募りし想いは、やがて毒となり
空からの奇襲にレムザとベルードは先行して進んでいた。
しかし彼らの方が一枚上手で、後続のハークたち四名とを
空いた木箱やコンテナを吹き飛ばして出来た山によって分断される。
ガライから受け取った鍵をシドは先行するレムザたちへ託したのが功を奏した。
ナギの提案とは逆になるも、レムザとベルードが代わって工場へたどり着く。
* * * * *
「ーー誰もいないっす」
「先に進もう。二人とも、後ろを頼む。俺が扉を開ける」
工場兼倉庫。船が直接建物内へ入り、庫内で物資の積卸しが行え
そのまま方向転換してすぐ出港できる、という海運が誇る建物。
レムザの調べでは、そこでは壊れやすい物や取り扱いに注意が必要なもの。
つまり骨董品や珍品、もしくは見られては不味いものなどである。
屋外に建てられた倉庫もまた、相応の代物を取り扱ってはいるが
それらよりも遥かに上回るものーーわるいこたちがここへ運ばれていた。
レムザが単独潜入した時には、既に子どもたちは運び込まれた後であった。
しかし運良く、彼彼女らの行先を記した書類が置かれていた。
それを元に、手に入れた人身売買リストと照合する。
ほとんどは海運の地下倉庫内に移送されたが、何人かは別の場所だった。
「ーーおい待てレムザ。妙だ。気配が多か。何ぞ誰も居らん話じゃなかか」
「……監視カメラが動いてないワケで」
「海運がまた子どもたちをここへ集めたのかもしれない。
もしもの時は……時間はかかるが、此処なら鈴を使わずとも
キシマたちを呼べるはずだ」
レムザは静かにゆっくりと扉を開ける。するとガタッと物音がひとつ。
レムザたちはその音を逃さず、周囲を確認しながら中へ入る。
明かりなど点かない倉庫内に、歳も背丈も様々な子たちが立ち尽くす。
誰だ? と言わんばかりに、向こうから現れたレムザたちに注目する。
その表情は強張っており、怯えた様子で震えながらジリジリと後退りした。
「安心してくれ、危害は加えない」とレムザが子どもたちをなだめる。
その間に、レムザはすかさず子どもたちの様子を伺う。
パッと見てすぐ分かるのは、どの子どもにも身体の至る所に傷や痣がある。
ここへやって来るよりも前なのか、それらは傷痕として残りかけていた。
幸運にも扉からの光越しに、人身売買リストに載った子らが見えた。
しかしレムザはどこか違和感を覚える。
続けてベルードも敵意が無い事を伝えつつ、子どもたちの臭いを確かめる。
しかし扉を開けた故、吹き込んだ海風によって子供たちの匂いが薄まった。
倉庫のこもった匂い、オイルの匂いなど混ざった中、感覚を研ぎ澄まして探る。
そしてほぼ全員わるいこであることを突き止め、レムザに伝えようとした。
「――ッ!? 離れろ!」
ベルードは突然、レムザに突き飛ばされてしまう。
何事かと聞くよりも先に、二人の間を細い何かが通り抜ける。
ベルードの目は、それが子供たちの指から放たれた物だと捉える。
そしてそれが凄まじい速さで飛ばされ、かすった扉から煙が立ち昇る。
子供たちの指は真っすぐ自分たちに向けられている。
「助けて」というか細い声は、放たれる酸弾の音でかき消されてしまう。
誰もが恐怖から顔を背けるも、その指はレムザとベルードを正確に狙う。
「走れッ! 子供たちを操っている奴が居るッ!」
左右へ散らばるレムザたち。子供たちの指はぴったり追う。
ベルードは倉庫に積み上がった木箱を遮蔽に、躱しつつ状況を探る。
誰もが震えて、今にもその場から逃げ出したい様子であるが
その足はまるで地面に縫い付けられたように一歩たりとも離れない。
背後に回ったと思えば、子供たちの意思とは無関係に身体が動き出し
効率的な配置に移動し、射線を確保して酸弾を絶え間なく発射し続ける。
「――!? ベルード、壁を破壊してくれ! 俺が囮になる!
これは毒ガスも出している! 急げ、かなりの猛毒だ!」
階段を駆け上って子供たちを見下ろしたレムザは状況を探る。
その中で酸があちこちに着弾した様子を見逃さなかった。
ジュワジュワぷつぷつと耳障りな音を立てながら煙を出す。
それが毒であることは、あのエルハーダ裁判所を想起させた。
「ハチ、俺たちで――!」
「分かっちょる! じゃが、直刀が通らん!」
「そ、そんな!? じゃ、じゃあ窓! 換気扇ならどこでも――!」
その時。倉庫外でけたたましい警報が鳴り響く。
あちこちから響き渡り、レムザたちの居る倉庫は大きく揺れだし
バタンドタンと外から壁がせりあがり、閉め切られてしまう。
「嘘、すよね……?」
「――う、嘘じゃない。お、お前たちの……仲間の性、だ」
何者でもない声。その声は子供たちの中心に突如として現れた。
左右非対称で斜めに切り揃えられた紫髪。肩をすくめ、目線が下を向いたまま。
腰には長すぎて何度も巻いた後、端を持て余したベルト。
そこに空けられた穴から紐を通し、様々な工具をぶら下げている。
自身の胸の前で手を揉み、猫背気味で不気味な笑みを浮かべる男。
その男を遮蔽越しにレムザは注目する。
やはりお前か、ダルド・ヴィガルド! 迷いなくそう言い放った。
「れ、レムザ。あぁ、レムザだよな。あの赤髪の――。
お、お前が覚えてたんだったよな、リーダー……ルナードを。
だからあいつは死ななかった。死ななかったんだ……。
あぁ……僕の弱虫! 能無し! 根性無し! 意気地無し!
あの時ちゃんとしっかり殺しておけばよかったんだ!」
「――まさか俺たちに名乗ったのが偽名だったとはな。
そこまでして俺たちに近づいたのは、教団に取り入るためか」
「ち、違う。違う……。あ、けどそれも本当だしそれに……。
あぁもうっ! お前たちが仲良く死ねばよかったんだ!
そ、そうすれば英雄のままでいられたんだぞ!
い、いけ、お前たち! お前たちも死にたくないだろ?!
ここは僕ら特製の工房! 逃げ場なんてないっ!
それとも、ここで裏切ったらどうなるか、分かっているよね!?」
それを聞いた子供たちの表情はより一層強張る。指し示すその先はレムザたち。
二人は酸弾を避けつつ、倉庫の破壊を目指した。
* * * * *
「弟子よ、怪我は!?」
「大したこと無え。あ"ぁ"……くそッ! なんて奴らだ!
……ハーク、お前は」
「……左目近くを切られただけだ。もうユミナが治してくれた」
「み、皆さん、ご無事で?! 私の薬ならここに!」
「それは大丈夫だ」とハークとナギはガライの薬を断る。
ハークのパーカー内に隠れているユミナは、中で小さく手を振った。
二人が離れて地面へ転がった時、ユミナはわずかに見えたハークの様子に
すかさず敵に気づかれないように息を吹きかけていた。
それがハークの顔を通り抜け、左目をかすめかけた傷をすぐ塞いだ。
しかし二人が負った傷の鋭い痛みは残ったままだった。
ガライの大盾を遮蔽に、一時戦闘機らの攻撃を防ぎながら
束の間の休息を取るハークたち。盾の横から攻めようとしたが
ハークの雷の力で防ぎつつ姿勢を低くしたため、攻められなかった。
第一陣が一度後退し、第二第三で構えていた戦闘機たちが前へ。
携えた爆弾をこれでもかと降り注がせる。しかしなんとか凌げるので
ハークたちは一度作戦を立てることにした。
「――お待ちなさい、我が民よ」
どこからか優しい声が響く。その声を皮切りに、攻撃は止んだ。
何事かとシドがこっそり盾越しに周囲を確認する。
すると戦闘機たちは隊列を整えて、空中で二列となり待機していた。
それは一本の道のごとく連なり、暗雲に浮かぶ城から何者かが現れる。
まるでそこに空に浮かぶ見えない階段をしゃなりしゃなりと降りるは女性ひとり。
豪華絢爛な青のドレスを纏い、指には光輝く大きな宝石で作られた指輪。
頭には王冠と半冠を合わせたような、一種の芸術品のような冠。
長く美しい緋色の髪は丁寧に結わえられ、冠が無くとも彼女を美しく飾る。
足元まで隠される長いスカートは何重にも折り重なり、レースで編まれた模様が
青のドレスをより良く映えさせていた。
「おお! 空から降りて現れるは見目麗しき、紛うことなき地上へ降り立たんとする女神のごとく! これはまさに僕の描くピッタリな美しい女性じゃあないか! あぁ素晴らしい! ガライ、あの人を僕の絵のモデルになるよう頼み込んでくれ! 代金は納入後に依頼者へ追加料金としてツケさせればいい」
「ま、待て! 身を乗り出すなキアロ! 引っ込んでくれ!
仮にも奴は我々を倒そうとしているんだ。今回は運が悪かったと諦め……」
ガライに担がれたままのキアロは、暗雲からやってくる女性に目を奪われていた。
今にも飛び出そうとするキアロをガライが引き止める。
「(――むむ。妙だ。あの鼠たちはもとい、カラスたちをも従えている?
その主らはあの少年たちだろう。ならば、あの女性は何者だ?
……何やら只ならぬ気配がするのは確かだ)」
「(ダァー。わざわざ向こうから出向いてきたんだ。油断するなハーク)」
ガライの大盾越しに、ナギもハークも確かめる。確かに見たことのない女性だ。
少年レムザおよびルナードーーもといウォートとクラックの姿は見当たらない。
ふとハークたちは何やら異様な臭いが漂ったのに気づく。
無意識にキアロの方へ目が映るが「失敬な! 僕にも感じている!」と激怒した。
「――あの、もし? そこの方々? 私はキャサリン、と言います。
どうか此方へ顔を出していただけませんか? お尋ねしとうございます。
貴方方はエイールに仕えし者たちですか? そうであるならば騎士王様を
我が夫であります、エイールに仕えし勇敢なる騎士王ポチョムキンは何処に?」
地上に降り立ち、スカートの裾を持って深々とお辞儀をする女性。
大盾を前にしそう尋ねるも、ハークたちには見当がつかない。
シドも同じく全く誰なのか見当がつかない。
そしてガライも記憶を辿るが、エイールに仕えし者というには
いくらか関りの少ないものが居ても不思議ではないが
ポチョムキンという者は全く思い出せなかった。
誰もがポチョムキンという者を知らない。そう伝えようと顔を出す。
すると偶然にも海風が吹き荒れ、キャサリンからハークたちへ通り抜けていく。
全員が全く同時に口をふさいだ。あの臭いだ。息をするのも辛いほど、臭い。
「――そうですか。言えないのですね? 知っているのですね。
騎士王様はまだエイールに仕えていらっしゃるのですね。
何時にお帰りになりますの? 私はあの堂々とした背を見送ってから
凱旋の日を心待ちにしていますの。どうして何も言って下さらないの?
……あぁもしや、ポチョムキンに何かあったのですね!? そうでしょう?
そうなんでしょう! ハッキリと仰ってくださいませ!
騎士団長様たちは戦いで負傷しております! それなのに、どうして?
騎士王の妻であるこの私には、何も伝えられないのです?
……ひどい方々ですね。ならば私にも考えがございます。
貴方たちは敵だと騎士団長様たちは仰っていました。
しかしながら、勇敢なる我が騎士王ポチョムキンを知っているでしょうから
洗いざらい話してもらいましょう。全て、包み隠さず、どうぞハッキリと!
隅から隅まで、全部。――その為に、私は女王の権限を復活させましょう!
愛する騎士王のため、私キャサリンが国家危急のため女王権限により
全指揮を執り行います! さぁ我が愛する子たち、我が国と同盟を結びし方々!
彼らをひっ捕らえなさい! エイールに仕えし役を全うする騎士王様を讃えなさい!」
女王は高らかにそう宣言し、手を大きく掲げて大盾へと手を振り下ろす。
やむを得ない、とハークたちは鼻をつまみながら戦闘を開始する。
ここまで本作をお読みいただき
誠にありがとうございます。
投稿日時を大幅に遅れて申し訳ありません。
続きます。次話投稿予定は
2026年1月30日(金)〜31日(土)辺りです。
お楽しみに。




