序章 カモンベイビーアメリカ
アメリカは良い国です。魔界から来た私を歓迎してくれるのだから。そこで私がどんな暮らしを送ろうが、どんな職業に就こうが、全部私の自由なんです。だから、心配のメールは送らなくていいですよ。魔界に帰ってきて、気が向いたら先生のところに挨拶しに行きますから。お土産は先生の好きな甘いお菓子を用意して行きますね。また会える日を楽しみにしております。
(二〇二三年 六月一九日 午前一〇時五〇分 送信済み)
今日は晴れ。出かけるのにちょうどいい気温だ。ノイシー・ミラットは少しの紙幣とカードを持ち 、アパートから外へ出る。
ノイシーは異界のウェットバン大学を卒業した後、アメリカのニューヨーク州に移り住んだ女性である。人間と違うのは、頭に猫耳が生えているぐらいだろうか。二〇一四年に「双天の合」が起こって以来、地球に亜人が移住してくるようになったのだ。
ノイシーはまだアメリカに来て日が浅いため、観光名所を日帰りで回ろうと計画した。雑踏に様々な種族が入り乱れている。流石人種のるつぼと言われるアメリカならではの光景だ。
色々名所を回ると、もう夕方になってしまった。アパートに帰るべく、歩みを自分の家に向ける。
自分の部屋に戻り、夕食を食べたいと思ったが、冷蔵庫の中には何も無い。当たり前だ。こちらに来てからはずっと店屋物しか食べていない。今日も例に漏れず、宅配のピザを注文する。注文を終え、ピザが来る前に、飲み物を用意しておこう。そう思って取り出したのはお気に入りのウィスキーとコーラだ。コークハイを作るのだ。こちらに来てから夕食時の飲み物はもっぱらコークハイだ。それでも飽きない。美味しいから。ピザが届き、コークハイも準備完了。あとはアクション映画のひとつでも流せば至福の時間が始まる。チーズを伸ばしながら食べるピザは絶品で、それをコークハイで流し込むとたまらない。思わず、「アメリカ最高!」と叫んでしまいそうだ。
今日も楽しかったな。そう思いながら、夕食を楽しんだ。
夕食を終え、日記を書いた後、ベッドに潜り込んだ。今は遊んではいるが、将来の不安が無い訳ではない。職探しをしなきゃいけないなー。と漠然としたものだが。
結局、今日も職探しに腰をあげることはなかった。おそらく明日も遊びに行くだろう。
「うん……そうそう、今アメリカに居るんだよね。……うん、アメリカ楽しいよ。美味しいものいっぱいあるし。……え? あー……そろそろ探さないとねー……もうそろそろ貯金が無くなりそうだから。そっちはどう? 見つかった? ……あ、おめでとう! 良かったじゃん! ……もし私が見当たらなかったら、オーナーに聞いてくれる……? 友人も職探ししてて、って。……あ、無理? あはは……そうだよねー……うん、それじゃあまたね。お仕事頑張ってね」
久しぶりに友人と電話で会話した。友人はちゃんとした職業に就けたらしい。かたやこちらは遊び呆けている猫耳だ。理解が行き渡ってないオーナーの元では働けないだろう。
ATMに向かう度、少なくなってくる貯金額に胸が痛む。昨日の時点で貯金の底が見えてきた。
このままじゃいけないので、せめて今の基準の生活ができるように職を探し始める。
それにしたって、簡単な仕事を探せばいいのに、ノイシーは給料の高い仕事を選びたがる。もちろんキャリアと言われるものは無い。給料の高さに見合ったキャリアが無いから、良さそうな仕事を見つけては落胆している状態だ。
というより、大学を出た後すぐにアメリカに来たので、貯金額はバイト代を少しだけ貯めた程度の金額しかない。その状況でよく遊ぼうと思えたな。
だんだんやる気も無くなってきたし、遊びに行きたいと思い始めた。
(暗くなってから遊びに行くんじゃ危ないし、それに体力あるのは今だし、遊ばなきゃ損だよね!)
と、そう自分に言い聞かせて外出する準備をする。そして今日も、やけに大きいハンバーガーにかぶりつくのだった。
日が沈んできた。街はノスタルジーに彩られる 。ノイシーは、門限が近づいてきている子供のように寂しくなった。
もう少し遊んでいたいが、夜に女性一人が歩いていると危険だ。そう思いながらも、あっちへフラフラこっちへフラフラ、帰るのが惜しい様子である。お酒も飲んでいるので、余計に子供っぽい。
(今日は違う道から帰ってみよう)
そう思ったので、家から最短距離の道を通らずに、路地に入ったりなんかしている。
路地に入ったって、特に落とせる金も無い。店に入るとしても安い店しか入れない。要するにただの暇つぶしだ。
ある程度歩くと、やっぱり家に帰りたくなってきた。暗くて不安になる裏路地にまで入り込んでしまったのだ。
帰ろうと踵を返そうとした瞬間、遠くに安心できそうな明かりが漏れている。興味が出てきたので近づいてみると、バーラウンジの店だと判明する。店名は「ヘヴィリリー」。
建物の窓から中を覗いてみる。人が少なく、あまり繁盛してるようには見えない。ブロンドが二人と、短髪で精悍な印象の男性が一人。それらは店の制服と見られる服を着ている。後は客らしく、思い思いのカクテルを飲んでいる。
内装はシックなもので、一般的に「バーラウンジ」と言われて想像がつくものだ。
自分には程遠い世界だな、と思っていると、ブロンドのバーテンダーと目が合った。目が合ってしまっては、そそくさと帰る訳にはいかない。財布の中を確認した。カード払いができるならカードで支払おうと思ったが、それ以前に残高が心配だ。
(安酒一杯で帰ろう……)
そう思いながら、「ヘヴィリリー」の扉を開ける。