52【蔑まれる者】
城を出て、馬を連れたアルは、昨日馬車が壊れた山林に行くことにした。
昨日とは違い、雪は残っているが道は見通しが良く、寒さも和らいでいた。
馬車が急坂を落ちた場所はすぐに見つかり、馬を馬車道に置いて、道を外れた崖のようなところをアルは注意深く降りた。しかし壊れた馬車にはネオもパティの姿もなく、また荷物すら残っていなかった。
馬車の付近から暫く二人を捜索してみたが、どこへ行ったのかは全く分からなかった。
何の目印も残っていないことから、どうやら二人は自分たちで馬車を抜け出したのではなく、誰かが連れ去ったのだろうとアルは推測した。
(王都に戻るか、それともここから一番近いノーベ村に行くかー)
アルは、考えあぐね、少しの時間の後、どちらへ行くかを決定した。
「買い出し、ですか?」
パティは、ロミオが操る馬車の後ろに乗り、ジルが言ったことを反芻した。
「食料や、ロミオが作っている変な道具とかの材料を買いに、週に一度、王都へ行くんだ」
「変な道具とは失礼だな。ちゃんと、役に立つものも作っているじゃないか。その内の幾つかは城の兵士も使っているくらいだ」
ロミオは反論したが、ジルの顔はなぜか曇っていた。膝を抱えて俯き、黙っていた。
「ジル、どうして元気がないのですか?」
パティは心配そうにジルの顔を覗き込む。
「ジルは王都に行くのが嫌なんだよ。家で待っていたかったんだ」
ジルはむすっとして、馬を操るロミオを睨んだ。
「なぜですか?」
ネオは訊ねたが、ロミオは、静かな口調で、行けばわかるよ、とだけ言った。
「さ、着いたよ。君たちはどうする?」
王都の馴染みの道具屋に着き、馬車を店先に止めたロミオはネオに訊ねた。
「この周辺からアルを探してみましょう、パティ」
「ええ、わたし、このお店でアルのことを聞いてみます」
「では私は向こうを見て来ます」
ネオは二手に別れて探すことを提案した。
「分かった。それじゃあ、パティは僕たちと一緒に。買い出しが済んだら、僕たちもその人、アルを探そう」
ロミオが頷くと、パティは、ありがとうございます、と嬉しそうに言った。
ネオと別れ、パティはジルとロミオと店に入ろうとしたが、ジルは馬車を降りて来なかった。
「オレはここで待ってる。店には入らない」
「いいから。一緒に行こう、ジル。僕がいるから。それにそんなことを言っていたら、どこへも行けないよ」
馬車を降りようとしないジルに、ロミオは励ますように言い、ジルは渋々馬車を降りた。
道具と様々な材料が揃った店に入ると、何人かの客が一斉にパティたちに注目した。それはまるで恐れ、醜い者を見る顔つきだ。パティは、そんな怖い顔で見られたのは初めてなので、ぎくっとした。
「また来たのか、あんたら」
店の女店主が吐き捨てるように言った。小太りな店主は苦々しい顔でロミオたちを一瞥した。
「その言い方はないだろう。僕らは客だよ」
ロミオは気にする素振りもなく、店主に淡々と言い、持ってきたメモを渡す。
「あんたは王様に贔屓にされている学者らしいから、ちゃんと店の物は売るけどね。そうでなかったら、誰が、魔族を連れた奴になんか物を売るさね」
店主の女が皺交じりの額に皺をさらに寄せ、腕を組んで嫌味たらしく言ったと同時に、どん、という音が響いた。
それはまだ店の入り口にいたジルが、背中から突き飛ばされた音だった。
「入口でぼけっと突っ立ってんじゃねえ。邪魔だろうが!」
顎にもじゃもじゃとした髭を蓄えた大きな男が怒鳴った。
パティは驚き、倒れたジルの傍に寄り、少年の肩にそっと触れた。
パティは生まれて初めて、胸が騒めく不快感に襲われた。
「な、何をするのですか、ジルに謝ってください!」
パティはその心のままに、振り返って体躯の大きな男に向かって叫んだ。
「なんだ、お嬢ちゃんは? 余所者は黙っていろ」
周囲の客も店主もジルを庇う様子はなく、ジルを擁護するパティにも、蔑むような眼を向けた。
間違いなく、店主も客たちもジルを恐れ、また見下していた。
「パティ、いいんだ。黙っていて」
ジルは俯き、悔しさを滲ませていたが、そう言った。
ロミオも何かを堪えているようだった。
店主が品物を持ってきて、ロミオたちはそれを持ってきた籠に詰め、三人は店を出た。
「ロミオ、どうして、ジルを庇わないのですか? ジルが酷いことをされたのにー」
馬車に荷を乗せるロミオに、パティは訊いた。
「パティ、僕がジルを庇っても、それでジルが差別を受けなくなることはなかった」
「だったら、どうしてジルを連れて来るのですか?」
「家にじっとしていれば、ジルは嫌な思いをすることはないよ。わかっているさ。だけどそれじゃ、行動できる場所が限られてしまうし、ジルは哀れな子になってしまう」
ロミオは僅かに目を伏せた。
「ジルが自分で乗り越えるしかないんだ。ここで人として暮らしていく限りはー」
ロミオは言ったが、パティには、ジルがこの問題を解決できるとは思えなかった。




