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85【救いの神 前半】

「魔術―」

 アルは初めて聞くその名称を呟いた。

 魔術とは高位魔族だけが使える術で、魔族の能力とは別の、主にエネルギーの集合体による攻撃だった。


 ダンやクルミがシスから攻撃された傷が火傷したように痛むのは、シスの剣が魔術の力を含んでいるためだ。シスは人を切る度に魔の力を剣の先に貯え、その力が溜まると、術を放つことが可能だった。

 シスの剣の切っ先に浮かんだ玉は徐々に大きくなっていた。シスはその玉が完成を迎えた時、放つ。


「言っておくがこれを放てば貴様らは皆死ぬだろう。この部屋全てを吹き飛ばすくらいの威力はあるぞ!」 


 シスが言ったことは真実だろうとアルも皆も解った。その赤黒い玉からは感じたことのない禍々しい力が溢れ、その玉は今にも完成を迎えようとしている。


 各国を旅してきたクルミとダンには魔族に関する多少の知識があった。

 魔術は、普通の盾や剣ではほとんど防ぐことは不可能だと知っていた。

 高位魔族など、今まで何体も魔族と戦ってきた彼らであっても初めてお目にかかる生物だった。それほど数が少なく、魔世界の住人である高位魔族とは住む世界そのものが違っていた。


 アルは十字剣をシスに投げ、攻撃する。

 飛んできた十字剣の凄まじい勢いをシスは剣で止め、しかし十字剣はシスが剣で受け止めながらも回転を続けていたが、力を込め、シスはそれを弾いた。跳ね返った十字剣を掴み、アルはそのままシスに向かって行く。

 アルは地面を蹴り上げ、体格の大きなシスの心臓を目掛け、十字剣を手に飛び込んだ。 


 ガツッ!

 アルの十字剣とシスの大剣がぶつかり、火花を散らした。


(止まっては駄目だ、あの玉で攻撃されたら最後だ)


 アルはシスが玉を打つ間を与えないために攻撃を続ける。それだけではなく、アルは自分がダンのようには戦えないことを分かっていた。

 アルはシスの本来のスピードにはついていけない。ダンのように戦いの勘や経験で攻撃を避けたり察知したりなど、できない。


(みんな傷を負い、戦えるのはもう僕だけだ。せめてみんなが逃げるまでは何とか持ちこたえなくては)


 アルは己を犠牲にしてでも皆を救おうとしていた。

 理想の王を目指して生きていた彼は、目の前の者を救えない者が理想の王になどなれる筈がない、思っていた。

 何より、アルの本質は心底優しいのだ。

 例え誰であっても、目の前で人が死ぬのをもう決して見たくない。それは彼にとってこの上なく苦痛なのだ。

 だがかかって行く度にアルの攻撃は交わされ、止められた。シスはアルの腕を掴み、床に投げつけた。


「アル!」

 パティはアルに駆け寄った。

「パティ、逃げろと言っただろう。他のみんなもー」

 アルがよろめいて立ち上がると、シスが赤黒いその玉を手の平の上にぽうっと浮かせていた。 


「せいぜい良い夢を見るんだな!」

 シスは、大きく膨れ上がったその光る玉を手に浮かべ、腕を前に突き出した。


「神よ、どうか、お助けをー」

 パティにも、シスが放とうとしている玉がとてつもない威力を発揮するものだと何となく分かった。


 パティは知らずの内に神の名を呼び、その聖なる存在に助けを求めた。


≪オレに呼びかけているのは天使か?≫

 

 ―え? 

 パティの呼びかけに応じた者がいた。


≪お前は風の天使パティか? 高位魔族の近くで何をしてやがるんだ。命が惜しくないのか?≫


 脳裏に直接話しかけてくるその声に、パティは聞き覚えがあった。

 声の持ち主はダンのようにぶっきらぼうな口調だが、彼よりもずっと幼い、少年の声音だった。

 パティはきょろきょろと辺りを見回し、周囲に不安そうな顔の仲間たち以外にはいないことを確認する。


≪まあいい。お前のことは地の神に聞いていた。地上に降りた変わり者の天使がいるとな≫


 その声がパティを知っているように、パティもまたその声の主を知っていた。


「あの、あなたは、いえ、あなた様はー、まさか……」


 アルは独り言を言い始めたパティに気付き、眉を寄せた。恐怖で混乱したのだろうか、と。しかしパティに構っている場合ではなかったので、アルは天使から目を離した。


≪丁度、大きな魔の力を感じ、オレはそこへ行こうとしていた。パティ、お前は運がいい。助けてやる≫


 なぜあの方がこの地上にいるのか、助けてくれるのかその理由はわからないが、その者の正体だけはパティは分かった。

 そのような話し方をする者は天にはあの方しかいない。彼は多大な力を持つ神と呼ばれる存在の一つであった。


「ああ、やはり、あなた様は……ライザ様ですね。天に住まう炎の神、ライザ様―」

 パティは地上では決して会うことはないだろうと思っていた神の名を口にした。


「どうか、早くー、早く助けてください。わたしの大切な方たちも一緒にいます、とても、危険なのです……!」

 パティは両手を結び、目を閉じ、炎の神に語り掛けた。


「何ぶつぶつ言ってるの、パティ、逃げるよ!」

 クルミはダンに肩を借り叫び、アルやネオにも逃げて、と叫ぶ。


「誰一人とて逃がさん!」 

 シスの手の平に浮かんでいた玉が、ぼうっと低い音を立て、放たれた。

 玉は周囲を暗く染め上げながら、扉に向かう者たちにスピードを上げ突進していく!   

 玉は風のように早く、一番近くにいたアルとぶつかろうとしていた。


「アル!!」


 パティが叫び、アルの腕を掴むと、アルはパティを護ろうと抱き締める。

 同時に闇の玉が二人に触れようとしていたー。

 ゴウッ!


(火柱……?)


 アルは自分のごく近くに熱を感じ、その熱さに片腕をパティから放し、顔を覆った。目を細めたその視界に、炎の柱が天井に向かって伸びているのを目にした。


 闇の玉は火柱に触れると、ジュワッと溶けてなくなった。

 アルはその火柱の熱さに、パティを連れてその場から離れる。

 皆は、火柱の中に少年がいるのを見た。


「人間たちよ。命が惜しければもっと離れているんだな」

 炎の中の少年は背後のアルたちに言い、少年が横に手を振ると火柱は消えた。


(ああ、ライザ様。本当に、来てくださったのですね……!)


 パティは少年を見ると、その顔はみるみる内に喜びへと変化をした。

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