ペーパードライバーは冷静に事故を起こす
ハークの視界は縦横無尽に揺さぶられる。
研究所所有の輸送車両を、舗装されていない悪路による
揺れをもろともせず、走らせる元女優の運転手。
「えーっと、地図地図……。ハーク、次は?」
「ガガガガガガ(揺れてわからない)」
「遊んでるんじゃないのよ!」
「ガガガ(無理だって)」
車両はどんな地形にも走れるように設計されている。
たとえ内外問わず衝撃に耐え得るものと博士は話していた。
だが、中にいる人間の安全はそう守られたものではない。
「貸しなさい! えっとここが山脈麓の入り口手前の……」
エリーは片手運転と地図に集中している。
するとちょうど木々の連なる道の途中。
曲がり角に差し掛かったとき、向こうから
牛の大群が現れる。
その数、道路を埋め尽くすほどの規模であった。
「ガガガガガ!(危ない!)」
「え!? わっ!?」
エリーはとっさにハンドルを切る。
道の端に立っていた巨木に前から突っ込む!
森に大きな衝撃音と木が倒れる音が響き渡るーー
* * * * *
“もー”“モー”“もー”
“ブモォ!”“もー””むー”
「まさか牛の大群に出くわすなんて」
間一髪、身体が無事で車から脱出した二人。
「エリーさん、そもそも片手運転は……」
「何よ。みんなしてたけど?」
「……一応聞くけど、運転したことは?」
「久しぶりよ」
「ちくしょう! 終わった!」
ハークは天を仰いだ。
両手で目を覆い、膝から崩れる。
牛はハークたちのことなど知ったことかと
道を歩いていく。
牛と森。と、なぎ倒した数本の木々。
「あんだおめぇさんら?」
声をかけてきたのは、麦わら帽子と
首にタオルを巻く腰の曲がった老人であった。
「あぁ、これからロニィ・ジェンさんに
会いに行く途中で、牛を避けたらこんなことに」
「ロニィ? ……おまいさんら、帰ぇりな」
ハークの口から放たれた『ロニィ』という単語に
老人は小さくだが眉をしかめた。
「うん? 知っているのか?」
「何、知らない? それならすぐに帰ぇりな」
「見ての通り、車が……」
「帰ぇりな! ダメだ! 歩いてでも帰ぇりな!」
「あの、失礼ですが
私たちは彼に会いに行かねばならないんです」
「知らんね」
エリーの説得を以てしても、老人は答えなかった。
老人は牛を引き連れて遠ざかっていった。
「村の人かな」
「あんなに帰れと言われても、帰れないのに。
あ、せめて泊めくれるか聞けばよかった」
「え」
* * * * *
その時、森の茂みが大きな音をたてる。
地鳴りが響く。ズシンズシンと大きくなる。
ふたりは音と反対方向の茂みに身を隠し、
音の方を見る。
「ぐるる」
熊。二人の乗った車に近寄る。
器用に前足を使い、おもちゃにじゃれるように
何トンもあるであろう車を揺さぶる。
「なにあれ。ヒグマ? 動物園でしか見たことないわ」
「熊に間違いないけど、あんなに大きいのって……」
熊は車をひっくり返し、ドアに爪を引っかけて開ける。
中を用心深く鼻をひくひくさて、中の様子を伺った。
「どーしよう。地図や書状やら
あの中に置いたままで……」
「なぜ置いたまま!?」
「仕方ないでしょ! まさか熊が来るとか!」
「最悪変身して……」
「ダメよ」
「なぜ?」
「戻れないじゃない」
「(……ちくしょぉぉぉぉぉ!)」
ハークは天を仰ぎ、叫んだ
更新、遅れました。
続きます。
次話投稿予定は2021年2月25日(木)です。
※2021年2月22日(月)17:50
細かい描写を追加&修正しました。




