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81【狙われた王族 後半】

(魔族が戻った! やはり間に合わなかった……。王は、どうしたんだ?)


 シスは腰のベルトに杖を差していた。

 魔族の服と部分鎧は返り血で汚れ、それが誰の血なのか想像に容易く、シスが現れたことで戦いを中断したアルもクルミも、シスを目で追った。


「王は、どうしたのです?」

 アイビーは震える声で言った。

 それはその場にいた誰もが訊きたかったことだった。

「王は死んだ。俺がこの手で殺した」

「そ、そんなー」

 聞いていた者たちは愕然とし、アイビーは思わずオリオン王子を取り落しそうになったが、ふらついたところを隣にいたセトラが支えた。


「子供の前で殺さなかっただけ有難いと思え。なに、寂しがることはない。すぐに会わせてやるさ。黄泉の国でな」

「な、なんて奴……。宝物の場所を教えたのに!」

 クルミはぎりぎりと歯を噛み締めた。ダイス王の死はクルミにとっても予想外の出来事だった。


「どうしたメイリン? 神具はもう手に入れた。あの方は選ばれた者を欲しがっていたが、俺は必要ないと考えている。思考を変えたところで忠義を尽くさない人間などいても邪魔なだけだ。殺せ、王族も石を持つ人間もな」

 ツカツカとメイリンに近づいたシスは言い、周囲の人間を煩わし気に眺めた。


「はい、シス様。すぐに」

「俺は時間を無駄にはしたくない。片付け易い者から始末しろ。まずはグリーンビュー国王族と、邪魔をする、石を持つ男を殺せ。メイクール国の王子と娘は、俺と残った魔物で相手をしよう」

「シス様―」

 シスが足早にアルの元へ近づこうとすると、メイリンは慌ててその背中に言う。


「どうしたメイリン? お前が手早く王妃たちを殺せば、小娘の止めくらいは残しておいてやる」

「いいえ、そうではありません。シス様、どうかアルタイアは私にやらせてください。私はメイクールの王族を殺すことを夢見てきました。こんな小娘に興味はありません」

「そうだったな。だがお前には荷が重いのではないか? 一度は逃げ帰っただろう」

「今度こそ必ず仕留めます。今はアルタイアは王家の武器も持っていません」

 シスはにやっと笑った。


「いいだろう。俺はお前のそういうところが気に入っている。だがアルタイアは王妃たちを殺した後だ。王子は取って置いてやろう」

「有難うございます」

 メイリンは慎ましく頭を下げ、クルミの横を通り過ぎ、部屋の奥の王妃たちの元へと歩み始める。


「待ちなよ、何勝手に話進めてるの? まだ決着は付いていない」

 クルミは短剣を手に強気に言った。

 しかし内心は強気ではなかった。クルミは、自分がこれほど追い詰められたことなど一度もなかったのだ。

「決着なら目に見えているわ。お前は私には勝てない。それにお前の相手はシス様がするとおっしゃったわ。感謝するのね。高位魔族の手により滅ぼされるなど滅多にないことよ」

「殺されるのに感謝なんてできる筈ないでしょ。ホント、嫌な女だね」

 メイリンがクルミに言って、王妃たちの元へ行こうとすると、クルミはそれを阻もうと走り出す。そこへシスが大剣を手に走り出したー、ようにアルには見えた。


 ドン!!

 気がついた時にはクルミは吹き飛ばされ、深く足を切られ、壁に激突していた。

「う……ああ……」

 クルミは倒れ込み、足を押さえて痛みに呻いた。


「クルミ!」

「クルミさん!」

 アルとネオが同時に叫んだ。

 ネオはクルミの傍に駆け寄り、倒れ込む彼女の背に腕を回して支えた。

「何が起きたんだ?」

 アルは掠れた声を発した。

「消えたように見えましたがー」


(違う)

 クルミはまだ倒れたまま否定し、痛みで眩む頭で考える。


(消えたんじゃない。シスは目に見えない速さで攻撃してきただけだ)

 クルミにはシスが襲い来る姿が見えていた。

 彼女には優れた動体視力が備わり、アルやネオにも捕らえられない動きを見る力があった。だがシスが襲い来ると見えていても体はついていかなかった。クルミは急所を護るだけで精一杯で、他に何もできなかったのだ。


「ククク。良い眼を持っているな、小娘よ。しかし見えているだけではどうにもならんぞ。どうせもう動けないだろうがな」

 シスはクルミの血を吸った剣の先を舐め、不気味に笑った。


 ネオがアイビーたちの前から離れたことでアルは岩のような魔物の前から去り、王妃たちの傍へと走った。

 メイリンはもうアイビーたちの一歩先におり、オリオンを抱き締め震える王妃と恐怖で動けないセトラに短剣を構えた。


「お、お願い、子供たちだけでも助けて!」

 アイビーは目に涙を溜めて、短剣を構えたメイリンに懇願する。

 先ほど夫であるダイス王を失ったばかりで精神的に追い詰められていたが、アイビーは母の強さで何とか理性を保っていた。


 メイリンはアイビーが腕に抱いた幼いオリオン王子を見た時、僅かにたじろいだように見えた。だがそれは一瞬のことで、すぐに彼女は短剣を振り上げた。

 メイリンは王妃の声を聞こえない振りをした。今までも罪なき者を葬る時はそうしてきた。


「止めろ、メイリン!!」

 短剣をアイビーに振り下ろそうとした時、アルの叫び声でメイリンは剣を止めた。


「メイリン、やめるんだ! 君はそんな人じゃない!」

 メイリンは考えを改めた訳ではない。

 憎しみの対象であるアルタイアの声は、メイリンの耳にはよく届いたに過ぎない。


 メイリンは、自分の数メートル後ろまで来たアルタイアの蜂蜜色の瞳を憎々し気に眺めた。

「……アルタイア。お前は私にどういう幻想を抱いているの? あの頃の私はもういないわ。誰を殺したところで何も感じはしない」

 メイリンはアルをまじかに見ても意外にも落ち着き払い、アルがその短剣を止める間もなく、アイビーの首を目掛けて振り下ろすー。

 

 ガツッ!!

 メイリンは持っていた短剣を取り落した。突如投げつけられたダガーナイフが、短剣に当たり弾かれたのだ。


(なに……?)

 アルの真横を通り過ぎたダガーナイフは見事なコントロールでメイリンの持つ短剣に当たったのだ。


 アルもメイリンも、その場にいた誰もが、ナイフが放たれた先を一斉に見た。

 そこには、深い緑色の瞳をした頬に傷のある男と、男の隣には、身軽な服装の、七色にも見える瞳をした小柄な天使がいた。

 

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