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少年ハークとわるいこ研究所  作者: きむら
【わるいこ】たちの、戦略的逃走
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出来ることを、補い合って

――僕も、いいかな。


「少しだけだけど、レムザから

 話を聞かせてもらったよ。

 ――巨大な異形のクジラが

 レグリシス山脈の上を泳いでいた。

 それは、人で言う咽頭があって

 君はそのクジラを、エドと呼んだ。

 ――その子は」


博士の話に、それまでいくらか

ハークやベルードからの質問に

答える気さくな青年の表情は薄れる。


「エド。確かにそう呼びました。

 クジラ、いえ、彼の名はエド。

 その後、アーロン、エアディスと

 名を変えた、僕の、……教え子です」



* * * * *


「――Dr.アナグマ。

 貴方は、エドを診ています。

 あなたが半世紀前に

 会ったであろう赤子エド。

 様々な動物の様相を持った

 異形の子。それでも無垢な子。

 僕の義父エストの手記を

 後に目にして、知りました」


博士はおもむろに立ち上がる。

歯を食いしばり、こぶしを握る。


ガラス板越しでもイチモに迫る。

その眼には、涙があふれだす。


せり出し、物を置くわずかな

スペースとして作られた

小さな板に、博士はそっと

こぶしを開く。


博士の両の手は

ゆっくりと板に置かれる。


そして目の前の男に

博士は、頭を下げた。


「……、ありがとう。

 僕は、あの日、あの子に

 エドに、言ってしまった。

 あの日、どうして呼ばれたのか

 分からなかった。けれど僕は

 間違いなく、エドを傷つけた。

 ……イチモくん。君のその言葉に

 嘘偽りはないと思う。

 エドは、今も生きているんだね。

 ……ありがとう。それだけでも

 僕は、嬉しい。……ごめんね。

 言葉が、うまく、出ない、ね……」


博士はそう言い切ると

ふらりと力が抜けてしまう。


それをとっさに受け止めたのはレムザ。

頭と体を支え、すかさず触腕を使って

博士の座っていた椅子を添えた。


「博士!」


「あ、あぁ、ありがとうレムザ。

 ごめんね。エドは――」


「存じています。まずは座りましょう」



「博士、もしかしてわるいこ研究の

 第一症例ていうのが……」


ハークはふとイチモの座学を思い出す。

わるいこ研究の第一症例の話が出た。

それが30年前に現れたのが最初、と。


「そう。エド。名前だけのあの子は

 僕が最初に診たわるいこ、だと思う。

 今もハッキリ、そうだ、と断言できない。

 彼のカルテはずっと僕の机引き出しに

 大切に入れている。

 ――僕が背負わないといけない

 決心のきっかけになった子だ。」



* * * * *



「博士。エドは貴方と再会を

 ずっとずっと楽しみにしていました。

 しかし、あなたも、エドも人間です。

 ただ、置かれた環境が、感じ方が

 何もかも全てが、同じとは限らない

 唯一無二の命です。

 あの後、彼は悲しみ、泣いていました。

 それから何もかも変わる起点となり

 彼がとうとう彼だからこその役目を

 担わされたのです」


「役目……かい?」


「僕はもう、彼のそばに居られる

 理由も、その証もない。

 誤算だった。本来なら、僕とエドは

 ハーク君のおかげで、全てが終わるはずだった。

 けれど僕らは、離れてしまった」


「俺の、おかげ……?」


突然自分の名前が出たため驚くハーク。


それに合わせてベルードが、レムザが

博士も、ユミナもハークを見つめた。


「今となっては

 なぜこうなったか分かりません。

 ただ僕が最後に言えることは一つ。

 ――エドは、今も人々を運んでいる。

 エドは祖として、次の世界へ運ぶ

 担い手になっている、と」



「いまは、エドはどこに……?」


イチモはチラリとハークを、

その後レムザの方に目を向ける。


部屋にかけられた時計を見て

ふぅと息を整える。



「分かりません。

 ですがエドが死ぬことはない。

 担い手となった結果、死ぬことは許されず

 ただその時まで泳いでいます。

 僕の予想ですが、あぁもう13時……。

 ならこの時間には動き始めます。

 彼は周期的に大陸を泳いでいます。

 前までは北東部から北西部、そして南西部に至ってます」


「死ねなくさせられている……」


「博士。本当ならすぐに

 伝えねばなりませんでした。

 しかし当時、僕はエドの家庭教師

 だっただけの人間です。

 僕が見たのは、彼は間違いなく

 異形なだけの、幼い人の子です。

 それだけは伝えられます」


それを聞いた博士はうつむき

膝にのせた拳にポタポタと涙が落ちる。


「良かった。良かった。

 まだ生きてくれていた。

 ……僕は、いつか会えると願っていた。

 ようやく、エドと会える。

 ……今度こそ、僕が助けないと」



* * * * *



面会室にノックが響く。

それも続けて二度叩かれる。


そこから聞こえたのは、少佐の声。


「諸君。そろそろ時間だ。

 ところどころ映像が乱れている。

 何かあったかね?」


少佐が扉越しにそう呼びかける。


「いえ。こちらは異常ありません。

 いま出ます」


レムザがそう答え、博士から部屋を

出るように、と促す。



「博士、それに皆さん。

 僕はできる限り必要な情報は伝えます。

 また時間があれば、来てください」


少佐が扉向こうからしきりに催促する。


それじゃ、と博士から部屋を出る。


レムザがその後に続き

ベルードが後を追う。


ハークが出ようと扉のノブに手をかける。


「ハーク君」


イチモが呼び止める。

ハークが振り返った先には

時計を見つめるイチモの姿。


「もし良かったら

 また僕の話を聞いてほしい。

 僕はまだ教えきれてない。

 13時からなら、算数から。

 11時なら、大陸の歴史を」


ハークは小さく頷く。


ユミナはそれに気づいたようで

イチモを一度見たのち、小さく手を振った。

ここまで読んでいただき

ありがとうございます。


続きます。次話投稿予定は

2021.11.26(金)です。

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