいか草部仁。クールになるんだ。あれは水だ水の音。今僕が皿を洗うために流している水とは本質的に何一つ変わりないんだ。皿にかかっているか女の子にかかっているかの違いなんだ」


 ……いや、それかなり違くないか?

 ブランカが浴びている水と、僕が触れている水が同じならば、この液体を通して僕はブランカに触れていると言っても過言ではないのではないか――


「駄目だ! 考えれば考えるほどおかしくなってくるぞ! 童貞か僕は!」


 童貞だった。

 そもそも童貞だからこそ、ここまで慌てふためいているんじゃないか。


「無だ。無になるんだ草部仁。無だ無だ無だ……」


 何も考えずに、自分はただの全自動食洗機のように皿を洗う。


「ふんふ~ん」

「……」


 どうやらキャンサーもシャワーを浴びている時は鼻歌を歌うらしい。

 多分、この世界で僕だけが知っているキャンサーの生態が明らかになった瞬間だった。


 ブランカと話そうと思えばすぐに話すことが出来る。

 黛の体はあくまで人間社会で活動するための端末で、本体のコアはずっと僕の腕の中にあるのだから。


「けど状況が状況だし……止めておくか」


 食器を洗い終え、テレビのボリュームをいつもより大きくして机に座ると、ipadを取り出した。


「やっぱり、コスチュームは大切だよな」


 記念すべき初案は、材料枯渇というごもっともすぎる理由で没になった。

 救いがあるとすればデザインそのものをボロクソに言われてないことか。


 ピクシブやツイッターでディスられると滅茶苦茶凹むんだよなー……ってそんな辛気くさい話はやめやめ。


「RCユニットをベースにして、造形はシンプルに。でも印象に残って怖がられないような……うわっ、凄まじく難しいぞコレ」


 シンプルなのが一番難しいと言うのをどこかで聞いたことがあるけど正にその通りだな、本当。

 これはACT時代には叶わなかった、僕だけのパワードスーツ。


 ブランカが許す限り、一切の妥協はしない。

 ペンを片手に、アイデアを練る。

 それだけで、シャワーの水音も遠ざかり、自分の世界に入り込める。


「ひょろひょろなのは怖そうだし、正体を悟られないようにアーマーはあえて筋肉質みたいにするか……? でも身長を盛ると動きに支障が出そうだし。僕の身長のままでいいバランスにするには――」


 自分が今まで何に悶々としていたのかすら忘れていることしばし、


「仁、風呂空いたわよ」


 ブランカの声によって、現実に引き戻される。


「ああ、分かった――」


 顔を上げる。

 そこにはほかほかと湯気を立てたブランカが立っていた。

 すっ裸で。


「なにやってるんだおまえはあああああああああああああ!」


 驚愕のあまり椅子から転げ落ち、腰を強かぶつける羽目になった。


「何って、風呂から出たんだけど」

「知ってるし見れば分かる! 僕が言っているのは、おまえが風呂を出たのに一糸まとわぬすっぽんぽんとか何考えてるんだってことだ!」


 腰を押さえながらまくし立てるが、ブランカは口をヘの字に曲げるだけだった。


「えー……だってまだ熱いじゃない。冷めるまでこのままで別に平気なんだけど」

「確実に風邪を引く子どもの論理だぞそれ!」

「あと一糸まとわぬって言ってるけど、タオル肩にかけてるじゃない。二千糸くらいはまとってるわよ」


 ほらとタオルを指さすブランカの表情には、まるで羞恥の色が見られない。

 本気で、ブランカは気にしていないのだ。


「そういう細かいことはいいんだよとにかく服を着ろー!」


 タオルがあるから問題ないという訳ではなく、むしろ大切な所はことごとく隠せていないのであった。

 初めて――と言う訳ではないけれど、年頃の女子の裸をリアルで、それも無修正で見てしまった――!


 しかも体は黛のものだから興奮というより罪悪感が凄まじい。

 ううっ、ごめん黛……


「はいはい、分かったわよ……」


 面倒くさい奴ねーと足音が遠ざかり、しばらくしてまた戻ってきた。


「ほら、これでどう?」


 顔を上げた。

 やはりすっ裸だった。


「何も変わってないじゃないかよ!」

「服を着るなんて何も言ってないわよ――あ、これおいし」


 アイスバーを囓って、頬を緩める姿は非常に可愛らしい――しかし全裸だ。

 一次退却したのはそれを取りに行くためだったようだ。

 もちろんそのアイスバーは僕のものなんだけど、今はそれを咎める余裕はない。


「さっき分かったって言ってなかったか!?」

「あんたの言わんとしていることが分かったっつったのよ。命令に従うなんて一言も言ってないわ」


 そう言って、ぼすんとベッドに座った。


「ギャー!」


 全裸で僕のベッドにー!


「いちいちうるさいわね。ちゃんと体は洗ったから問題ないわよ」

「衛生的にはそうかもしれないけど、精神的には不健康極まりないんだよ今の君の状態はさぁ!」


 はてと首を傾げた後、自身の裸体と仁の体を見てああと頷いた。


「つまりあんたは、この肉体に欲情しているってワケ?」

「質問がストレートすぎるんだよ!」

「違う? じゃあ……子孫を残そうとしているとか」

「もっと悪化してる!?」


 オブラートに包むどころか引き剥がしやがった……!


「でも体はすでに臨戦態勢みたいだけど?」

「最後通牒だ服を着ろ! さもないとマジでACTに通報するからな!」


 そのような一悶着を経て、ブランカは渋々短パンとTシャツを着た。


「ねえそろそろこっち向いてもよくない? いつまでそっぽ向いてんのよ」

「うるさい。少し放っておいてくれ」


 今ブランカの姿を見たら、嫌でもあの超開けっぴろげな裸体を連想してしまいかねない。


「ふぅ~ん……あんたが一緒に住むのをあれほど嫌がったのって、これが理由だったのね。謎が解けたわ」

「……っ、ああそうだよ! 何か悪いか!?」


 遊びに来るならまだいい。

 だが同じ部屋で寝泊まりするということはその手のトラブルも発生してしまうと考えてしまうものだ。

 しかも実際に発生してしまった訳だし!


「悪いとは言ってないじゃない。むしろ子孫を残そうというのは生物として正常な機能でしょ?」

「そう言う慰めを聞きたいんじゃない――!」


 とまあ、このようにブランカの同居生活は波乱の幕開けだった。

 悲しいことに、そうと考えていたのは僕だけだったのだけれど。


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