80【狙われた王族 前半】
メイリンの晒された左腿の石は光り、彼女はその光を少し煩わしそうに目を閉じて眉を寄せ、光を受け入れるように息を長く吐き出し、瞳を開いた。
メイリンは短剣を手に駆け出し、クルミは迎え撃とうと自らも短剣を構えた。
メイリンの左腿の石は、もう眩しく輝いてはいないが、鈍い光を発し続けている。クルミはメイリンから威圧を感じた。
メイリンは短剣をクルミの首目掛けて横に振るー、クルミはそれを同じく短剣で受け止めたが、それは予想よりもずっと重い一撃で、剣を押さえた腕は痺れるほどだった。続いてメイリンは蹴りを繰り出し、避けたクルミの腕を掴んで持ち、ぶんと振り回して壁に投げつけた。
バンッ!!
クルミは背中を強打し、胸椎が数本折れ、その痛みに顔を歪めた。
(メイリンの力とスピードが上がった!)
「どうしたの、さっきの勢いは! 偉そうなことを言っていたくせに、大したことないのね」
話しながら、メイリンは短剣を何度もクルミに突き出してくる。クルミは慌てて立ち上がり、それを何とか避ける。
(くっ……避けるのが精一杯で何もできないー)
メイリンの速さが上がったのと背中の痛みのせいで、クルミは何とかギリギリで避けている状態で、攻撃に転じることができない。
(こんなに追い詰められたことなんて今までなかった……この女、強い!)
クルミの額には冷や汗が滲み、不安が押し寄せていた。
ネオと向かい合う猿のような魔物は、ネオが繰り出す剣を容易く避け、時折あの叫び声を上げ、その度に動きを一瞬封じられ、ネオの動きは鈍くなった。
猿のような魔物は攻撃力はさほど高くなかったのでネオは致命傷は免れていたが、肩や腕、足の噛み跡は腫れ、噛まれる個所によっては致命傷にも成りうるものだった。
猿のような魔物はネオが少し動けるようになっては叫び、動きを止めたところで噛みつきを繰り返し、その内にネオは動けなくなることは目に見えていた。
(あの叫び声を封じなければー)
ネオは頭を僅かに下げ、少しばかり動く腕で両腕を交差させ自らの腕を抱くように構え、右腕は剣を持っていた。
(もう少しだ。もう少し動くようになったら、一気にかたをつける)
ネオは剣舞の中でも最速の舞いの構え、剣舞〝疾風〟の構えを取った。
アルは戦いの最中、部屋を見回した。
玉座の間の奥に追いやられる形で、セトラ、オリオンを抱いたアイビー王妃が怯えた顔で立ち、ネオは彼女たちを護るように前に進み出て、猿のような顔の魔物と対峙している。
そこから少し右手前にずれたところでアルは岩のような大型の魔物に剣を構えていた。
メイリンとクルミは部屋の中央辺りで攻防を繰り返している。
クルミもネオも苦戦しており、周囲を窺う暇さえなかった。
(逃げる隙なんてない)
今の状態ではもし自分が隙をついて王妃たちを連れ出せても、メイリンも魔物もこちらへ追って来るだろう。逃げられない、とアルはごくりと唾を飲んだ。
―その少し前。
地下の、奥深くの宝物庫にて、ダイス王は堅く閉ざされた扉を持っていた鍵を回して開いた。
背後には鍛えた体の二メートルほどもある体躯の魔族シスが腕を組んで立っている。
宝物庫の一番奥、そこに飾られているのは、木で作られた、先が十字のような形で中央に石が埋まった古びた杖だった。
魔族シスはその杖に近づき、乱暴に手に取り、じっとそれを眺めた。
「なるほど。妙な力を感じる。これが神具か」
「これは〝神風の杖〟と言い伝えられている。魔のものが持ったとしても何の意味もない。なぜ神具を狙うのだ?」
「ふん、貴様らには何の関係もない。何も知らぬ無知な人間の王よ」
シスはゆっくりと、背中の大剣を引き抜いた。
「これで貴様の用は済んだ。あの方は王族は殺せと命じられた。……終わりだ、王よ!」
「杖は渡した! 約束が違う!」
「約束だと? そんなもの交わした覚えはない。王妃が勝手に願い出て、自ら宝物庫の場所を言っただけだ」
シスの眼は赤く濁った光を放ち、一つの命を奪う高揚感に満ちていた。
「や、やめろ……」
ダイスは誰もいない地下の宝物庫で、前方を向いたま後ろに下がり、壁に当たると絶望の声を漏らした。
シスは口の端を大きく持ち上げ、壁に追い詰めたダイスに向かい、高揚感のままに大剣を振り下ろしたー。
岩のような体の魔物はぶんと腕を振り回し、アルを攻撃する。
アルは避けたが、魔物が殴った床が砕けた。魔物が下を向いている隙にアルは剣を振り上げ、魔物を切る。
ガキイイーー。
しかし岩のような魔物の皮膚は堅く、刃が通らない。
(切れない!)
アルは数歩下がり、切れなかった刃を構えた。
アルは十字剣を探さないまま、ここ、玉座の間へ来たことを後悔した。
一刻も早くセトラたちの元へ行き、彼女たちを救わなければという焦りが招いた失敗だった。
クルミはメイリンとの戦いに苦戦している。メイリンは同じ石を持つ者でもクルミやネオと違い、恐らく自らの力を最大限に発揮でき、戦いを優位に進められるのだろう。十字剣は、メイリンと互角、もしくはそれ以上に渡り合える唯一の手段だ。あれがなければ魔族どころかメイリンさえも倒すことはできない。
(このままでは誰も救えない)
アルが悪い考えに浸食されようとしていると、動かなかったネオが、カッと眼を見開いた。
舞の型の最速の足運びで突如飛び出し、腕を開きながら魔物に剣を横一文字に振った。
猿のような顔の魔物はキイイ、と鳴き、飛んでいたそれはネオの前にぼとっと落ちた。
魔物を一体倒したのだ。
ネオは無傷ではないが、致命傷ではない。
ネオが魔物一体を仕留めたことで、状況は好転したように見えた。ネオの手が空き、アルも魔物を倒せばメイリンを三人がかりで相手にでき、王妃たちを逃がせる可能性が微かに見えた。
アルは一筋の希望を胸に、岩のような魔物に向かい再び剣を構える。
「―やはりまだ誰も死んでいないのか」
すると、一縷の希望を打ち砕く、低く存在感のある声が扉の方から聞こえた。
アルは背筋がぞくりとした。
そちらをバッと振り返ると、魔族シスが腕を組み、扉に寄りかかって立っていた。




