わるいこ、とは
――どうして、わるいこになるんだ?
ハークは目線を落とす。
「座学、まだだったかな?
……あぁそうだ、呼んだんだよね。
これは僕がこれまで集めた研究データだけど
育った環境、生まれ持った遺伝、特例の3つ。
それらが影響して、わるいこになるんだ。
ハークくんがどれに当てはまるかはわからない」
「――治るのか?」
「……現時点、治らない。
今は、なったときの対処と
ならないようにすることだけ」
ハークは怒りで握りこぶしを作る。
じわりと涙をこぼす。くそったれ、とつぶやく。
「……変な話、わるいこなのを隠して
生きることだって出来る。けど、大変なんだ。
でも、ハークくん。僕たちが出来るのは
例えわるいこになっても生きられる様に
みんなの手助けすること。約束する」
博士は胸張って言い放つ。
ハークに向けられる眼差しは
確たる自信に満ちたものだった。
* * * * *
――どうすれば、いい?
ハークは少し落ち着きを取り戻したのか
博士にそう問いかける。
「うん?」
「どうすれば、ベルードやレムザさんみたく
わるいこになっても大丈夫なんだ?」
博士は腕を組み、考えた。
「……共通していることは
『自分を強く持つこと』だね。
なったら自分との戦い。
ベルードは半分出来ているし、レムザは……
ほぼ完璧。聞けば、君が逃げ出そうとした時
一瞬で制した。最低限で動いて……、てね」
博士は寂しそうに微笑む。
うつむきつつどこかレムザを
心配している様にハークは見えた。
「なら俺も、人として、わるいことして
生きることになった。と、思うことにするよ」
「話が早くて助かるよ。
改めて、ようこそわるいこ研究所へ」
博士は両手をあげてハークを歓迎した。
♪ぴーんぽーんぱーんぽーん
「あー。博士、アナグマ博士。
至急所長室へ。予算についてです」
放送の声はエリーである。
口調がいくらか事務的で
かつ穏やかそうだとハークは感じた。
「博士、まず行かないと」
「そうだねぇ。ハークくんも行こうか。
運動がてら、てところかな」
博士の後をハークはついていった。
* * * * *
「ーー大部分で無駄が多いわ。
切り詰められる所は詰めて」
綺麗な黒髪は飾り気のない
シンプルなゴムひとつで首後ろに縛る。
服装は最初に着ていた物とは別。
黒スーツ一式を身にまとう女性こそ
つい最近まで表舞台を歩いていた
女優エリー・スカーレットであった。
あまりの変容ぶりにハークは目を丸くした。
「あら、おはようハーク。起きたのね。
……何よ。変? これでも経理してたの。
格好だって、役ごとに完璧に変えられてこそ女優。
どう? これで私が女優だったこと、信じる?」
「いや、なぜ?」
「なに? 何か不満?」
「そうじゃない。何て言えばいいか……」
ハークは腕を組み、眉間にシワを寄せて
うんうんと考えていた。
「あれだけわるいこなのを認めなかったのに
いざ今日になって受け入れている、と」
博士の説明にコクリと頷くハーク。
あぁそうねとエリーは腑に落ちた様子。
「いい? 私は出来ることをするだけ。
女優もその一つ。もういいの。
だって泣いて変わらないのは、もう嫌ってくらい知ってる。
だから、今度はここで経理として生きるって決めた。
……納得した?」
エリーは毅然と眼鏡を直す。
「けど財政が厳しい。
スポンサーが欲しいわ。博士、何か宛はある?」
「え? つまり支援者? うーん、私そーいうのは……」
「ダメ。保護している子達のこともあるわ。
……私がまだ女優のままならスポンサーのひとつやふたつ……」
「……未練あるじゃないか!」
続きます。
次話投稿予定は、2021年2月18日(木)予定です