幽くんと人面犬
幽くんはとても義理堅いです。
浮気を心配させてごめん。と謝ってくれその上デートのお誘いをしてくれました。
マジイケメンです!
そんなデートの途中ペットショップを見つけ、可愛い動物達を眺めこれからファミレスでお昼御飯です。
「さっきの犬可愛かったね。顔を埋めたいくらいにモフモフだったよ」
あの犬のモフモフさは言葉では言い表せません。
「犬と言えばだけど俺人面犬見たことある」
その瞬間モフモフの可愛い犬の顔がおっさんに変わりました。少しショックでしたが幽くんが自分からオカルトな話をしてくれるのは嬉しいです。
「都市伝説だよね、犬の顔がおじさんなんだっけ? あれ首から上がおじさん?」
古い都市伝説なのでいまいち記憶がはっきりしませんでした。
「顔がおっさんの犬だよ。首から上がおじさんだったらそれは気持ち悪い」
二つの姿を想像してみます。言われると確かに顔がおじさんの方がいくらかマシです。首から上がおじさんだとそれはおじさんが犬の変装をしているだけな気がします。
「それは気持ち悪いね。もうそれはただの変態だね。それでその人面犬がどうかしたの?」
「いや、その見たよってことだけで……」
幽くんはあまり話し上手ではないらしいです。
大した話じゃないことに尻すぼみになって落ち込んでいく幽くんが可愛いです!
「じゃあ、人面犬って何してたの? サラリーマンの恰好してたとか電話してたとか」
「ただ歩いてた……」
落ち込んでいる姿も可愛いですが、捨て犬みたいで可哀想なので話を続けようと努力しましたが、ダメでした。話はここで途切れてしまいます。
「それじゃあ、人面犬ってどんなだったの? 最近困り顔の犬とかテレビでやってるよね?」
「普通の四十六歳くらいの妻子がありそうなおっさん。くしゃみした時にチクショーって言ってたし」
幽くんは意外と観察眼があります。くらいと言いながら結構しっかりとした年齢を言っていますし、妻子持ちととても限定的です。
「くしゃみでそう言っちゃうのはおじさんだね。ん? 言っちゃうのはおじさんなの?」
「電車の中で口に手を当てないでくしゃみするおじさんみたいに結構大きな声だったよ」
一々具体的です。わかりやすいですけどピンポイントすぎます。
「そんなに大きな声なら他の人に聞こえたんじゃない? SNSで話題に上がったりしなかったけど」
人面犬の映像とかなら偽物でも話題になりそうなものですけど。
「声は周りに多少聞こえてたみたいだったけどね。突然奇声を上げる人に遭遇した人みたいにみんながビックリしてた」
今度のはわかりやすいんでしょうか? 確かに人によっては驚いたり無視したりしますけど。
「写真とかはないの? 私人面犬見てみたい」
「一応撮ったよ。桜に見せてあげようと思って」
私を常に気にしてくれてる所が私の好きなところです。正直どんな姿の人面犬でもありがとうと言ってあげたいと思います。
「これ。お願いしたら撮らせてくれた」
幽くんから受け取ったスマホには確かに人面犬が映っていました。
係長みたいなくたびれた小太りのおっさんが無理にカッコつけた顔の犬。しかも顔だけではなく二足歩行でニヒルを演出しているのが更にムカつきます。
「幽くん、これって人面犬?」
「カッコつけるなって行った後に撮ったのが隣の写真」
スマホの画面を横にスライドさせて出てきたのは、人面犬の顔が見事に隠れた写真でした。
「心霊写真になってるけど……」
「邪魔された。子供の幽霊」
まさかの子供の残像です。そして走り去ったはずなのに見事なまでに顔と被る素晴らしさ。もはや脱帽です。これではただの柴犬です。
「うん。見せてくれてありがとう」
残念な心霊写真を幽くんに返すと二枚の写真を削除していました。
「なんかごめんな、人面犬の話なんかしちゃって」
「ううん、私こそ変に色々聞いちゃってごめんなさい」
何とも言えない空気のまま昼食を終えました。
「ここってさっきの人面犬を取った所じゃない?」
散歩しているとさっきみた飲食店の看板が目に入ってきました。
「そうここだよ。そこの路地裏に――」
幽くんが指さした先にはゴミ箱を漁っている犬が一匹いました。
「今日はこれだけか。嫁と子供の餌も探せないんじゃ父親失格だな」
溜息交じりに顔を出した人面犬は肉の残った骨を持ってそのまま去っていきました。
「私でも人面犬って見えるんだ。あれ幽霊じゃないんだね」
「そうみたい、結構な人が見たらしいし。というか結婚してたんだ」
「子供もいるみたいだったね」
今の発言と哀愁を出せるならあながち四十六歳は正解かもしれません。なにせ妻子持ち持ちというのも合っていますから。
やっぱり幽くんの観察眼は鋭いらしいです。