五夜目 非現実的な現実感
日の光がない森の中ではあるが、この世界は困らない程度に明るさが常に確保されているため、現実にはあり得ない幻想的な雰囲気だった。暗くはあるが、ぼんやりと全体が明るい。発光しているわけではないが物体の周りは少し明るいからとても綺麗な光景。そう、私が求めていたのはこういう現実では味わえない体験なのだ。目的など忘れてただこの空間にいることを楽しんだ。
「さすがは夢の世界…すっごく綺麗…」
「目的を忘れるな…って言いたいところだけど、確かにこれは綺麗だね」
「そうですね、私も森に来たのは初めてで。こんなに綺麗だとは…」
私たちはしばらく景色を楽しみながら歩みを進めた。ありがたいことに今のところこの森では虫を一匹も見かけない。結構奥まで来てみたが生き物の気配を一切感じない。夢の中だからなのか疲れないのでどんどん進んで行くが、
「この森…永遠に続いてるとかじゃないよね?」
「まぁ夢の中だし、ありそうではあるけど。とりあえずもう少し歩いてみよ。」
「ここでは空腹も疲れもありません。とりあえず歩いてみるのは私も賛成です。それに、前に見たこの町の地図によるとこの森にも終わりはあったので多分大丈夫です。」
「ちなみにその地図ってどこにあったんですか?」
「夜市の中心に市役所みたいな建物があるんです。そこの壁に貼ってありました。ちゃんと覚えたので心配しなくても大丈夫です。あの地図が嘘じゃなければ。」
あるんだ、市役所。そこのほうがいろいろ情報ありそうだけどなぁ。森には終わりがあったって…
「その地図では森の先には何があったんですか?」
「それが…」
私の質問に対する回答を答える直前で鏡花さんは動きを止めた。私たちも同様に。何かを見つけたわけではない。目の前には先ほどまでと変わらない森が続いている。それでも何故か今は音を出してはいけない…そんな気がする。その場に三人はしゃがみお互いの顔を見る。その時の鏡花さんの顔は、さっきの野菜頭を見た時よりも緊迫した状況であることを感じさせた。胃かどこかの内臓が痛む。まるで少しずつ握りつぶされていくような圧迫感。
全く動かないまま少しすると、ゆっくりとした足音が聞こえてくる。その足音は主の重さが人間のそれとは大きく違うことを知らせてくれた。音のする方向にゆっくりと視線を向けると…
2メートルは超えている、手足が異常に細い人影。しかし、そのシルエットからはひし形に手足をつけたような、確実に人間ではない異形な何かであることが分かった。近づいてくるにつれて徐々にわかる外見。透明なスライムに眼球が4つほど入っているような、そんな見た目の何かが進んでいる直線上に運悪く私たちが隠れてしまっていた。
森に入るまでは「モンスター」と戦いたいなんて考えていたけど、実際目の当たりにした怪異はゲームとは違って初心者向けではないし、伝説の武器もない、魔法だって使えない。勝つ方法は一つも思いつかないし、根本的に倒せるのかもわからない。
「「わぁー!」」
そう叫んで走り逃げて行ったのは鏡花さんと刹那の二人。私はただそれを座って見ていただけ。怪異に対して左右に走っていった二人を見て私はただただ恥ずかしくなっていた。一瞬見捨てられたと思ったが怪異が逃げていく姿を見て追いかけて行ったのを見て分かった。助けられたのだ。逃げるのにあんな無駄に叫ぶ必要はない。意思疎通をしていたようには見えなかったってことは二人とも他の人のことを考えて自分だけ囮になろうとしていたということ。それが理解できた今でも足が震えてこの場を離れられない。囮になるなんて全く考えられなかった自分がとてもみじめに思えてしょうがない。
怪異が去ってから少ししてやっと足の震えが治まり、周りを確認する。二人の足跡は多少確認できるが、あの怪異の足跡はどちらにも見当たらない。二人が走っていった時も私は動かないでいたからどちらを追っていったのかが分からない。とりあえず刹那の足跡を辿っていこう。しっかりと警戒して移動すれば大丈夫なはず。
先ほどまでは幻想的で美しいと思っていたこの光景も、あんなのがいると分かった以上不気味さしか感じない。来た道とは違えど方向としては町の方向へ進み、7割くらい戻ってきて、足跡の間隔も短くなってきた。多分歩いていたんだと思う。ってことは無事…なのかな?
「あ、無事だったんだね!」
この声は!足跡の先には見慣れた姿。考えないようにしていた不安もなくなり安心して大親友に駆け寄る。
「せつ…」
「モコ!逃げて!」
目の前にいた刹那の顔が歪む。大きくなり、透明になり、顔の凹凸が無くなり、4つの目が私を見つめていた。そして怪異は聞きなれた声で言う。
「いただきます」
続く