23【嵐の海 前半】
第一大陸・北東大陸編
「くしゃん」
パティはくしゃみを一つした。
強い風と雨の降りしきる天候の中、船の中へと二人は移動していた。
アルに連れられ、パティは彼の客室へと連れられた。
きょろきょろと辺りを見回し、狭い部屋の中にあった椅子に腰かける。
船に乗るというのはパティにとってワクワクする出来事だった。
しかし濡れた服と体では凍えそうなので船内を見て回ることはできないだろう。
それに、とパティは思う。
パティは整ったアルの横顔を見た。
アルとようやく会うことができた。
けれどアルのことは話に聞いただけで、パティ自身が知っている訳ではない。
またアルにとってパティはいきなり現れた天使にすぎなかった。
今は、船の探検よりもアルと色々なことを話し、仲良くなりたい、とパティは思っていた。
部屋はベッドと小さなテーブルと椅子があるだけだった。
大きな帆船だが、王子という身分を隠すためもあり、そこは一般客の泊まる部屋だった。
客室に入るとアルはタオルをパティの頭からそっとかけ、
「これしかないんだ。僕が使ったものだがー」
と遠慮がちに言い、ぎこちない仕草でパティの頭の後ろを拭いてやる。
「ありがとうございます」
パティは言うと、アルが頭を拭き終わった頃、腕や翼や体を自分で拭き始めた。
手の届かない翼の部分はアルが拭いた。
こんなふうに他人の世話をすることはアルは初めてだった。
「着替えを用意しないとな。パティ、少しここにいて。君が着られる替えの服を探してくる」
船内には食堂の他に店が二つだけあった。
主に食べ物や薬を売っているが、大きな船だし、服も少しは売っているかもしれない。
パティは、濡れた体が冷えるのか、少し震えていたが、遠慮がちに口を開いた。
「あの、アル。わたし、ロゼスにお金を貰い忘れてしまいました。ロゼスが、王がわたしのために必要なものを買うお金を用意してくれていたと言っていたのですが、港で色々ありまして……」
「こんな格好で飛んで来るぐらいだから、想像はしていたよ。仕方ないさ。旅の資金はそれほど多くは持っていないが、安いものなら買えるから、店を見てくる」
ずぶ濡れの少女を連れて店に行く訳にはいかないので、アルはパティを部屋に残し、一人船内の店に向かった。
パティは空を飛んできたので船代も支払っていない。その手続きもしなければ、とアルは思った。
大きな船だけあり、店は思いの他広く、服も女性用、男性用ともにあった。
服の種類は少ないが、小柄なパティに合いそうな女性用の旅人の服も飾ってある。
シンプルなVネックの藍色のシャツと、同じ色の膝上の長さのパンツだった。
翼を隠せる、大きめのベージュ色のポンチョも購入する。
とりあえず服を先に渡そうと思い、アルは買ったものを持ち部屋へと戻った。
「君に合いそうな服があった。あまりいい生地ではないが、我慢して」
「いえ、そんなこと。動きやすそうですし、服があって良かったです」
と言い、パティはそのまま着替えようと、いきなりドレスを脱ごうとした。
「パ、パティ、ちょっと待て!」
アルは大慌てで顔を背け、顔を赤らめて怒鳴った。
「どうしました?」
「どうしましたじゃない! 部屋を出るから、服を脱ぐのを待ってくれ!」
「あ、はい。わかりました」
パティはのほほんとした調子でにっこりと言った。
(どういうことだ? 天使は男の前でも平気で着替えるのか?)
パティはまだ幼くも見えるが、自分と年はさほど変わらないだろう。
常識外れなパティにアルは急に不安になった。
アルは着替えを待つ間に、パティの乗船手続きをすることにした。
船長は五十過ぎの、いかつい肩をし髭を蓄えた、陽に焼けた肌をした筋肉質な男だった。
船はメイクール国のものだが、船長はアルが王子だとは知らない。
いつも海に出ているようなものなので王族の顔などほとんど見たことがないのだ。
「何、新たに乗船した奴がいるって?」
船長はアルの話に怪訝な顔をしたが、それ以上は何も訊かなかった。
訳ありで船に乗り込んでくる者もいるので、さほど気にはしなかったようだ。
「船室は余ってねえから同じ部屋にしろ」
「……わかった」
予想はしていた。
何しろ、この船便は月に一度しか出航しない。
客は出航を待ちかねていたのだ。
自分の船室に戻ったアルは、ノックをすると、中から、「アルですか?」という澄んだ声がした。
アルはちょっと緊張していたが、パティは先ほどのことはまるで気にも留めない様子で、
「この服、大きさは良いのですが、翼が入らないので、背中のところを穴を開けて欲しいのですがー」
と、シャツを着ようとして手間取っている天使は言った。
「わかった。後ろを向いていて」
アルはこほんと咳払いをし、緊張しながら、背中の翼が当たる服の部分をナイフで切って穴を開けた。
アルが後ろを向いている間に、パティは穴の部分から翼を出して、シャツをきちんと着た。
「動きやすいですし、丁度良いです」
「そうか。良かった。色々あって今日はもう疲れただろう。休むか食事にしよう」
アルは気を取り直し、パティに言った。
「ようやくお会いできたのに休むなんて勿体ないです。まだアルのことをよく知らないですし。わたし、アルともっと話したいです」
パティがあまりにきっぱりというので、アルはどう答えていいか迷った。
(この子は屈託がないんだ)
「そうだな、暫く共に旅するんだ。僕も君のことを理解したい。食事でもしながら話そうか」
アルは唇を緩ませ朗らかに言った。
「はい!」
パティは疲れもあったが興奮もあり、元気に返事をし、二人は船の食堂へと向かった。




