ハークとエリーとわるいこ
――どうしてここにいるの?!
「しかも腕に鎖!? AV撮影?!
どこ此処! マネージャー!?」
艶やかな長い黒髪。切れ長の美しい目。
ほどよく筋肉質な体幹と四肢。
状況が飲み込めず叫び続けているのは
女優エリー・スカーレットである。
「ちょっと! アンタ責任者?!
どうしてくれんの! 誘拐?!
それとも拉致!? 何で鎖?!
明日、ドラマの撮影なんだけど!」
あまりに突然のことで、困惑しているエリー。
そんなことなどつゆ知らず、スタッフから渡された
資料に目を通すアナグマ博士。
一通り読み終えた博士は、資料を返して
ようやく自身へ訴え続ける女性と相対した。
「ミス・エリー? まずは、ごめんなさい。
はじめまして。私は、Dr.アナグマです。
あなた、駅構内で何を?」
落ち着いた様子で女性に話しかける老人に
エリーは不意を打たれ、先ほどまでの怒りや
混乱といった感情が、一瞬だけ消え去った。
「はぁ……? 私、彼……。
いや打ち合わせの帰りよ!
一瞬めまいして、気づけば
鎖につながれて、ここよ!?」
「(この人があのライオン?
あぁでもホーリーは、鳥だったっけ。
何か関係あるのか……)」
ハークは自分より年上の人物が
気づいてないことに疑問を抱く。
* * * * *
「なんで床に生肉と焼肉?!
これが人に対する扱い!?
フォークくらい用意しなさいよ!」
エリーは絶えず文句と怒りをぶちまける。
スタッフは慌ててフォークを探しに
博士はエリーと対話を続けた。
「うーむ、覚えていない。
これまでもこんなことはあった?」
「あるわけないでしょ! 失礼ね!」
「……ミス・エリー。
差支えなければ聞きたいのだけれど
突然、周りがよそよそしくなったりした?」
「何!? ……何故聞くの! 何がわかるの!」
エリーの目には涙がたまり始めていた。
身体を縮こませ、膝を抱える。
「ふぃー、終わりやしたー」
ベルードが遅れてやって来た。
経過観察を終え、その内容書類を持っていた。
身体を伸ばし、腕を回す。
何も知らず入ってきた彼を、エリーは鋭く睨み付ける。
その視線に驚きつつ、博士に事情を聞き、納得する。
「あ、戻ったんすね。どうもー」
「何よアンタ! 馴れ馴れしいわ!」
ベルードはポリポリと頬を掻き
話が出来ないことを悟る。
「博士。代わりにハークくんと
所内回ってきた方がいいっすかね?」
「そうだね。あ、フォークの子と一緒にね。
彼なら大体は説明出来るから」
「フォーク?」
スタッフがちょうどよく現れる。
博士の代わりにスタッフと共に
ハークとベルードは所内へと案内される。
* * * * *
「あの人、すごい怖いですね……」
フォークを探していたスタッフは
あまり気にしない様に振舞うも
エリーの気迫に圧倒され、怯えつつそう話す。
まぁ最初だから、とベルードがフォローする。
「ねぇ。ここにいる子ってわるいこ?
向こうと何が違う?
俺には、なんら違わない気がするんだ」
「ここは、わるいこ研究所の総本部。
一番支援が必要な子がいるんだ。
レムザさんの所は分所。
第四区域だったかな。
担当区域内で発見された子達を
優先して見守ってるワケ」
ベルードが得意げに話す。
ハークの目には、部屋ごとに絵を描き
おもちゃで遊びなどの様子が見て取れた。
ベルードの姿を見つけた子供たちが
部屋の窓越しから手を振る。
ベルードは軽く返し、進んでいく。
「知り合いか?」
「うん? あぁー俺、前に
ここに居たこともあったからね。
知ってる子もいるワケさ」
――申し遅れました。スタッフのイチモです。
「最近ここに入ったばかりです。よろしくです!」
イチモと名乗る男は茶髪でスポーツ刈り
快活そうな痩せた男である。
手首には研究所スタッフの証である
赤いリングが付けられている。
「博士からは聞いております。
ハークくんの座学担当をします。
……ですが、特に無いんですよね……。
見た通りの所で、聞けばまだ変身していない、と」
「そう。……てか俺
本当にその、わるいこって奴?
ベルードやレムザさん、あのエリーって人は
動物になってたけど……」
「え! あ、あぁ……。何と言えばいいか」
イチモは戸惑う。
笑顔だが説明できないことが表情に現れていた。
「ハークくん。本当なら俺らと同じように
変身しないほうがいい。
俺、狼になることを知られてたら
村中からボコボコに、たぶん……。
うん。この話は止めよう。
イチモさん。わるいこについて教えてくれ」
「……そ、そうですね!
それでは、若輩ですが、わるいこについて
説明します!」
続きます。
次話投稿予定は、2021年2月1日予定です