73【クルミとダン】
寂れた酒場ではあったが、その店は賑わっていた。彼女は店のマスターと少し言葉を交わし、店の奥へと入っていった。
奥のテーブル席には髪を結った若い娘と、頬に傷のある長身の男の客が座っていた。
今しがた魔物を倒したダンと、先ほどまでドレス姿で城のダンスパーティーに出席していたクルミだった。
クルミはもうドレスは着ておらず、髪は頭の斜め上に一つに縛り、腿の下までの短いパンツに長いブーツ、半袖のシャツの上に皮のベストを着ていた。
クルミはダンがテーブルに置いた、錆びた短剣をまじまじと眺めた。
「ねえ、これ、もしかして、クラリスの剣? 凄い、見つかったんだ!」
クラリスというのはおよそ50年前に暗躍していた海賊の船長の名で、その船も宝を乗せたまま南西大陸の海域に沈んだとされていた。
「じゃあ、クラリスの他の宝も見つかったの?」
クルミが目を輝かせて身を乗り出したので、ダンは少し照れた様子で、まあな、と言った。
クルミとダンはとある出来事で知り会い、かれこれ2年ほどの付き合いがあった。
珍しい武器や道具などを手にすると、ダンはクルミに安く売ったり譲ったりしていた。
「これ、買うよ。幾ら?」
クルミは短剣を見つめて言った。
「金はいいよ。そんな錆びた剣、俺は使わねえから」
「錆びを取れば十分使えるよ。お金は払うよ。ただで貰う訳にはいかない。今までも色々貰ってるしね。金貨15枚でどう?」
ただで貰う訳にはいかないと言いながら、本来の価値よりも少し下げた値をいうクルミだった。
ダンはそれを何となく分かっていたが、文句をいうことなく、ああ、と頷く。
「なあ、ところでクルミ、話は変わるけど、今度、俺の船に乗って一緒に世界を回ってみねえか?」
ダンは真剣な顔をしていた。
不器用な彼なりの告白だったが、クルミは全く気付かず、口をへの字に結び、何を言っているのだろう、という顔をしていた。
「ダン、あたし色々忙しいから。知ってるでしょ? のんびり旅行する暇なんてないよ」
レイズン家の経営する主要な武器屋の仕入れや品定めをしている彼女は世界を飛び回り、年頃の娘らしい恋愛や遊びは皆無だった。王の主催するダンスパーティーに出席したのも父に頼まれ、仕方なく顔を出しただけだ。
「いや、でもなクルミ、お前に付き合うからー」
「それじゃダン、今日は有難う。また何か見つけたらラーガで知らせて」
ラーガというのは、手紙を届けるよう訓練された鳥で、届ける者の匂いを嗅がせて、手紙をその者に届けることができる。
人が運ぶよりずっと早く届けることができ、長距離を飛ぶことが可能だ。珍しい鳥である上、訓練されたラーガを持つ者は少ないが、クルミもダンもそれぞれ一羽ずつ持っていた。
「それじゃまた」
クルミは手を上げテーブルを立ち、にこやかに言い、立ち去ろうとする。
「クルミ、もう行くのかよ?」
「うん、早くこれを使えるようにしたいから。あ、あたしの分はこれで払っておいて」
最後に彼女は銀貨3枚をテーブルに置き、足早に立ち去っていく。
ダンとクルミは仲が良く気が合うし、武器のことだけではなく、近況などについても手紙のやり取りをしていた。しかしそれ以上に発展することはなかった。
「……また振られやしたね、お頭」
クルミが行ってしまうと、一連の出来事を見ていた、鶏のトサカのような頭をした子分の一人が、酒を手ににやにやと言った。
「振られてねえよ」
ダンはぎろりと子分を睨んだ。子分は、その眼にびくっと体を震わす。
「にしても、あんな生意気な小娘のどこがいいんですかい?」
トサカ頭の子分が機嫌を取るように言った。
もう一人の髪の長い子分も傍に来て、全くだ、と頷く。2人とも陽に焼けた肌をし、腰には短剣を差していた。
「そうそう、あんな小娘じゃなくてもお頭だったら、もっと大人ないい女がいるでしょうが」
ダンは世界中を旅し、男も女もそれぞれの国や町に知り会いが大勢いた。若く力のある海賊の頭であるダンに思いを寄せる女性も少なくなかった。
海賊と言っても、ダンたち『トラヴィス海賊団』は同業者から盗むことはあっても、市民も貴族も王族も、悪事を行う者以外の船は一切襲うことはなかった。船を襲い手にした金や宝は海賊たちに分配もするが、必要以上には取らず、ほとんどは世界中の恵まれない者たちに分け与え、己の肥やしにすることなどなかった。トラヴィス海賊団は、恵まれない者たちにとって、海賊という名の英雄なのだ。また普段は船を襲うだけではなく、各地に眠る宝を探す、トレジャーハンターもしている。
トラヴィスという名は、ダンの前期の海賊の長の名で、ダンを拾い育てた親代わりでもあったが、年老いたため引退し、小島で静かに暮らしている。
トラヴィスを尊敬し、彼にその命を救われたダンはトラヴィスの名のまま海賊団を引き継いでいた。
ダンは、ジョッキに注がれたビールをぐい、と飲み込んだ。
今まで恋人がいなかった訳ではないが、クルミを恋愛対象として意識し始めてからは彼女一筋だった。
「はああー」
ダンは、七大陸の頂点に立つ海賊の長らしからぬ、深いため息を零した。




