前編
貴方がとても好き
貴方のことを想うと胸が潰れそう
貴方に見つめられたらそのまま死んでしまいそう
貴方のためならこの命惜しくもないわ
貴方のためなら───
「さあ、皆さん!」
司会者の男性が叫ぶ。
会場は人々で埋め尽くされていた。
ステージには五人の少女が中央に立ち、少し離れた場所に何人か男性が座っていた。
その男性の中に一際目立つ人物がいた。
彼は黒いサングラスをかけていた。そのため、表情は読み取れない。
反対にステージに立つ少女たちは、皆一様に煌びやかな衣装は着けていたが、どこか素人のような雰囲気を醸し出していた。
時折、座っているサングラスの男に視線を泳がせている者もおり、挙動も何かここでは場違いな感じもしないではない。
「これから『ゲクトを一番愛してるのは私よ選手権』を開催いたします!」
司会者の言葉を受けて、会場から「おおー」と喚声が上がる。
彼はその声が収まるのを待たずに続けた。
「ゲクトファンの中から厳正に選ばれたこの五人の少女たち。この乙女たちがこれからゲクトに様々な物を捧げます。それらは全て彼女たちの愛の証であり、自分がいかにゲクトを愛しているか、自分こそが彼を一番に愛しているというのを競ってもらうわけであります」
「ち…愛を競ってどーするよ……」
その時、司会者の言葉に座っていたサングラスの男が舌打ちをした。
幸い会場の喚声に紛れてしまい、誰の耳にも入らなかったようだったが。
サングラスのこの男。
名前をGECKTという。
今ビジュアル系のアーティストの中で一番売れている───とは残念ながら言えなかった。
そうであればこういう催しをするはずがない。
そう彼は思っていた。
(何がゲクトを一番愛してるのは私よ選手権だ。社長は何を考えてやがる)
彼は心の中で毒づいた。
彼は思う。
愛ってやつは神聖なんだよ。
それを競わせてどうするよ。
俺は確かにそんなに売れちゃいねーが、自分の歌には自信があるし、それをみとめねー奴らがバカなんだよ。
俺は俺を認めてくれる奴しか愛さねーし、愛してくれる奴は全部みんな等しく俺は愛してる。
それなのにその皆の気持ちをこんなくだらねー事に使いやがって。
俺のファンを何だと思ってやがる。
彼は怒っていた。
とても不機嫌だった。
この選手権は彼の所属する事務所の社長が考えたものだった。
売れてないとはいえ、それなりに人気はある彼である。
だが社長はそれだけでは満足しなかった。
もっと話題を提供して彼を売り出さなくてはと思ったのだ。
そこで、今度新曲を出すのに合わせてその新曲のプロモーションビデオの共演者を彼のファンから抜擢しようと考えた。
だが、それだけでは話題にならないだろうということで、今回この選手権大会を開催し、それでゲクトに選ばれた少女を起用しようとしたのだ。
更にこの大会の模様も後にDVDにして売り出そうと社長は計画していた。
(くだらねー)
だがゲクトはステージに立った少女たちにはサングラス越しではあるが、温かい眼差しを向けていた。
なんといっても彼女たちは自分のかわいいファンである。
彼はファンを大切にするので有名だった。
社長の思惑に乗るのは納得はいかないが、彼女たちを悲しませるのだけは彼にとっては本意ではない。
だから気分は乗らなかったが、ファンのために、ファンを喜ばせるためにもこのステージに立った五人には誠意を示そうと思っていた。
「…………」
とその時。
何かが彼の心に引っかかった。
上気した頬をした五人の少女たち───と思って見ていたのだが、その中で五番の名札をつけた少女に、なぜか彼は目が止まった。
その少女だけは他の少女たちとどこか違っている印象を受けたのだ。
どちらかというと他の四人に比べたらそれほど美人というわけではなかった。
が、さすが社長である。
選ばれた少女たちは映像に映えそうな美少女たちばかりで、もちろんその五番目の少女も充分美しくはあったのだが。
だが、他の少女たちが、愛するゲクトに逢えたということでさらにキラキラと美しさを増しているというのに、この少女だけは他のバラ色の頬をした四人に比べて頬は白く落ち着いているし、涙目でうるうるしているわけでもない。
何かにじっと耐えているような、そんな感じを見ている彼に感じさせていた。
だが、そんな思いからすぐに彼は引き離された。
「さあ、それでは早速一番の方から始めてもらいましょう!」
司会者の威勢のいい合図の言葉と会場の喚声に彼の意識はそちらへと移ってしまったのだった。