中編
「一番、木村聖子。愛するゲクトのために詩を朗読します!」
貴方は変わらず傍にいると言ってくれた
歌で抱きしめてくれると言ってくれた
言葉の腕はとても優しく
私という存在さえも
その大いなる腕で包み込んでくれる
いつも笑顔を浮かべている
貴方の笑顔に相応しくなりたい
私も満面の笑みを貴方に捧げたい
ココロ壊れても
人に傷つけられても
人を傷つけても
それでも人を信じたいと
それでも人を愛したいと
もうダイジョウブ
私は貴方に救われた
貴方が私のピエロになってくれたから
もう私の涙は消えたから
たとえ涙のほうが多くても
それでもたった一つの笑顔で
人は幸せになれるのね
それを教えてくれたのは
貴方だった
こんなにも私は貴方を愛してる
こんなにも私は幸せです
貴方に守られているのを感じるから
だから
ありがとう
ありがとう
きっと私は貴方を一番に愛してる
そう思います
彼女が読み終わったとたん。
一瞬会場はシンとした。
だが次の瞬間、会場に喚声が湧き、前列のほうでは彼女の友達だろうか泣いている少女もいた。
微かに「いいよ、いいよ聖子。よかったね、ゲクトに聞いてもらえて。よかったね、詩を書きつづけていて……」と聞こえていたからだ。
「はい、木村聖子さん、ありがとうございました!」
司会者が手を叩きながら一番の木村聖子に近づいてきた。
聖子は首まで真っ赤になりながら、涙まで浮かべていた。
とても興奮しているようである。
司会者は彼女に語りかける。
「木村さんは普段から詩を書いているそうですね」
「は…はい……えと……ゲクトさんの歌にイメージもらって、それで詩作しているんです」
「では、この詩も?」
「はい。これは『君のために』っていう歌を聴いて作った詩です。あたし、この歌が一番好きなんで…」
「そうですか、ありがとうございます。では、あちらの椅子に座ってください、次は二番の山田麻理子さん、どうぞ!」
「あの…あの……私はゲクトさんへの私の愛を示したくて……漢字練習帳にゲクトさんの名前を書いてきました! えーと……全部で百冊です!」
彼女が手にしていた手提げ袋から百冊の帳面を出したとたん、会場から「おおー!」というどよめきが起こった。
司会者が山田に質問する。
「これはすごいですねえ、見事なものです」
「あの…ゲクトさんを知ってから、ずっと毎晩書き続けているのです。これからも書き続けようと思っています。とりあえず千冊を目指しています。それと私お習字も習っているので、毛筆でゲクトさんの名前も書けるんですよ」
彼女はそう言うと袋から半紙を取り出し見せた。なかなか達筆な字だった。しかもアルファベットでちゃんと書かれてある。
「これはすごい、頑張って下さいね。では次の方、三番の谷田貝瑞穂さん、どうぞ!」
「私はゲクトさんの歌を歌います!」
すると音楽が流れ始めた。
彼女は歌い出す。
夢を見た
君と寄り添い歌う夢
孤独も痛みも二人で分かち合い
大切にしてきた想いを
二人で大事に抱きしめ
僕たちはあんなにも幸せだった
夢を見た
君の夢が叶う夢
僕の夢が叶う夢
だから
泣くのはやめて
笑顔を見せて
僕の大好きな君の
その素敵な笑顔を
夢を見た
夢を語り合い
抱きしめあい
慈しみあった
あの悲しいほどに懐かしい
あの頃の夢を
君を放したくなかった
君を放さなかった
僕の腕で抱きしめて
僕の想いで締め付けて
君を永遠に
放したくなかった
傍にいるよ
僕は此処に
君が望めば
僕は何時でも君の傍に
だから
目覚めて
その悲しい夢から
今すぐ
僕が此処で笑ってるから
さあ目覚めて
彼女は女にしてはとてもハスキーな声で熱唱した。
とても素人とは思えないほどだった。
喚声が湧き、拍手が絶えない。
「素晴らしいです!」
近づいてきた司会者も興奮して手を叩きながら叫んでいる。
谷田貝瑞穂も顔を上気させたまま肩で息をしている。
「これはゲクトの最新曲『君と追いかける夢』ですね。素晴らしいです。ゲクトとはまた違った雰囲気で良かったですねー」
「は…はい……この、歌は、あたしが…一番好きなゲクトの歌なんです。カラオケで、こればっか歌ってます」
「本当に愛が感じられました、ありがとうございました。次は四番、水田麗子さん!」
「わたくしはゲクトさまのためにピラミッドを作りました!」
彼女の言葉に会場がまたしてもどよめいた。
「はい、そうなんです!」
そこへすかさず司会者が解説に入った。
「この水田さんはさる財閥のご令嬢でありまして、この度ゲクトのために本場エジプトにピラミッドを制作させたのだということです。只今エジプトに中継が行ってますので、それを見てもらいましょう」
するとステージのバックに設置されたスクリーンにピラミッドの映像が映った。
またしてもどよめきが。
「これくらい何でもありませんわ。愛するゲクトさまのためですもの。わたくしのポケットマネーで作らせたのですの」
誇らしげにそう言う水田麗子。
それにしても立派なピラミッドである。
さすが資産が国家予算並の大財閥。
こんなものをポケットマネーで作ってしまうとは。
だがそのピラミッドはまだ完成したというわけではなかった。
天辺に乗せる石を今まさに積み上げる段階でストップをかけていたのだ。
「この時のために作業を一時中止させていましたの。選手権大会本番で最後の石を乗せる、そして、それを愛するゲクトさまご本人に見てもらうのがわたくしの夢でしたのよ」
そう言って熱い眼差しをゲクトに向けた。
そして司会者が叫んだ。
「では、見ていただきましょう、最後の積み上げを!」
思わず映像からズズンという音が聞こえてきそうなくらいであった。
それくらい荘厳な感じで石はあるべき場所に収まった。
再びどよめきが上がる。
「これは決まりだな」
ゲクトの横に座ったいかにも社長ですといった雰囲気の男がそう呟いた。
それを聞いたゲクトはしかめ面を見せた。
とはいえ、一瞬であったので誰にも気付かれなかったのだが。
とその時。
彼は誰かの視線を感じた。
ふっと目を向けると五番の少女と目が合った。
にこっと笑う少女。
「…………」
美人というよりは可愛らしいという表現が似合う少女だった。
だが、彼は彼女の笑顔がとても淋しそうに見えて、それ以降気になってしかたなくなってしまったのだった。
「さあ、それでは最後の方です。五番、白石典子さん!」
「私はゲクトさんのためにこれを持ってきました……」
見るとワゴンに乗せられた籠が出てきた。
籠の上に乗っているのは───松茸だった。
その松茸はとても立派なもので、香りもよくステージ上の人々の食欲をそそっていた。
「おおーっと、これは立派な物ですねえ」
「はい、海を渡ったあるところから取ってきたものなのです。最近食欲がないとゲクトさんおっしゃってらしたから……」
「そうですかー。ゲクトは夏に弱いですからねえ。やっと秋本番ということで、だいぶ体調も戻ってきたようですが、やはり秋といえば松茸ですからね。これはゲクトも喜ぶでしょう。松茸は好きですか?」
司会者が座っているゲクトに質問した。
「好きだよ。特にそのまま焼いて食べるのがいいよね、ありがとう、嬉しいよ」
それを聞いた白石典子はホッとしたような表情と、照れたような笑顔をふっと見せた。
「…………」
すると、それを見たゲクトは、なぜか胸が締め付けられるような想いを感じた。
彼は、この五番の彼女に自分が惹き付けられていくのを感じていた。
彼女のその淋しそうな笑顔がどうしても気になって───
「それにしてもこのような立派な松茸はなかなか国内でも見つからないと思いますが、よく採取できたですよねえ」
感心して司会者が言うと、白石典子は恥ずかしそうに言った。
「父の仕事の関係で行った先の山林で見つけたのです。何でもさるお偉い方に献上されるはずだった松茸だったらしいのですが……私、頼み込んで少し分けてもらうことができたのです……」
消え入りそうな声だった。
ゲクトは一瞬彼女が泣き出すのではないかと思った。
だが彼女はやはり淋しそうに微笑んでいるばかりで、泣いてはいないようだった。
いつのまにか彼の頭から、彼女の事が忘れられなくなっていった。