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少年ハークとわるいこ研究所  作者: きむら
ExⅥ:レムザニットと――
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81/332

交わるは触手と尾か

――人の役に立て。


――弱きを守れ。


父は事ある毎にそう言う。


俺は、私は、それを守った。



* * * * *



私はとある商人の

長男として生を受けた。


商人である父は

当時から私が跡継ぎと考え

多くの人や経験をさせてくれた。



『人の役に立て』

というのは二つ意味がある。


ひとつは

困っている人を助けることで

新たに誰かを助ける担い手になる。

つまりは、世界をより良くするという

意味だそうだ。


もうひとつは

最後まで教えてくれなかった。



父の商才は、大陸経済の一端を担った。

卸売業者、運送会社と言われるが

父曰く、流通関係の仕事という。


食品から衣類、家具、原材料まで

他の異業種をつなげていき

物流を作り出していった。


それは父の先見の明、直感、才能。

いとも容易くこなしていく父は

自分とは違う生命なのではと

幼いながら疑った。



* * * * *



ある時、父はいままで

関係を持ったことのない

とある建築関係の人たちと

関わる様になった。


周りは何か始めるのだと

誰もが信じて疑わなかった。



ところが、それから数年後

エイール大陸北東部から

南西部にかけて大規模な

災害が発生した。


発端は地震であった。

まさに地割れというほど。

それに付随して、火事が起き

そこにあった多くのものが

焼けて消えた。


父は翌日には被災者支援を開始した。

建築関係者に連絡し、現地へ物資及び

人材を派遣し、ほとんどを送り届けた。


災害からの復興は目覚ましく

父のこの行動は、誰の目にも

神様のようだったろう。



そんな父の背中を

父が語った言葉を胸に

私は何事にも打ち込んだ。


早く父の跡を継ぐ。

それだけを目指した。



しかし、現実はそう甘くはない。

父の才能それを受け継げなかった。


それどころか、よく物を落として

父と一緒に探してもらった。


偉大な父に、凡庸な息子。

絵に描いたような親子わたしたち

意地の悪い大人たちは

酒の肴に楽しんでいた。


それを知らないふりをして

私はただひたすら、父の背中を追った。

いつか父の跡を継ぐ。いつか父を超す。


ただそれだけを思って生きてきた。



* * * * *



私が中等部最後の年。

突然、担任から呼び出された。


「父上が、危篤だ」


あまりの突然のことに

訳がわからず、私は急いで帰った。



帰宅すると

母と弟妹たちが待っていた。


「父さんが、刺されたの」


母はそう答える。

ひとつ下の弟が説明した。



父の商才に付き従う人も居れば

輝かしく人の前へ立つ姿を

恨めしく思う人もいた。


それもひとりではない。

複数人が計画し、父を刺した。

そして父は危ういという。


私は母たちを残して

急いでへ向かった。


「レムザ様っ?!

 あぁお待ちください!

 旦那様は、絶対安静で――」


医者を押し退け、私は病室に入った。



そこには幾重も

束になったチューブに繋がれ

人工呼吸機で辛うじて

一命を取り止めている父。


その表情は

穏やかさそのものだった。


父はかすれ声で私を呼ぶ。

私の頭にポンと手を置いて

力を振り絞り、口を動かす。


「跡を、継ぐな。

 これで、よい。

 我が息子、レムザよ。

 家族を、頼んだ――」


父はそう言い

笑顔のまま息を引き取った。


私が父の最期を見送った。


私は父の言葉を母たちへ伝え

逃げる様に世間から身を隠した。



父は刺される直前には

事業のほとんどを

別の会社へ譲り渡していた。


自身の手から離し

次の世代へ渡して

成長させていくことを

最終的な目標と

しているようだった。


この父の行動が

残された私たち家族が

困らなくなったのは

紛れもない事実だ。



――僕たち、どうなるの?


大丈夫だ。俺が何とかする。

出来るのか。いや、しなければ。


――兄さん。無理しないで。


大丈夫だ。身体は頑丈だ。

逃げたい。だが、ダメだ。


――レムザ。あの人のことは……。


いいんだ母さん。

弟たちを立派にしないと。



父を失って、母一人だけに

辛い思いをさせるわけにはいかない。

弟妹達を悲しませるわけにはいかない。



* * * * *



――私は働いた。


夜も昼も休みも関係なく働いた。

弟妹たちを自立させるために

父の言葉を報いるため。


甲斐あってか

弟妹たちは良い仕事に就けた。


名の知らない会社の事務として

創業間もない会社の幹部として

みな往々に良い仕事に就いたと

私に報告してくれた。


そこには偉大な父へ

通じることなど一切なく

どこの誰かも知らない

どこにでもいる普通の親から

生まれたただ一人の

人間として、である。



弟妹たちを一人前として

世間へ送り出してやった。


ひとり残った私の胸中に

ちいさな引っかかりがあった。


――父を殺した奴らは

何を思ったのだろう。


私は母を弟妹達へ預けた。


「母さんには、弟たちと

 静かに暮らしてほしい。

 俺は、やることができた。

 これ以上は、言えない。

 ――すまない。元気で」


その言葉を最後に

私は家族と離れた。


ひとり、父を殺した犯人

犯人たちを追った。



* * * * *



数年費やした独自調査の結果

エイール大陸北西部の集団に

よるものとわかった。


私は単身そこへ乗り込んだ。


そこは未開拓の土地だと聞いていた。

荒れ果て、貧民街として成り立つ

無法地帯となっていると誰もが言う。



山を超えた先。

交通手段などほとんどない。

徒歩で向かわねばならなかった。


「なんだ、あれは……?」


遠くからでも分かる。

繁栄した街が見える。

何もかもが整った建物。

物質的な明るさと豊かさが

私の目に映った。


中へ訪れるとそこは

先進的な建物や

多くの人で溢れ返っていた。


どこを見てもきらびやかな世界。

私は間違えたとさえ思った。



私は街を堂々と歩いた。

感づかれないようと街を眺める。


多岐にわたる服を着た人々が

そこかしこを歩いている。


つばの大きな帽子を被り

きらびやかな装飾品を

身にまとう女性。


金の時計をちらりと見えるよう

袖口の細部まで緻密な模様が

描かれたスーツのような服を

身にまとう男性。


一枚の白い布を

器用に体に巻きつけて

長く放射状に広がるひげを蓄えて

何人かの供回りを持った老人。


派手さはないも

ちいさなアクセサリーを

帽子や胸元につけて

品よく振る舞う老婦人。


周りの店も彼彼女らを

迎えるべく相応の装いをしている。



あまりに見ない人々が行き交う。

いったい何をしたらここまでの

物が溢れた街になるのだ。


私は商才はなかったが

父からの経験と体験から

理解はしている。


交易がもたらす財。

人と人とが行き交うという

至極単純な人々の交わりであるが

そのエネルギーは計り知れない。


しかしそれには限界がある。

ではこの豊かさはなんだ。

理由は。仕組みは。答えは。


頭をひねる私は

ふと聞き慣れない音を耳にする。

それも、豊かさを体現する街から

聞こえるものではない。


その理由がすぐにわかった。



表通りの人通りとは違う声。

うめき声。怒声。嬌声。

それらが狭く暗い路地の

向こう側から聞こえてくる。



“パシィィシン、パシィイン”


ふと目を落とした先。

鉄格子の地面の下。

そこから見えたのは地下の暗がり。

聞こえたのは、幼い子供たちの声。


強制労働の人々が働く様子。

それも子供。肩に番号が刻印され

彼らは番号で呼ばれた。



ある一人が私をみた。

涙の出ない渇いた虚ろな目。


また一人がみた。

怒りと悔しさの血走った目。


突然向けられた

今まで感じたことのない恐ろしさから

私は振りきる様にその場を去った。


今思えば、その街から

出ていけばよかったのだろう。



だが逃げた先の暗い路地では

平然と奴隷商売が行われていた。


「――300。――350。

 ――370。370! 次!」


私は恐怖に囚われ、すくんだ。

そこに居る人々は当然のように

なんの疑いもなく人が人を売り買いする。

道徳が、倫理が、人道が、常識が

一瞬にして私の中から脆く崩れていった。



「――なんだお前。見たことないな」


「おいこいつ、奴隷じゃないぞ」


「ちょうどいい。一人いなかったんだ。

 あの野郎がいなくなって

 ようやくこの商売が出来るってんだ」


「おい、早くしろ。

 またあの毒野郎が来ちまう……!」


それに気づいた奴隷商の用心棒が

私の肩を掴んでいる。


ずんぐりむっくりな用心棒。

肩と首との境目など肉に埋もれた

短足な大男。


男の声にぞろぞろと湧くがごとく

その仲間たちに取り囲まれてしまった。



売られる。怖い。



私は必死で逃げようと思ったとき

ちょうど引き渡される子供の奴隷と

偶然、目があった。



あぁ見るな。



子供は涙を流している。

体中あざだらけの、顔にすすが付き

髪はバッサリ切られた女の子。



――助けて。



そんな目で見るな……。



弟妹たちが、あの日父を亡くした時

悲しみに暮れる姿と重なり

私の中に、恐れと怒りが混ざり合った。


「(見過ごせない。

 だが、俺も売られてしまう。

 どうする。何ができる?

 あぁ、ちくしょう。ちくしょう……ッ!

 父さん……! 母さん……!)」


私は、奮起した。



「さっさと諦め……、ろ?」


用心棒のこぶしは止まっている。

ギリギリと力を入れてもなお動かない。


「お、おい!? たかがガキだろ!

 なに手加減してんだ?!」


「ち、違ぇんだ! こ、拳が……」


「お、おい、あのガキ

 なんか、変、じゃないか……?」



その時、私は力を得た。

何が何だかわからないものの

感覚は分かる。


自分の体が延長された。

ただ力が、あふれていく。


何本も腕があるような感覚。

全てが無造作に動いている。

何もかも吹き飛ばしていく。

当たっていく物の痛みに

身体が反応している。


「あ、あぁ、ああああ!

 ああァあァああッ!」


ぶつかる痛みが

名のしれない感覚が

私を駆け巡った。


身体を動かすだけでも

必要以上に頭痛がした。


私の目に映ったのは

ただただ私を中心に

周りの者が吹き飛ぶ様子。


奴隷商たちの荷物、商品。

買いに来た人々の持ち物。

路地裏の壁だったガレキ。



人智を越えた力で

奴隷商売は滅茶苦茶となった。


力が、ただその場を

めちゃくちゃにするためばかりに

ただやり場のない力の矛先が

その場をかき回していく。


「く、崩れる……!」


「に、逃げろおぉぉぉ!」



彼らを助ける前に

私はその場から逃げ出した。


続いて用心棒たちが

奴隷商が、買い手が、奴隷たちが

路地裏から蜘蛛の子を散らすように

誰もが逃げていった。


そんなことを知らない人々は

突然の路地裏の崩落に

物珍しそうに集まり始めていた。


ちらりと一目見る。


きらびやかなドレスを着た一人は

ハンカチを口に当てて目を丸くしていた。


老人がお供に状況を聞いている。


ボロ布をまとった誰かが見ている。


材木を運んでいた数人が

担ぎつつその様子を見よう見ようと

覗き込んでいた。


「(痛い……!

 なんだ、この痛みは!?)」


私は人気のないところを

当てもなく探した。



* * * * *



力の制御が出来ず

身体が千切りかける感覚である。


見えない何か、身体の延長とある

何かに対して、気力の限り抗った。


私には商才など受け継げなかった。

むしろ天性と言えるものなどなく

強いてあげれば身体は頑丈だった。

だが全く知らない痛みである。

身体が頑丈だから耐えられるとは

限らない。何倍も襲いかかる。


誰か。助けてくれ。



――日が傾き始め、夜がやってきた。


あまりに多くの

突然のことが私に打ちつける。


感じる身体の痛み、そして孤独。


街が見える高い場所。


煌々と明かりが灯る街。

人々は笑いあう。

遠くでは楽しそうに

酒か食べ物かを口にし

語り合う姿が何度も見える。


静かに、暗闇の中

私はぐったりと

身体を横たえる。


「(死ぬのだろうか)」


私がそう夜空に浮かぶ月を

力なく眺めた。


身体が動かなくなった。

疲れなのかそれとも死に近いのか。

わからないが、とにかく動かなかった。


このまま死ぬのか。

あぁせめて……、と

ふと脳裏によぎる。



その時、月が突然欠けた。

真ん中が黒くかけた。

それがだんだんと大きくなる。

ふわりと私の目の前に現れたのは

大人ほどの体躯の狐であった。


見間違いだろう。幻覚だ。

もしくは、死神だ。


そう私が考えたとき

狐の姿は人へと変わった。



「――おい、アンタだろ。

 今日の奴隷脱走事件の張本人」


その声は、私と同じくらいの男。


月明りでわかるのは

金髪の長い髪。


頭の上で紐で縛ってあり

その先は四方八方にハネている。

細くもしっかり鍛えられた四肢。

黒のシンプルなノースリーブと

裾の広い見たことのないズボン。


私の前に座り込んで覗き込む。

目つきが鋭く、こちらの様子を

じっくり観察している。



「アンタを助けてやる。

 俺と同じ力だと思うがよ。

 初めはそんなもんだろ。

 その代わり、俺たちの

 リーダーになってくれ――」



私はこの時、出会ってよかったと思う。


彼は無愛想で、不器用だが

人一倍、人を想う心を持った

正義感であった――

ここまで読んでいただき

ありがとうございます。


続きます。次話投稿予定は

2021.10.25(月)です。


また区切りの話予定です。

よろしくお願いいたします。

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