84【奥の手】
(なぜ? なぜ勝てないの?)
メイリンは肩で息をし、蜂蜜色の髪と瞳をした自分より年下の王子を見た。
(私は血の滲むような努力をして腕を磨いてきたわ。来る日も来る日も……それなのになぜ、この、ぬくぬくと育ってきた王子に勝てない!)
ガキッ、とメイリンの短剣とアルの十字剣がぶつかり、火花を散らせた。
―この若い王子も同じだというの? 鍛錬に明け暮れ、腕を磨いてきたと? 王になることが約束されているというのに。
メイリンの額には汗が滲み、十字剣が重く圧し掛かる。
メイリンはばっと飛び上がり、アルから少し距離を取って手を床に置き着地した。メイリンは既に石の力を発動させている。石を光らせることで力を発動させると、腕力やスピードといったその者の基本的な力が飛躍的に上がる。しかしアルには通用していない。
数分、二人はぶつかり合い、互いの刃を打ち合っていたが、アルもメイリンも息を弾ませていた。
「認めなければいけないわね、アルタイア」
メイリンは静かな口調で言った。
「お前は凄いわ。その王家の武器の力だとしても、そこまで使いこなして、私の動きにもついて来ている。才能だとしても、努力したのね」
今のメイリンからは憎しみは感じられなかった。淡々と言葉を紡ぐ声音は落ち着いている。
「けれど私はお前を殺すわ。それが私の望みだから」
「メイリンー」
アルはそれ以上何も言えなかった。ここで何か言えば、メイリンに流され、戦えなくなる気がした。
アルは十字剣を顔の横に構え、メイリンに向かって投げた。メイリンは頭だけを動かし避けた。
(見切ったのか?)
アルの手元に戻った十字剣をアルはもう一度投げた。
「無駄なことをー」
メイリンは再びの攻撃を軽々と避け、鞭を取り出し、右手に持つと首の後ろに一度鞭を回してから前に打った。
アルの足元を狙い、転ばせた。その隙を逃さず、メイリンはアルを二度三度と鞭で打った。
「くっ……」
鞭の棘はアルの皮膚に食い込み、血を流させた。
「終わりよ、アルタイア!」
メイリンは最後の攻撃に打って出た。
短剣を手に転んだアルの首元を狙い、真っすぐに突っ込んで来る。
「アル!」
パティはアルの元へ駆け寄った。自分が何をできる訳でもないが、そうせずにはいられなかった。
アイビーは、逃げる時にパティも連れて行こうとしたが、パティは頑としてその場を動かなかった。
メイリンがアルの首に短剣を突き刺そうとした時、ぎゅるぎゅる、と音を立て、十字剣がメイリンの背に突き刺さった。
「な……」
「あなたは既に十字剣の動きを把握しかけていたからな。不意を付くしかできなかったんだ」
アルは鞭で負った傷から血を流して立ち上がり、メイリンに言った。
(罠だったのか)
メイリンは肩で息をして背中に刺さった十字剣を引き抜くと、背から血を噴き出し、よろよろと座り込んだ。彼女の傷は深い。もう戦えないだろう。
「アル、良かった」
パティはアルに駆け寄り、無事だったことに少し微笑んだ。
「パティ、まだ戦いは終わっていない。ここへいてはいけないよ。すぐに避難するんだ」
アルはパティの顔をじっと見つめて言った。
その少し離れた場所ではダンとシスが互いの武器をぶつけ合う音がし、二人はそちらを振り向いた。
ダンは必死にシスのスピードに食らいついていたが、それは彼の経験と勘がなせる業だった。ダンはシスの全ての動きを目で追えている訳ではなく、動き回るシスの気配をところどころ捕らえているだけだ。
ダンは鎌を右手に持ち、鎖を左手に持つ。
眼を凝らしてシスの動きに神経を集中させ、反撃の機会を窺う。
背に気配を感じ、ダンは鎌を振り、ほとんど掠りもしなかったが、次はダンの頭上にシスが飛び、ダンは距離を取って鎖を投げる。それは掠りはするものの、傷をつけることは叶わない。
「ちっ」
シスは舌打ちした。
(あの男、俺の動きがほとんど見えていないくせに勘が鋭い。致命傷にならないー)
だが無論、シスには勝算がある。
シスはその場で足を開き、片足を軽く伸ばし、少し屈伸をした。次に先ほどよりもスピードを上げ、正面からダンの前に現れた。ダンは今度は気配を察知できず、シスは切り付けたが、それは浅かった。
「もう一度だ!」
シスは再び切り付けようとするが、今度はダンは後ろに飛びのき、鎖を上下に伸ばして剣を防いだ。
シスは今度はゆっくりとダンに近づき姿は見せた上で、スピードを上げて下肢に向かって剣を横に振った。ダンは持ち前の反射神経で避け、再び掠り傷程度で済んだ。
「大した傷はつけられてねえぞ。お前、本当は大したことねえな?」
シスはそれを聞き、くっくと笑った。
「軽口を叩けるのも今の内だ。貴様らは必ず死ぬことになる」
「負け惜しみか?」
シスがダンに付けた傷はどれも深い傷ではなかったが、切り付けられた箇所は通常の傷よりも痛みを伴っていた。
シスの大剣は切り付ける度に赤く光り、それに呼応するように赤い眼も不気味に光った。
「真実だ。だがまずはそこに転がっている邪魔な奴らを始末してやる」
シスはダンから目を離し、座り込んだネオとクルミに目を向けた。
「パティ、離れて!」
シスがネオに向かったのでアルはその前に立ち、剣で防ぐ。
「ネオ、クルミを連れて行くんだ!」
ネオはすぐに動いたが、既に体は思うように動かず、素早い動きはできないようだった。
シスはにやりと笑い、今度は剣をクルミに向けた。クルミは立ち上がろうとするが、焦って上手く立てずにいた。動けないクルミは恰好の的だ。
「よせ!」
ダンは走り、シスに向かって咄嗟に鎌を投げた。だがシスは鎌を剣で弾き返した。ダンはシスが襲い来る前にクルミに駆け寄った。
クルミはダンが何をしようとしているか悟り、首を振った。
「ダン、駄目! あたしに構っていたらあんたもやられる!」
「余計な心配するな、クルミ。大人しく護られとけ」
ダンは走りながらばっとクルミを抱え込み、背後に迫るシスから彼女を護る体制を取った。
「ふん、つまらんことをする奴だ、望み通り切ってやる!」
ダンはシスの大剣で背中を深く切られ、クルミを抱えたまま倒れ込んだ。
「これで準備は整った。剣が貴様らの血を十分に吸った。もう貴様らを纏めて殺せる」
ダンが切られた傷は致命傷になるほど深く鋭い切れ味で、まるで背中を焼かれるような痛みを伴った。
今まで幾つもの修羅場を経験しているダンですら初めて感じるほどの強い痛みに、ダンは頭がくらつき、気を失いそうだった。しかし腕の中のクルミだけは何としても護らねばならないと誓いを立てた時、無情にも再びシスの剣が振り下ろされる。
ズガッ!!
アルは十字剣を手に、間一髪のところでダンとシスの間に入り、攻撃を遮った。
「アル!」
ダンが叫んだ。
「早く、安全なところへ!」
ダンはアルが飛び出したことに少なからず驚いた。一国の王子である彼が、自分の命を顧みず、魔族と戦おうとしている。そこにいる者たちを護るために。
ダンは本来まだ戦えた筈だ。それなのにクルミを庇った時に負傷し、王子であるアルに任せてその場を立ち去ることに罪悪感を覚えた。
ダンは戦う時はいつでも命を懸けて戦う覚悟があった。今もそうだ。しかし今はクルミを移動させることが先決だ。
「アル……。悪いな」
ダンは力を振り絞り、背中の痛みのことは顔に出さず、片足を負傷したクルミに肩を貸し、玉座の間の扉の方に向かった。
「逃れられるものか。さて、そろそろ終焉と行こう。もう貴様らは何をしようと無駄だ。俺の術からは逃れられない」
そう言ったシスの剣の先に、赤黒い玉が浮かび上がった。
(あれは何だ?)
アルは眉根を寄せ、その禍々しい光る玉に注目した。
周囲の者たちもその玉を見た。
「俺の剣は十分な人の血を吸うと力を得て魔術が発動する。感謝しろ、人間よ。高位魔族の魔術を目にすることなど滅多にないのだからな」
シスは勝ち誇った顔をし、赤い眼で周囲の人間を見回した。




