大男。山の分所にて
――わるいこ研究所、レグリシス山分所。
……ではない。
わるいこ第一症例が見つかった地。
二階建ての山小屋のような見た目。
その二階へ手を振り返すイチモ。
ハークは二階で何者かが
こちらへ手を振る様子が見えた。
山小屋の扉は木製ではなく
黒い鉄製である。
上部分に外を見るための
小さな窓、もしくは鉄格子はない。
何人も通さない、何事にも動じない
という作り手もしくは注文者の意思が
感じられた。
ハークには動かせないほど重いが
イチモが軽々と開閉する。
「吹雪で扉が壊れるからね。
頑丈なのが常なんだよ。
閉めるときもそう。
少しでも開いていると
吹雪いた時に閉められないんだ」
イチモの間からハークたちは中へ入る。
イチモがサッと入り、ハークたちを手招く。
すぐに扉を閉めようとしたい様子である。
山小屋内は音がほとんどなく
静かであった。
床から、壁から通ってくる冷気。
吹雪による破損防止から
要所にのみ設けられた
数枚の窓ガラスがある。
灯りを点けるほどではないが
ほとんどの場所が薄暗く、かつ冷たい。
イチモが中へと進むとき、
ふとハークは扉の方を向く。
扉の内側には所々へこみがあった。
扉の下辺り。ちょうどハークの手が
当たる辺りがへこみ具合が強かった。
「(へこんでいる……?
わるいこたちが逃げようとしたのか?
ホーリーのように、自分達で、かな)」
「うー?」
「あぁ何でもない。
イチモ、どこにその
スタッフがいるんだ?」
「たぶん、奥か二階かな?
小屋の中、二階とかが
一番寒くないし。
それと、一階の反対側には
二階へ一度行かないとならないんだ」
イチモはずんずんと歩いていく。
ハークはその背中を追いかける。
* * * * *
山小屋の中はタイル張りである。
二階の窓は十数枚ほどあり
一階よりかは中の様子が目を凝らして
見なくてもわかるほどである。
そこから差し込む外の光で
それが黒と深い青色の二色が
規則性のないような並びをしていた。
壁は皮を剥いだ丸太が見える。
柱にも丸太が使われているが
何本かは縦に真っ直ぐな亀裂が
入っていた。
イチモは扉から入って二階へ移動。
二階を一通り眺めた後、一階へと降りる。
一階の一番奥にある扉へ行き着く。
扉には一枚の小さな木の板が
ぶら下げられている。
何か文字が書かれている。
ハークにはユミナの身に着けている
金の道具に彫られた文字とも
また違った文字であることに気付く。
「二階じゃないのか?
この扉は? 読めないな」
「二階は、保護の子達の部屋なんだ。
それでこの扉の向こうが……
あぁいわゆるスタッフ個人の部屋だね。
最初の所だから、ね」
「うー……!」
ユミナがハークに身を寄せる。
扉の方をじっと見たまま震えていた。
ハークが心配して声をかけるも
ユミナは扉から目を離そうとしない。
「(どうしたんだユミナ)」
「(うーっ!)」
ユミナは顔をぶんぶん横に振り
行きたくない、と表現した。
イチモは早速、一階反対側の
部屋の扉へ手をかけた。
「――待ってくれ、イチモ。
他は見ないのか?」
「他? うーん、二階には
あの人がいなかったから
たぶんここかなぁって思うんだ」
嫌な予感と思えたハークはとっさに
イチモの電話に出ていた人物を思い出す。
「イチモ。他の所も見せてくれ。
他の人にも挨拶しないと。
電話に出てた人に会ってない。
博士が言ってた。『挨拶は大事』だって」
イチモはそれを聞いて
少し戸惑った様子であった。
「わ、わかった。
いるか分からないけど
行ってみようかっ」
扉の取っ手から手を離し
焦りつつ二階へと向かい始める。
「うー?」
「(ど、どうにか行かずに済んだ……)」
* * * * *
イチモが二階へ戻るとき。
ギィーっと音が響いた。
一階廊下を半分に隔てる壁。
はめ込まれたガラス越しに
ハークは自分たちが入ってきた扉へ
目を向けた。
”ギィー……”
ふとヒューっと山小屋内に風が吹きこむ。
入ってきた扉が少しだけ開いていた。
”ギギィー……”
すぐ風に押されたのか閉められた。
ハークは気になったが、イチモに
不審がられてはならないと急いだ。
* * * * *
二階は長く古びた木製の廊下。
窓は階段に対してひとつずつ。
向こうにも同じような階段があり、計ふたつ。
木製の手すりには波状の装飾が施され
ハークの手でも難なくしっかり掴めるように
工夫されていた。
階段をはさんだその間には、二部屋ある。
イチモが部屋へと向かう。
ハークが追いかけると
ギシギシと後ろから妙な音が鳴る。
ゆっくりその方へ見る。
――誰ダ?
天井に届くほどの大男が、そこにいた。
見下ろされるハークには、未知の生物とさえ感じた。
巨木のような両腕。突き出た腹に短い足。
口から収まりきらず、せり出る石臼のような歯。
首にはボロボロになった
ひと昔流行ったであろう模様の
ネクタイが締められているも
結び目は整えられていない。
大男の首周りは、ハークがふたりほど集まって
ようやく届くくらいの太さがある。
何度か大男がそれを指でいじくるが
治りはせず、かといって解けはしなかった。
「で、でか……」
「あうあぁぁぁあっぁぁあぁぁー!!!」
ユミナが恐怖から叫んだ。
続きます。
次話投稿予定は
2021年6月17日(木)です。




