血より濃く、においでわかること
――グーン裁判官?
ソニアの声に、反応はない。
次の瞬間、グラリ、と
グーンの体は席から床へと倒れる。
手につかんだまま
書類もぶちまけられる。
あまりのに突然のことで
その様子をしばしソニアは
その一連をただ眺めるに留まった。
それに続くように
傍聴席に座った数名が
ひとりまたひとりと
床へと倒れていった。
「っ!? あなた!?
誰か、運んで! 医者も呼んで!」
その表情には
今にも駆け寄らねばという焦りと
いったい何があったのかという不安とが
入り交じっている。
「仕方ありません……。
本裁判は、やむを得ない事態が
発生したため、急遽中断をーー」
ソニアがガベルをすぐさま手にし
裁判中断のため、振り下ろさんとする。
しかし、振り下ろしたはずのそれは
全く鳴ることはなかった。
――それは、なりませんよ
* * * * *
そうつぶやくのは、ナドルである。
ソニアがガベルを振り下ろそうという
その一瞬で、彼女の後ろへと、居た。
その手のひらはガベルを持つ
ソニアの右手首を掴み、止まっている。
状況が飲み込めず、力の限りガベルを
叩こうと振り絞るも、力の差は歴然である。
「ナドル裁判官!? 何を……ッ!
今は人命が最優先で――」
「ソニア裁判長。
あなたは何もわかっていないご様子。
本件は、大陸全体に関わるもの。
そう簡単には中止させません」
ソニアの腕をつかむナドルの掌に
より一層力が入り、ガベルは机へと
ぽとりと置かれる。
「まして私情を持たず
多くの栄誉を断ってまで
いままで裁いてきた貴女が
伴侶である彼が倒れただけで
取り乱すとは――」
右手に注視しているソニアに
ナドルは左手をひらひらと扇ぐ。
それに気づかず、ソニアも
その場にグラリと突っ伏した。
「おや。裁判長も倒れた。
これでは仕方ありません。
ここからは裁判長不在のため
急遽私、ナドル・ファタールが
この場を務めましょう!」
ナドルの左腕が動く。
トニーは口を手で抑える。
グーン、ソニア、アナグマ
その他傍聴席の数人が倒れる。
「(嘘だろ!?
ユミナ、吸っちゃーー)」
「(う?)」
咄嗟にハークは身の危険を感じて
他よりも速く、手で鼻を覆う。
ユミナにももう片手で
鼻を押さえようとするも
ユミナはいったい何なのか
理解していない様子だった。
「被告 Dr.アナグマ。
関係者を差し向け、山麓村で現地人と協力。
バルドリア山麓村への恐喝および恫喝。
子供の保護を騙った人身売買。
その他、追って罪を洗いだしましょう!
判決は死刑!死刑!これにて……ッ!」
ソニアの手から落ちたガベルを手に取り
ナドルは振り下ろす。
しかし、叩きつけたはずも音はならない。
「なに!? ガベルが、叩けない?!」
「ーーお待ちを。ナドル裁判官。
いやナドル・ファタール。
貴方には、裁判妨害および
虚偽の内容告白がみられるッ!」
トニーは席から立ち上がり
息を大きく床から天井に向かって
大きく吐き出す。
彼を中心に風が吹き荒れる。
ナドルの後ろへと風は吹きつけられる。
あまりの強風に、ナドルは両腕を前にし
風から身を守ろうとしている。
しかしハークやベルードには
風はただ流れていくだけで
咳き込むことは見違えてなくなった。
「……あれは、ユニヴァーか」
そうつぶやいたトニーは
垂らした前髪を後ろへ流す。
それに合わせて赤髪は黒髪へと変わり
額に現れる丸の一つ傷が現れる。
タバコを取り出し、火をつけ
一服するレムザであった。
「大丈夫かベルード」
「ゲッホゲッホ……。
いや、臭っ! 臭っ……、臭っ!
大丈夫っすけど、臭ッ!?
一気にわるいこのにおいが……
いやものすご……、臭っ?!」
鼻をつまみながらベルードが立ち上がる。
利き腕の右枷が打ち砕かれ
手枷は左腕にぶら下がる。
ベルードは左手指で
右手で二度つつき、狼の腕と化す。
残った手かせを腕の力でカチ割った。
「ベルード!」
* * * * *
自身の名を呼ばれ
その声の方を向くベルード。
そこには口元を手で覆ったハーク
と、彼に抱えられた赤ん坊に気づく。
「ハーク君! よかった。
イチモさんに連れられて心配――
その赤ん坊はどちら様? 妹?」
「何度も聞かれてるけど、違う!」
「あうあー! うっ!」
ユミナは無邪気にベルードへ手を振る。
それに手を振り返すベルードは
ナドルへと目を向ける。
「ははは。ベルード。そうかベルードか。
まさかと思ったが、生きていたようだ。
大きくなったなぁ。感心なコトだ。
しかも同じような力をもったか。
『兄弟として』、鼻が高い」
ナドルの一声に、ベルードは鼻を動かす。
そして、二度嗅いだのち、ナドルをにらみつける。
「兄弟? ……違う!
お前は兄貴じゃない!
今ならわかる。匂いだ。
兄貴の匂いはするが、兄貴じゃない!
誰だ!?」
ベルードからの言葉に
ナドルは人目を気にせずに
腹を抱え、手を叩いて笑う。
「何を言う? 私の顔を忘れたか。
……あぁそうか。俺の事は、聞かされてない。
やっぱり村は、村のままだったか」
ナドルの表情は一切の笑顔は失せる。
目の前の人間たちを、
否、自分とそれ以外と言わんばかりに
ベルードたちへと冷ややかな鋭い視線を向ける。
サラサラと光がナドルに降りかかる。
それと同時、彼の背中から露となるは
輝く金色の、8本の尾。
「なら改めて話そうかベルード。
レッド=アシッド2代目は
そう、お前の兄貴は、立派に戦ったとも。
そうだ。それも、親殺しなんて
野暮なことを思ったばかりに
あと一歩だったろうな。――死んだよ」
――親父……なのか?
ベルードは力なく、ただナドルを見つめた。
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次話投稿予定は
2021.9.13(月)です。




