ExⅩ:拳と掌と娘【前編】
区切りの話です。前後編の2部です。
よろしくお願いいたします。
――助けて、くれ……っ!
そう這いつくばり懇願する奴を
俺は足蹴にする。
「依頼の奴は……」
渡された紙を取り出す。
書かれた特徴からそいつを見つける。
「……、カハッ!?」
掴み上げる。まだ息がある。
周りに転がるものらから
縄やら鎖やら拝借し
そいつを縛り上げる。
「ま、待て……!
か、金ならいくらでも出ーー」
「うるさい」
そいつの口に布を詰め込む。
涙とうめき声が混じる。
担いで、その場を去る。
* * * * *
俺の一生は、武と義で成り立つ。
己が武を体現してこそ、と
一時のとある師匠から習った。
師匠いわく「不言実行」という。
だから俺はひたすら拳を脚を
身体すべてを、そして心を鍛えた。
誰に仕えようが、誰に従おうが
この武は誰にも至ることはない。
そして体現するのは俺だけだ。
俺だけしか、なし得ない。
そして、義。
武の境地は果てしない。
ゆえに、それを他へ還元せよ。
師匠いわく「他人の手伝いをせよ」と。
俺は行く先々で、彼らの願いを叶えた。
大陸を分ける山脈を超えた先でも
まだ平地だった北部でも、変わらなかった。
ある時は国家役人の用心棒。
ある時はロクデナシ成金の食客。
ある時は民草の復讐代行。
目の前に現れた柔らかな肉は霧散し
骨は指でつまめる欠片と化す。
人をいかに殺せるか。
いつしかそれだけを目指していた。
武と義は、もはや形骸化していた。
* * * * *
だんだん俺の名が
裏表問わず知られるようになった。
とうとうデカい組織から声がかかった。
しかもご丁寧に
いやに畏まった手紙を
ある日突然送りつけてきた。
「依頼がある。至急来たれり――」
簡素且つ事務的な内容。
組織の首領直筆と思われるサイン。
少し傾ければ光の具合で
施された何かしらの紋様が浮かぶ。
封蝋にあるは組織の紋様。
精巧に彫られたそれは
知らぬものが少ないもの。
大陸南西部。
そこはいざこざの絶えない地。
そこで世界の一端を担う組織。
裙呂釿――
* * * * *
「(たかが門番、と思ったが
まぁ境地違えど、手練ではあったな)」
ゆっくりと、重厚な扉を片手で開ける。
開けた先。
そこにいるは、多種多様に千差万別の
百人、いや千人ほどが待ち構えていた。
俺は盛大なもてなしを受け
首領の元にたどり着く。
「おや、ずいぶんと早かったね。
もう少しかかると思っていたんだけど」
すらりと華奢な体をした
学者のような青髪の男。
手には読みかけの本が収められる。
小さな丸机に厚さも大きさも違う
本が積まれている。
その横で肩を出し
胸元をちらりと魅せんとする
艶やかな、ひとつの芸術品として
己を体現する女。
「君の噂は知っているよ。
ロニィ・ジェン」
「……依頼は」
「いや、君ほどの男を
ひと目見たくて、ね?」
俺は男の喉元を狙って、一歩で詰める。
拳を打ち込んだ。
はずだ。
男は顔色ひとつ変えない。
本のページをめくり続ける。
俺の拳は、隣の女の掌で
ひらりとあらぬ方向へ変えられていた。
「どうした? 僕の髪すら動いてないよ。
あ、でも今動いたから、動いたのかな?」
「俺の、拳が……っ?!」
「貴方の拳はまっすぐ。
だからひらりと
流されてしまうのよ」
俺は距離を取る。
女は何事なく男に絡みつき
愛でている。
男はそれが当たり前なのか
何度か女のアプローチに応えつつ
本を読み進めている。
「僕からの依頼、というより願いだね。
――僕の組織に入ってほしい」
「断るといえば?」
「そうだね。何もしない。
でも、君の拳は、彼女の掌ひとつで
制された事実は、ここに残るね。
武といえども、限りがある」
「貴様」
「そう。その眼だよ。
何者も打ち砕かんとする
そのまっすぐな眼。
ずっとそのままは辛いよ。
だから、ウチにおいでよ」
驚いた。本を読みながら
俺に顔を向けず、ただそう言い放った。
男は裙呂釿の首領であり
一人の学者であった。
研究者というべきか。
大陸が設立した大学を出た秀才。
若い男らしい。当時俺は30を超えた辺りで
彼はおおよそ20なり立ての小僧。
俺以上に貫禄があった。
それは俺があまり学に
傾倒しなかったからだろう。
あまりに相反した顔を持つ男。
俺は教えを乞うた。
「教えることはないよ。
言葉ほど情報伝達に特化した
ものはないけど、こればかりは、ね」
「そうよ。貴方はまだ理解の範疇にあるわ」
結果として
俺はしばらく、そこに身を置いた。
* * * * *
昼下がりのある日。
首領は本を読み漁っている。
組織をまとめる男の邸宅。
その広い庭の一角にて
日の光に照らされ
静かな時間を過ごしている。
静かに、一歩踏み込んだ。
俺の視界は、首領と本の風景から
突如、青天井に変わった。
「――だから、僕に一撃だなんて
無理だから、やめた方がいいって。
それに、傷が増えるだけだよ?
どうしてそこまでこだわるんだ。
どうして戦おうとするんだ。ロニィ」
俺はたびたび首領を狙った。
あの女がいたからわからなかった。
首領自身の技量がどの程度なのか
知りたかった。
しかしどこへ行くにもあの女がいた。
「速くて重くて真っすぐで
でもそれだけ。」
ひらりひらりと俺の拳は
首領には届かず、女の方へ流れ、制される。
またも女に負け、地に伏す。
首領は本を読む手を止め
俺の方を向いた。
「ロニィ。そんなに僕強くないよ。
こうして勉強するしか能はないし
他の事一切は、君よりも劣っている。
たぶん今ここで働いている人たちよりも
僕は体力もないし、役立たずだよ」
「なに……?」
「だから他の人に色々頼んでいるんだ。
出来る人には出来ることを頼んでいる。
君には警備と、僕の荷物運びに
それと、用心棒かな」
「用心棒、だと?」
「そうだよ。さすがに学会に行くとき
カイナを連れていくのは大変だからね」
カイナとは、首領の女。
俺の拳を制した女である。
「君は僕を襲うけどバカにはしない。
だから、カイナは君の拳を
制するだけに留まっているんだ」
「あら、私の話?」
カイナは首領の後ろに現れる。
腕を彼の首へと回し、絡みつく。
「カイナは強い。けど、さすがに
学会にまで来てもらうのは、ね?」
どうでもいい。
立ち上がり、土ぼこりを払う。
いつの間にか、身体には
傷やあざだらけになっていた。
「あ、そうだ。ロニィ。
僕の本、読んでもいいよ。
……そうだ。薬学なんてどう?」
「――は?」
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
続きます。次話投稿予定は
2022年3月28日(月)、お昼ごろ予定です。




