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何故ヒーローを目指すのか

「理不尽だわ。なんであたしが怒られなくっちゃいけないんだっての」


 アボカドと鶏肉の醤油炒めを頬張りながら、ブランカは不満げにこぼした。

 ちなみに材料のアボカドは、ブランカが囓ったものが使われている。


 それ以外のおかずは無い。

 一汁三菜とよく言われるが、我が家の食事は零汁一菜が基本だ。


「理不尽なもんか。商品を買う前に食ったらそりゃ怒られるだろ」


 今回の一件で明らかになったのは、ブランカにはこの社会に潜む能力がない――と言うより、潜む気持ちがさらさらないということだ。


 商品を二つ台無しにしたというのに、まるで反省した様子が見られない。

 むしろ怒っているのだから、盗っ人猛々しいとはまさにこのことだ。


「おまえはこの社会のルールを覚えて、守ってくれ。そうしないといつか絶対にボロが出る。一度バレたら、どこまで逃げても追われるハメになるぞ」

「む……」


 それは本位ではないのか、ブランカは少しばかり視線を彷徨わせた。

 箸はまるで止まっていなかったが。


「……あれ、でもそいつらを全部倒せばいいだけの話じゃない?」

「話じゃない。言っただろ、戦うのは最終手段だって」

「はいはい、善処するわよ」


 話を聞く気が無いのが見え見えだ。


「まったく……さっきだって、ブランカ一人じゃ大変なことになってたんだぞ。万引き、窃盗――最悪、警察に連行だ」

「警察……確かカツ丼って料理を出す所よね」


 彼女の脳内では、警察=カツ丼屋というトンチキ方程式が出来上がっているらしい。


「最近はカツ丼は出ないらしいぞ」


 食った方の自腹だという話を聞いたことがある。


「なんだ、つまんない。期待して損したわ」


 そんな期待をされても、警察の皆さんは苦笑いするしかないだろう。

 幸いにもこの件は、僕が謝り倒して警察沙汰にはならなかったけど――


「そう言えば、あんたって親はいるの?」


 唐突に、ブランカはそんなことを聴いてきた。


「いなかったら僕はどうやって生まれたんだよ。こうのとりが運んできたのか?」

「もしくは分裂した……とか」

「プラナリアじゃないんだぞ」


 うっかり真っ二つにされたところから二人に分裂する自分を想像してしまい、げんなりしてしまった。


「どうしたんだよ急に。そんなこと話してさ」

「黛流歌には二人の親がいて、頻繁に連絡を取り合っているみたいなんだけど、あんたからは両親の話を一度も聞いてないし、この家には誰も住んでいないだから」

「いないよ。ハザードデイで死んだ」

「ああ、キャンサーに殺されたんだ。なら納得」

「納得って、何に?」

「あんたACTに入った理由」

「……?」

「キャンサーが憎いからACTなんて組織に入ったのかなって。そんなことで命を賭けるとか、正直あたしには理解できないけど」


 おまえもキャンサーだろとは言わなかった。

 同じキャンサーと言えど、親を殺したキャンサーと目の前にいるブランカは別の個体だ。

 一緒くたにして認識する必要はない


「まあ、キャンサーに親を殺されたのはその通りだけど、ACTに入った動機はそっちじゃないよ。ハザードデイの時に僕は死んでいたはずだったんだけど、助けられてさ」


 その姿を、今も鮮明に覚えている。


「かっこよかったなあ……なんかすっごい、ヒーローって感じで」

「ヒーローって……あぁ、そういうこと?」 


 お代わりをよそってきたブランカは、僕が言わんとしていることを理解したらしい。


「それがヒーローになりたいと思うようになったきっかけでさ。で、一番ヒーローに近い仕事がACT隊員だったんだよ」


 ハザードデイより以前は、僕みたいな年齢の子どもが戦うことは決して一般ではなかったらしい。

 それどころか、『少年兵』と言われて忌避される存在だったんだとか。


 しかしキャンサーに対抗するRCユニットの適正が大人より僕達子どもの方が高かったので、僕達のような年齢の少年少女が最前線で戦う光景はすっかりお馴染みのものになっていた。


 ACT設立当初は批判もあったみたいだけど、そこを渋って人類皆共倒れになるよりはマシという方向に落ち着いたらしい。

 僕にとっては、その方が都合がよかった。


「この部屋にその手のグッズが多い理由が分かったわ。あんな妙な条件突き付けてきたのもそれが原因ってワケ」

「そう言うこと」

「ふーん……」

「……笑わないのか?」

「あんたのマヌケ面を?」

「この顔は生まれつきだ……ってそっちじゃなくて。こんな話をすると大体の人って笑ったり、何言ってんだコイツみたいな感じだったから」


 それはいいな! と素直に受け入れてくれたのは渚沙くらいなもので、それ以外は大体似たり寄ったりなリアクションだった。

 黛ですら、


「そりゃ随分とコメントに困る夢ですね」


 と苦笑いする始末だったのだから。


 いや、子どもっぽい夢だということは、僕も承知しるけど……


「笑うって面白いと感じたときに発露する感情でしょ。別に面白いともなんとも思わなかったし。それともあんたは、面白くもないのに笑うの?」


 じっと見つめられ、少しばかり言葉に窮する。


「……えーっと、つまりなんとも思ってない。無関心だ、と?」

「他人の夢とやらに口を出すほどこっちは暇じゃないってだけ。けど、本来の目的を忘れるんじゃないわよ」

「分かってる。禁止しないだけありがたいよ」

「あっそ」


 ブランカは興味を失ったみたいに、最後のアボカドを皿から掠め取った。


「……」


 半分どころか3分の2が彼女の胃袋に入っている気がするのは多分気のせいではないろ

う。


 明日から作る量を大幅に見直す必要があるみたいだった。


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