三夜目 訪れる結末
夜の学校というのはやっぱり不気味だ。しかも、この町では夜なのに暗くないという異質な光景、今からこの建物に入るのかと思うと鳥肌が止まらない。しかし、そうもいっていられない。ここにきっとこの町から解放されるための手掛かりがあるに違いない。もはやその考えは確信に変わっていた。
ここに来る直前、鏡花から離れるために訪れた図書館。そこでなぜか一冊だけ机に置いてあった本、最後にあった白紙のページ。そこには赤い文字で死を招く少女から逃げろと書いてあった。誰が書いたのかはわからないが、このメッセージはきっと俺以前にこの町に来た人だろう。
小学校の中は想像通り森閑としていると言いたいところだが…
「笑い声…」
玄関の右方向の廊下の先奥から。その廊下には複数の教室が並んでいる。この廊下、教室の向かい側には窓がある。当然外は夜のはず。しかし、一番奥の教室、その向かいの窓からだけ赤い光がさしている。ここからその光の正体は確認できない。足をそちらに進めるたびに、ますます心臓は悲鳴を上げる。教室は全部で4つ、2つ目の教室の前に差し当たるころには痛みは限界に近づていた。これ以上進んだら心臓が潰れると確信できるほどだった。
しかし、3つ目の教室の前に差し当たった瞬間、悪い夢から覚めたかのように痛みが消えた。気分は良くなり、体は軽く、謎の安心感に包まれていた。ちょうどそのあたりで赤い光の正体に気付いた。
「太陽だ…」
この世界において一度たりとも見たことのなかった太陽、心臓の痛みが無くなったと同時にすべての窓から日の光がさす。体が日の光による温かさに包まれる。そして4つ目の教室の中から聞こえる複数の子供の笑い声。
教室内は6人の子供が走り回っている。鬼ごっこでもしているのだろうか。先ほどまでの痛み、恐怖が気のせいだったのではと錯覚しそうになる。それでもここはあの町に変わりはない。慎重にドアを開けると子供たちが一斉にこちらを見る。少し警戒しているようだ。
「お…おじさんだれですか…?」
一人の男の子が恐る恐る訊ねてきた。
「おじさんは…怪しい人じゃないよ…」
自分でも怪しいと思うが子供たちは安心した表情になった。
「おじさんこの町から出たいんだけど…」
「じゃあおじさんもいっしょにあそぼう!」
今度は女の子が言う。先ほどまで少し震えていた女の子が目を輝かせながら。まぁ、心臓の痛みが危険を伝えていたわけではないと分かった今、これといって危険も無いし…
「いいよ、少しだけね。」
すると女の子はこちらに近づいてきて、少し背伸びをしながら俺の顔に手を伸ばす。どうしたのだろうと思いながら手が届くように身をかがめると顔に触れながら女の子が
「じゃあおじさんもおんなじになろ」
と言った。その瞬間、体が硬直。そして、目の前の女の子だったものがケタケタと笑う。その時初めて気づいた、自分が子供たちだと思っていた物の中に、子供は一人もいなかった。
ある子供は、腕がのこぎりだった。また、別の子は、髪の毛が針金だった。ほかの子も同様、ぬいぐるみに工具やなんかをくっつけたような造形。顔も、目がボタンだったり、口が目のすぐ下まで切れていたり…動かない体で必死に目を動かし周りを観察する。手足、服の中は分からないが、顔は確実に人間の頭を使っている。その顔は、どれも小学生ほどの身長にはあまりに似合わない、3,40代の人間だった。
先ほどのおんなじになろうという言葉から想像される自分のこの後の姿を想像すると吐き気がする。奴らが少しずつ近づいてくる…笑っているような泣いているような音を発しながら…いやだ…死にたくない…のこぎりが腕に触れる…やめてくれ…針金が軽く頬に刺さる…いやだ…
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいや
「あーあ、またかぁ。どうしたら信じてもらえるのかなぁ。」
少女は窓から廊下の越しに教室の中を見つめながら呟く。その教室の中には子供が7人いた。
第一章 終結
ーーーある日のニュースで、男が小学校にノコギリなどの刃物を持って侵入。7人の子供と2人の職員に怪我を負わせた後、走って逃走。その後、路上で自らの首をノコギリで切り、自殺。
目撃した人は、彼はずっと涙を流しながら笑っていたと言うーーー