ハークとエリーとベルード
――わるいこ、とは
「ここを統括しているアナグマ博士が
わるいこ研究の第一人者です。
わるいこになる原因は未だに不明です」
イチモは黒板に書き込んでいく。
ベルードは何度も聞いた内容なのか
頬杖をついて聞いている。
一方ハークは、熱心にイチモの話に耳を傾けた。
ハーク自身、学校に通うことは叶わなかった。
幼い日に両親や祖父母から教えてもらった事が
ようやく勉強らしい勉強と言えた。
手渡された資料や筆記具、机に椅子が
たとえ安い物でも、ハークには少し輝いて見えた。
「――その中で博士は手がかりとして
生育歴が6割、遺伝が3割、突発性が1割。
まだ潜在的対象者および故人……。
えっと、まだ『わるいこ』と分かっていない、
なる可能性があった、あったとしても
もうこの世を去っていた、と様々な人がいるんです、ね」
イチモは資料を手渡しマンツーマンで説明する。
資料には小難しい研究内容の記載ばかりで
ハークには画像やイラストでようやく理解できる程度だった。
資料の数ページめくる。
そこには複数の円形が様々な色で分けられている。
多かったり少なかったりとハークは分からないながらも
必死にしがみついていく。
「他の研究者は少なく、博士も含め現在は6名。
最初の例はほんの30年前。
ある貴族の隠し子だったそうです」
「……え? 貴族の隠し子だっけ?
確か貴族の跡継ぎ、とか言ってた気が……」
「そうなんですか? 覚え間違いでしょう。
ベルードさん、たまにどこか上の空だし
聞き間違えたんじゃないですか?」
イチモは笑いながら答える。
ベルードは腕を組み、記憶をたどった。
♪ぴーんぽーんぱーんぽーん
「あー、あー。ベルード、ベルード。
至急、さっきの所に戻っておいで。
ハークくんもいい機会だし、一緒にね」
「呼び出し? 何だろうな。
行こうかハークくん」
「あぁ、それじゃ行ってらっしゃい。
座学は、また担当しますね。
お待ちしてます」
アナグマ博士からの放送により
呼び出されたふたりは、イチモを置いて戻る。
* * * * *
ーーそれで? 私がライオンになった?
エリーは鎖を外され、部屋に追加された
椅子に足を組んで座っていた。
丸い机に置かれた焼肉を
丁寧にフォークとナイフで小さく分けて
口に運ぶ。
対面には博士がちょこんと座っている。
ハークたちの姿を見つけ、座るよう手招きする。
椅子は既に4人座ることが分かっていたのか
丸い机を囲むように置かれていた。
「えっと。博士、外していいんすか?」
ベルードは博士に話しかけながら
自然にエリーの左側に座る。
「大丈夫。彼女とは、ナイフ追加と
暴れないことを交換条件にしたからね」
「(ナイフってそんなに重要なのか……)」
「ホント最悪。焼き加減とか下手ね」
エリーは文句を言いつつ肉を口にしていく。
「そりゃ女優さんの食事なんて
僕らはまったく知らないし。
ここはまず、保護が目的で
高級料理店ではないね」
「所で、エリーさんは本当に女優?」
ハークの不意の一言に
エリーは食事の手を一瞬こそ止めた。
ハークはエリーの様子と言葉遣いから
女優と言うのは嘘ではないかと考えていた。
ハークのイメージでは
女優、そもそもお金持ちであるとしていた。
身なりと立ち振る舞いが整っているものである。
どんなに身を隠そうが
あのゴミ捨て場の大人たちとは
違う雰囲気があると感じられるはず
と考えていたからである。
しかし目の前に女優と自称するエリーは
ハークの印象では、街中の小さなレストランで
同年代の同性と話しながら食べているという
庶民的な雰囲気だと感じたのである。
「何よ。知らないの?
まぁお子さまには見れないわね」
「……深夜枠、とかっすかね?」
ベルードがそうつぶやいた瞬間
彼女のフォークの先が、ベルードの眉間へ
ほんの数センチ先に置かれる。今にも刺さろうと
フォークの先は恐ろしい獣の爪のように身構えていた。
エリーの恐ろしく早いフォークは彼を凍りつかせる。
失礼しました、とベルードは何とか口で体裁を保つも
自身の目に留まらない速さに、彼の目だけは
フォークの先をしっかりと追っていた。
「いいわ。今回は見逃してあげる。
そして今回の件は双方一切関係ない、てことで」
エリーは持っていたスマホを取り出し、どこかへかける。
数度コールの後、電話の向こうから声が響く。
「あ、もしもしマネージャー。
ごめん。いまから言う場所に車……。
え?もう来ている?」
スマホは向こうから一方的に切られる。
ツーツーと電話がむなしく鳴いていた。
「何よ。突然切るなんて。
マネージャーらしくないわ」
エリーはスマホを閉じ、席をたつ。
まだ残っていた肉にはそれ以上手を付けず
ナイフとフォークは皿の上に丁寧に並べる。
「ミス・エリー。
ここを早く出るなら我々と一緒が早いよ。
ベルードにハークくんも行こうか。
送り迎えも必要なことだからね」
そういって博士の後に続いて
ベルードとハークも立ち上がる。
勝手にしたら、とエリーは不貞腐れながら
博士を先頭に歩きだす。
* * * * *
研究所前。黒い高級車が止まっている。
その近くにスーツを来た壮年の男が立っていた。
時計をしきりに眺めている。
「いたいた。マネージャー!」
エリーは片手を振りつつ
小走りで男へと駆け寄っていく。
男は手を振り返しつつ、胸ポケットに手を入れる。
そこからギラリと光が反射する。
「!? ちょ――」
咄嗟にハークはそれを伝えようと声を出す一歩前。
ハークより先に前へ飛び出すベルード。
博士は叫ぶ。
「ベルード! 保護!」
続きます。
次話投稿予定は、2021年2月4日です。




