六夜目 幸い中の不幸
「逃げて!」
怪異の向こうにいる親友はそう叫んでこちらに走ってくる。怪異の手がこちらに伸びてくる。それは指など無く透明な管のようで、手と呼んでいいのか分からなかった。逃げなきゃと思っていても私の足は小さな振動を続けるだけ。
見開いた目にそれが届く寸前、それより先に右わき腹に衝撃が届いた。どうやら飛び蹴りされたようで、私は左に、蹴った主である鏡花さんは私とは反対方向に吹っ飛んでいった。助かった…わけがない!怪異は変わらず目の間に存在する。
急いで起き上がりその場を離れる、今度は足が動いた…が、直後背中に衝撃。予想外なその衝撃に耐えきれず前に転び後ろを見ると、怪異の足が蛇のように地面を這って私を突き飛ばした親友の足首をとらえていた。
「放して!」
そう叫んで私は怪異に突っ込み、鏡花さんも状況を理解し私に続く。しかし、触手の横なぎは想像よりも重く私たちは吹っ飛ばされてしまった。
刹那は何とか引きはがそうとしているが、そうこうしているうちに徐々に引きずられ距離が縮まっていく。怪異の腕が刹那の首を掴み、小柄とはいえ人間一人を軽々と持ち上げた。するともう片方の腕が彼女の顔に近づいていく。必死に抵抗しているが純粋に力で負けているため怪異の腕は全く速度を緩めず迫っていく。私たちもなんとか起き上がろうとするが、先ほどの怪異による一撃が効いており、まともに立ち上がれない。
「あああああああああああぁああああああぁぁぁ!!」
とうとう怪異の触手は刹那の左目に到達してしまった。親友の悲鳴を聞きながら私は涙で歪む視界の中で刹那の眼球が引きちぎられていくのを見た。
眼球をとられた後触手が緩み、刹那はその場に落下した。痛みのせいか、気を失っているようだった。怪異は奪った眼球を自分の体内に入れたかと思うとどこかへ去っていった。
なんとか地面を這って刹那のそばへ来た。実際こうなったらどんな量の出血をするのかは分からない、夢だからなのかもしれないが出血はあるけれどそこまでではなく、すでに血も止まっている。
歩けるようになってから鏡花さんと二人で刹那を支えながらなんとか森を脱し、すぐ近くにあった民家に入った。途中で刹那は意識を取り戻していた。目を失ったばかりなのに痛みはすでになくなっていると説明してくれたが、まだしっかりとは立てなかったため民家の中にあったベッドに横になってもらった。身体的な疲労はなかったが精神的な疲労から私はその時の刹那との会話が記憶にない。ただ、泣きながら謝罪を繰り返したこと以外は…
少しするとお互いの体がほのかに発光し始めた。鏡花さん曰く現実世界に戻る前兆だという。一時的とはいえ、私たちはこの世界から避難できるのだと思うと安心した。一言二言鏡花さんに感謝を述べると私たちは現実に帰った。
そして、再びこの世界に帰ってきてしまった。本当に起床中は夜市の記憶が一切なく、学校で刹那と会った時も普段と変わらない会話をしていた。夜市にいる今からしてみれば、まるで別人が私の体を操作していたようで気味が悪くなる。日中のほうでは幸いなことに刹那に眼球があったが、左目に強い痛みがあると言っていた。本人はその時、夜遅くまでスマホをいじっていたからだろうと思っていたため病院には行かなかった。
「目…どう?」
昨日、避難した民家に再び現れたため私たちは離れ離れになることはなかったが…
「だめ…左は何も見えない…」
私から見てみると昨日とは違い刹那は両目そろっていたが視力は失われているらしい。
急に左目が見えなくなっているためいまいち距離感がつかめていなかったが、少し家の中を探索していると大分慣れたようで、いつもに近い動きをしていた。家の中には特に気になるものは無かった。探索を終えたころに鏡花さんが到着した。
「昨日は本当にすみませんでした。私がいながら刹那さんに…」
「それを言うなら私も…ただ震えてただけで、二人に迷惑かけて…」
「いいですよ、現実世界では少なくとも失明してなかったし。そんなことより…」
今後どうするか。建物などの隠れる場所も存在せず、昨日かなりの距離を歩いたにもかかわらず何の成果も得られなかった。さらに、鏡花さんが言うには、
「心臓に痛みを感じるのは私たちの命を狙う怪異が近くにいるとき。最初はあの透明な奴かと思っていましたが、二度目に遭遇した時は痛みがなかった。心臓の痛みがなくても危険な怪異はいますが、昨日のように命をとることは少ないです。」
つまり、私たちは運よくあの怪異にだけ襲われたということ。
「怪異にランク付けをするなら昨日のはAクラスの危険な個体ではありますが、心臓に痛みを与えるほどの…Sクラスになると、基本逃れることすら困難です。」
それが森にいたということになる。よってこれ以上森での行動は難しい。
私たちが消えた後、鏡花さんは一人でこの辺りを探索したらしい。その時に古本屋を見つけたようで、しっかりと調べれてはいないというので、とりあえず私たちはその古本屋へ向かった。
続く