もう驚きはしない
「本部、本部。
指名手配犯、発見。
これより殲滅します」
男の声がそう響く。
ちらりと見えたのは
手のひらほどの
小さなトランシーバーに話す。
「なんか物騒な言葉が
聞こえましたけど」
「――失礼。私たちが何か」
「黙れ……ッ! 犯罪者め。
これより殲滅する」
トランシーバーをしまい
レムザたちへと構える。
濃緑色の、真新しい軍帽。
シワ一つない濃緑の軍服。
その胸に小さいながら
3つの赤い勲章を付ける。
背の高い軍人が1人
少なくともレムザに迫るほどである。
吹き飛ばされ自身のほうへと
相対するふたりに、男は鋭い眼光をむける。
手には長く真っ直ぐな
細剣をこちらに向ける。
その切り先はギラリと光り
レムザとイチモへ向けられる。
「レムザさん。何かしました?」
「――その言葉、そっくりそのまま
お返しするぞイチモ」
「いやいや。僕は思い当たることは――」
イチモとレムザは軍服の男を他所に
ああでもないこうでもないと
話し始める。
「時間稼ぎか。させぬぞッ!」
男が半歩踏み出す。
刹那、その身体はレムザの懐に
潜り込んでいる。
「レムザさん!」
イチモの反応よりも早く
レムザは男の剣先を寸でで止める。
* * * * *
「(なにかあったのか!?)」
状況を掴めずにいたハークは
慌てて立ち上がろうとしたとき
グーンが片手を差し出し、止める。
「何事かね」
グーンが立ち上がり
軍人の男へと言い放つ。
それに気づいた男は
剣先そのままに答える。
「ッ!?
……グーン1等裁判官、ですね。
私は法に従っているだけです」
グーンに気づいた男は
すぐさま細剣をなぎ払い
レムザと距離をとる。
「……その男が何かしたかね。
見たところ、君はこの場にいるような
身分の者とは思えんが」
「おや。“慧眼”と称された方が
この男たちを知りませんか。
間違いなくその男、レムザニットは
現在バルドリア山麓村からの訴状により
通称わるいこ研究所の関係者として
リストされてます」
「なに。――では、アナグマの」
「……何卒、ご容赦を。
申し訳ありません、グーン裁判官。
確かに……、私とイチモは
アナグマ博士の研究所職員です」
レムザは背中越しにグーンへ伝える。
その言葉にグーンは驚く様子はないが
静かにレムザと横にいるイチモへ
目を向けた。
最後に軍服の男に目を向け
ふぅと小さく息を吐いた。
「貴方。何かあった?」
ユミナを抱えたソニア副裁判官が現れる。
「ソニア副裁判官も。
あぁ、お二人ともいらしてたのですか。
――警戒レベルを一段階上げる。
お待ちを。すぐに二人を――」
「あうあー」
「ソニア副裁判官。そちらはお孫さんで?
とても変わった様相で?」
「え?! えーっと……」
男の言葉に、しどろもどろになるソニアを
グーンは二人を隠すように前に出た。
「……このユミナと、もうひとりいる。
私たちの遠い親戚でな。わけあって
預かることになっている。
その二人は、ちょうど隣に座ったので
私たちの書類運びに、と雇おうと思ってた」
「それはそれは。危うい所でした。
……あぁ間違いない。
グーン裁判官たちに近づき
自分たちの関係する書類を抹消しようと
したに違いない。
――では、詐欺罪も含めて殲滅を」
――なんだなんだ?
――軍人と、民間人とが?
――こんな所に軍人?
――ねぇねぇ、何やってるのー?
あまりの騒々しさに
別の車両に乗っていた乗客が
レムザたちの様子をガラス越しに
伺っている。
騒ぎがだんだん
大きくなりつつあった。
「……逃げるぞ、イチモッ!」
「へ?」
レムザは大きく息を吸い
勢いよく吐き出す。
吹き出されたのは、黒い煙。
宙を舞い、一種の煙幕となる。
その場は煙で満たされ
何もかもが覆われてしまう。
「きゃっ!?」
ユミナとソニアはその場に座り込む。
グーンは立ち尽くしたまま
今起きている状況を見定めている。
ようやく状況が確認できるだろうと
ハークは身を潜めつつレムザたちの
もとへと急いだ。
「うぉ?! なんだ?!」
空を切る音。
その間から、一番後方にいた
ハークへ何かが投げ込まれる。
「ガッ?!」
それは硬く、予想だにしないことに
ハークの額にクリーンヒットする。
額に反射し、どこかへ滑っていく。
「……痛ッ!」
額を押さえるハークは
その場で立ち眩んだ。
周りは突然の煙幕に
突然の驚きと次いで恐怖が襲い
車内は混乱となった。
* * * * *
「犯罪者め。目眩ましかッ!」
軍人の男は細剣を振るう。
細剣に煙幕がまとまっていく。
一塊となった煙幕を
男は細剣を軽く一閃。
煙幕、煙はサラサラと消えていった。
「逃がすか!」
男が振るう細剣は、文字通り伸びた。
それも的確に煙に紛れた目標へと
生き物の如く、まるで蛇のように伸びた。
「むっ!? 剣が、伸びた……?」
細剣はレムザの横を通り過ぎ
電車の窓を大きく穴をあけた。
「――え!? なんでルフェ……」
「飛び降りるぞッ!」
レムザはイチモを連れたまま
あけられた穴へ駆け出す。
電車から飛び降りた二人の真下は、空。
そこはちょうど山の渓谷に
掛けられた鉄橋であった。
「うむ。クロスカントリーには
川下りも、練習になるなイチモ」
「いつまでそれ引っ張るんですか!?」
ふたりはそのまま川へと
吸い込まれていった。
「なに! 逃がすか!」
軍人の男も続いた。
着の身着のまま、何も救命胴衣などなく
男三人は川へと飛び込んだ。
「……今の若い人は
やることがわからん」
やれやれと言わんばかりに
グーンは混乱の最中を眺めつつ
自身の席へと踵を返す。
「それより貴方。
ユミナちゃんとハーク君は……」
ソニアがそう言うと、グーンは考え込んだ。
あごに指を置き、目線を上に左右へ動かす。
「……まぁ、なんだ。
親戚といった手前、そうしなければならん。
ハーク、君。私のカバンくらいは
持ってくれ。書類は別に呼ぼう」
「あ、えっと、すんません」
グーンの低く放たれた声に
ハークは内容よりも声の調子に
気を取られてしまう。
「ハーク、君。私は二度言わない」
グーンは席に戻り
ふぅと窓越しに外を眺める。
「大丈夫よ。あの人は
出来る子にはしっかり言うから」
「そう、ですか」
「あうあー? にーちゃ?」
「所で、妹?」
「話せば長くなります」
ハークは婦人へユミナとの顛末を伝えた――
ここまで読んでいただき
ありがとうございます。
続きます。
次話投稿予定は
2021.8.13(金)です。




